第24話 突入、炎上

「今日はお城のあちこちがおかしいの。兵士の数が多い気がするし、

 抜け道を見付けようとしたり、隠れ場所を探そうとした跡が、いくつもあるわ。

 お姉ちゃんも気付いてるはずなのに、部屋に続く通路の鍵を開けてくれない・・・

 このままじゃ絶対に危ないのに。」

シノが心配そうに口にする中、昨日と同じく領城へと続く地下通路を、今日は小走りに抜けてゆく。


「この通路はお二人にとって、やはり・・・」

「ええ、そうよ。昔からあるものみたいだけど、私とお姉ちゃんにとっては、抜け出して一緒に遊ぶための道。

 お母様やお父様、伯父様が病で亡くなってから、周りの大人は私達がよく会うのが嫌だったみたいだから、こっそりとね。」


「シノ様とシエラ様が昨日使っていたお名前も、秘密にするためにつけたものなんですか?」

その話を聞いて、ミナモちゃんも気になった様子で尋ねる。


「うん。名前の文字を逆にして、少しだけいじって、私はオニキス、お姉ちゃんはアリエス。『オニキスは黒くて綺麗な宝石だから、シノの綺麗な髪にぴったりよ。』って、お姉ちゃんが言ってくれたの。」

答えるシノの顔に、少しだけ懐かしそうな笑みが浮かんだ。



「そ、それから、敬語はやめてほしい。今は難しい言葉を使っている場合じゃないし・・・特にあなたは何か、私に近い気がするから。」

「えっ、私ですか・・・!」

一つ息をついてから、シノがミナモちゃんを一番に見ながら、私達に向けて言う。


「ミナモちゃんも、さっき同じことを思っていたよね。それじゃあ、私はサクラだよ。改めてよろしくね、シノ。」

「うん、よろしく・・・あなたも、そうなのかも。」


「ああ、昨日も言った気がするが、私はティアだ。よろしくな。」

「あなたは、最初から使う気なさそうだったわよね・・・」

ティアに対して思う所がありそうなのは、仕方ないか・・・




「着いたわ、ここよ。お城の外で、お姉ちゃんのお部屋に近いところ。」

そして、シノに案内をお願いしていた場所へと、私達はたどり着く。

上層にあるという領将シエラの部屋、それを間近に見上げる外の空間だ。


「それじゃあ早速・・・と言いたいところだけど、嫌な気配がすぐ近くにあるね。」

「・・・! 侵入者!」

そこにいたのは、石造りの外壁を乗り越えて、今まさに降り立とうとしている怪しげな人達だった。


「ミナモちゃん、お願い。」

「はい、サクラさん・・・!」

ミナモちゃんに魔力を借りて、剣を振り抜き風を飛ばす。

装備を切り裂かれながら、一人が地面に転がると、続いて二人が急いだ様子で飛び降りてきた。


「私も行くぜ!」

ティアが魔道具から光の弾を次々と放ち、着地したばかりの相手の動きを乱す。


「隙が出来てるよ。」

すぐさま距離を詰め、剣を打ち付けると、二人とも地面に倒れ伏した。


「ミナモちゃん、その人達が昨日の魔道具を付けてたら、壊しておいて。次は・・・っ!!」

さらに壁を乗り越えようとする人影を見つけ、迎え撃つ準備をしたところに、

後方から飛んできたのは大きな火球。


「こんなところに警備兵がいたのかしら?

 どちらにせよ、あとは私がやるわ。」

振り返れば上方の窓が開き、顔を覗かせるのは領将シエラその人。

そして壁の向こうへと、一際大きな火球を放ち、残りの侵入者達を、こちらへやって来る仕掛けごと炎上させたのが分かった。


「お姉ちゃん!!」

「シノ・・・!? 何をしているの!」

そこへシノが駆け寄り、声をかけると、シエラの表情に明らかな動揺が浮かぶ。


「お姉ちゃんを助けに来たの! このままじゃ危ないのは分かってるでしょ?」

「危ないのはあなたのほうよ! そちらの大人達から、何か聞いているの?」


「ううん、何も。」

「つまりは、あなたを次のお飾り領将にしようと企んでいる可能性が一つ。

 もう一つは、あなた自身も標的ということよ・・・!」


「だったら、お姉ちゃんも一緒に逃げよう!?」

「だめよ、必ず追っ手が来る・・・!

 そこの傭兵達、私からもお願いするわ。シノを守って! 報酬は今持ってくるわ。」


「ちょっと、お姉ちゃん!」

シノの叫びを尻目に、シエラが窓から姿を消し、程なくして顔を出す。


「向こうのほうも騒がしくなってきたわ。

 私を狙う賊共を全滅させてくるから、あなた達はそれまでシノをお願い!

