第26話 狂気

「うん。ここから目標の建物まで、人の気配は無いね。」

「はい・・・! その奥には、嫌な感じがすごくありますが。」

「二人がそう言うなら、当たりってことよね。行きましょう!」

私とミナモちゃんが辺りの様子を探ったところで、シエラがうなずき、皆で城内からの隠し通路を出る。


本人はお飾りなんて言っているけれど、シエラは領将としての経験があるおかげか、人に指示を出すことに慣れているように見える。

もちろん、今は依頼主という立場でもあるけれど、それでなくともこうして動くのが、自然に感じられるくらいだ。


「さて、ペガス商会の入口は・・・当然というべきか閉まっているけれど、

 領城で見た怪しげな兵達は、どこから出入りしているのかしら。」

「・・・普通の出入り口かはともかく、気配が集まってるのはあの辺りだよね、ミナモちゃん?」

「はい、私もそう思います・・・!」

そうしてたどり着いたところで、声を潜めつつ話す私達の意見が一致したのは、建物の横手にある一角だった。



「シエラ、提案があるけど、ここでティアの試し撃ちはどうかな。」

「そうね。どれくらい使えるのか確認する意味でも、ちょうど良さそうだわ。」


「おっ・・・! 私の出番か?」

「ええ。しくじらないように・・・いえ、期待しているわ。」

「おう、私に任せとけ!」

「・・・ちょろい。」

笑みを向けるシエラに、ティアが気合いの入った表情を見せる。

うん、シノがぽつりと言った通り、狙い通りに動かされている感じがするなあ・・・


「よし、こいつを取り付けて・・・準備完了だ!」

ミナモちゃんが魔力を込めた宝石・・・元はシエラとシノの持ち物だけど、それを即席で魔道具に取り付け、ティアが構えを取る。


「さっき渡したばかりなのに、いつ作ったの・・・」

シノが少し驚いているけれど、父親から受け継いだ魔道具を日頃から弄り倒し、外付けでの改造も既に試していたからこそ、こういう時すぐに対応できるのだろう。


「いっけえええ・・・!!」

そして、気合いのこもった声と共に撃ち出された光の魔法は、

建物の壁に衝突し、大きな穴を開けた。



「なんだ・・・!?」

「敵襲か!?」

間もなく、その隙間から武装した数人・・・一目で分かる、領城を襲撃した者達の同胞が顔を出す。


「ペガス商会の傭兵かしら? あなた達には領将襲撃への重大な嫌疑がかかっているわ。これより立ち入りと関係者の同行を・・・」

「ちいっ! しくじりやがったか!」

彼らの標的だろう領将シエラその人が、事務的な台詞を言い終わる前に、相手が武器を構え、襲いかかる構えを見せた。


「現行犯ね。」

「ぎゃあああああ・・・!!」

もちろん、準備が整っていた火の魔法がすぐさま放たれ、叫び声が辺りに響いた。



「さて、この部屋を見渡す限り、首魁らしき者はいないわね・・・

 サクラ、ミナモ。あなた達の力は知っているけれど、ここは私に任せてくれるかしら?」

焼け焦げた臭いが広がる中、踏み込んだ先を調べながら、シエラが口を開く。


「うん。あの時使ったやつだね。分かったよ。」

「はい、もちろんです・・・!」

直接その効果を見た私達が、断る理由などない。


「いくわよ・・・探知魔法!」

シエラが地面に手を当て、魔法を発動すれば、その効果がすっと広がり、階下まで伝い延びていった。


「この先はおそらく一本道・・・奥まで続いている可能性が高そうね。」

「やっぱり、気配だけじゃなくて地形も分かるんだね。」

「それはすごいです・・・!」


「ええ。この有用さを知ってからは、より腕を磨くようにしてきたの。」

「うん。初めての通路でお姉ちゃんと一緒に遊ぶ時、すごく便利だった。」

「シノ、今はそこに触れなくても良いのよ。」

なるほど。最愛の妹を連れ出す時に便利なら、それは確かに大切だろう。

シエラがにっこりと笑っているので、追及はしないほうが良さそうだけれど。


「もうすぐ広間らしき場所に出るわね・・・人が多くいるようだけど。」

「・・・っ! 嫌な気配が急に強くなりました。一体何が・・・」

「うん、気を付けて進もう・・・!」

やがて、それ以上に危険を感じる存在が現れ、私達は気を引き締めて、その先へ踏み込んだ。



「あああああ・・・!!」

広間に入ってすぐ目に入ったのは、異様な叫び声を上げる存在。

同胞らしき数人が、その近くで倒れている。


「俺も・・・ああ、ああああっ・・・!!」

後方でも別の一人を数名が囲み、身体の数ヶ所に付けられた魔道具を起動する仕草が見えると共に、同じような声を響かせ始める。


「な、何をやってるんだあいつら・・・!」

「こんなの、酷すぎます・・・!」

ティアやミナモちゃんが戦慄した様子を見せる中、いくつもの魔道具を取り付けられた者達は、

先程までの仲間も分からない様子で周囲全てをなぎ倒し、最後に目を血走らせながら、こちらを向いた。


「テンマ、邪マスルモノ、こわス・・・!」

「消えロ、キエろ、全テ・・・!!」

呂律が回らない様子で、辛うじて意味だけが分かる言葉を発し、それは狂気をはらませ、私達へと襲いかかってきた。



「燃えなさい・・・!!」

シエラがすぐに火球を放つものの、全く堪える様子がなく、距離を詰めてくる。


「くっ・・・! 熱さを感じないというの?」

「お姉ちゃん、私が止める・・・!」

このまま接近されようとしたところで、シノが魔法を発動させ、その突進を一時的に弾いた。


「ミナモちゃん!」

「はい・・・!」

私達は身体をぴたりと寄せ、ミナモちゃんが抱き付く形になると共に、風魔法を発動させ、

相手の二人に斬りつけながら、すれ違う。


「あああああ・・・!!」

しかし、今までよりも硬い感触が残り、健在の敵方がこちらを向いた。


「私も・・・!」

「待ちなさい、ティア。」

続いて攻撃しようとしたティアを、シエラが制止する。

うん、それで良い。広間の反対側から視線を合わせ、うなずき合う。


「サクラとミナモが敵を引き付けている間に、隙を衝くのよ。

 その逆も然り、助け合えるように動きなさい。」

「はあ・・・? 難しいことを言ってくれるな・・・」

「ティア、あなたの装備が最適。あの変なのが付いてるところを狙って。」


向こうで三人が話しているうちに、敵の二人が迫ってくるけれど、今の私達を捕まえられる相手は、そう居ないだろう。

視線がシエラ達のほうに向かないよう気を付けながら、素早くかわし斬り付ける。

おそらくその痛みも感じないだろうから、弱点はやはり・・・


「喰らえっ!!」

その時、ティアの放った光の魔法が、危険そうな魔道具をかすめる。

すぐさまシエラの火球が追撃すれば、敵は明らかに気にした素振りを見せた。


「それを待ってたよ!」

生まれた隙に、ミナモちゃんから受け取った魔力を強く込めながら、魔道具に剣を向け、両断する。


「~~~~~!!!」

声にならない咆哮が上がり、相手の動きが大きく乱れた。



*****



「ふう・・・ようやく終わったね。」

完全に気を失った敵方の二人を見ながら、息をつく。


「一つ魔道具を壊してからは、動きが鈍るので少し楽にはなりましたが、

 それでもいくつか壊さないと倒れませんし、相手が二人いるのも大変でした。」

ミナモちゃんも私に抱き付いたまま、少し疲れた表情を見せた。


「二人とも、お疲れ様ね。」

「いや、シエラ達にも本当に助けられたよ。」


「ああ、私も奴らを何発も撃ったからな。」

「ティア、結構外してた・・・」

「あはは、それでも当たれば隙は出来るし、シノがすぐに守りに入れるのも、安心感があったよ。」

反対側の三人と合流し、互いの労をねぎらうけれど、さらに奥には敵の首魁がいる可能性が高いだろう。それに・・・・・・



「自分達の身体を、あるいは同胞を、何だと思っているのかしら。

 これが二百年前の亡霊、テンマのやり方だと言うの・・・!?」

シエラが憤りの表情を見せながら、倒れた者達に視線を向ける。

『城塞都市』の領将であれば、やはり知っているのだろう。かつての戦いでこの地を揺るがせたという勢力の名を。

それから、東西共に忌み嫌うように、あるいは旗印として扱われないように、世間には語られなくなった言葉を。


その残党が二百年間、どのような時を過ごしてきたのかは分からないけれど、

今、この目に映る光景からは、狂気と呼べるだろうものを感じられた。


「ミナモちゃん・・・」

「大丈夫、です・・・」

私にぴたりと触れ合ったままの体が、震えているのが伝わって、顔を寄せながら、強く強く抱きしめた。

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