 特にそこの水魔法士、期待してるわよ!」

「・・・っ!!」

「お姉ちゃん・・・!!」

宝石が数多く詰まったらしい袋が窓から投げ落とされ、直後に領将の部屋から火の手が上がった。



「そんな、お姉ちゃん・・・!!」

その光景を見て、シノががっくりと膝をつく。


「シノさん、まだ大丈夫です。追いかけましょう?」

その肩に手を当てて、ミナモちゃんが微笑んだ。


「え・・・ここからどうやって?」

「サクラさん、私も手伝いますから、四人で行けますか?」


「うん! もともとそうするつもりだったからね。火のほうも、ミナモちゃんの助けを借りれば大丈夫かな。」

「え、え・・・?」


「じゃあ、シノはミナモちゃんに、ティアは私にしっかり掴まって。」

「は、はい・・・・・・」

「ああ、分かったぜ。」


「では、行きましょう、サクラさん!」

「うん!」

最後にミナモちゃんが私にぎゅっと抱きついて、準備は完了だ。


「それじゃあ皆、この状況だからなるべく声は抑えてね。行くよ・・・!」

「えっ・・・! ~~~~!!」

ミナモちゃんの魔力をたっぷりと受けて、力を込めて風魔法を発動する。

近くから声にならない悲鳴も聞こえるけれど、私達の体は風に乗り、シエラの部屋近くまで浮き上がった。


「火を消すよ!」

「はい!」

水と風の魔法を絡め合うように発動し、部屋に上がる火の手をかき消す。

そうして私達は、シエラの部屋へと無事に降り立った。



「はあ、はあ・・・お姉ちゃんは・・・・・・」

突然の空中散歩に動揺した様子のシノが、それでも辺りを見回し、シエラの姿を探す。


「向こうから、すごく熱い気配がするよ。

 多分あっちで戦ってるんじゃないかな。」

「はい、私もそう思います・・・!」

あちこち焼け焦げた部屋の外、少し離れた場所に、私もミナモちゃんも、それを強く感じていた。


「・・・! じゃあ急いで・・・」

「シノさん。まずは深呼吸してください。

 少しだけでも落ち着いて、お姉さんを助けに行きましょう。」


「う、うん・・・・・・もう大丈夫、行こう。」

ミナモちゃんがそっと掴んだ手に、冷静さを取り戻した様子で、シノが私達に言った。



「強い風魔法に、水魔法・・・お母様から少し聞いたことがある。あなた達は、やっぱり・・・」

「そっか・・・この件が終わったら、ゆっくり話せると良いね。」


「うん、約束。お姉ちゃんもみんなも無事で。」

「はい、必ず・・・!」

小さく言葉を交わしながら、燃え上がる火の気配を早足でたどる。


「うわっ・・・! なんだこいつは・・・!?」

やがて、ティアが声を上げた先にあったのは、

まだ熱が残る、あちこちが焼け焦げた光景と、数人の倒された侵入者らしき存在だった。


「戦いがあったのはついさっきか・・・例の魔道具憑きみたいだけど、もう壊されてるようだから、しばらく目は覚まさないだろうね。」

「じゃあ、後ろは気にしなくていい。」

「近くでいくつかの気配がぶつかり合っています。行きましょう・・・!」

緊迫感を増しつつ、私達は城内の通路を前へと進んだ。



「ちっ、数が多すぎるわ!」

その向こう、角を曲がろうとした先に見えたのは、複数人の相手・・・おそらくは魔道具憑きに、火球を浮かべ対峙するシエラの姿。


「お姉ちゃ・・・!」

「待って、急に飛び出すのは危ない・・・!」

すぐに駆け出そうとするシノの口を軽く塞ぎ、制止した。


「そうね、昨日の誰かのようになるところだったわ。」

「お、おい。私かよ・・・!」

ティアをちらりと見て言う様子に、少しの余裕が私達に戻る。


「サクラは風魔法で速く移動出来るのよね。私が一緒でも大丈夫?」

「抱えてなら行けるかな。その場合、こちらの剣で援護しにくくなるけど。」


「それで十分。私の得意な魔法は・・・・・・」

「・・・! サクラさん。それなら私も一緒に。」

「うん、決まりだね。」

短い会話で方針が決まり、割って入る間を伺いながら、角の向こうの戦いを注視する。


次々と放たれるシエラの火球が一人を捉え、膝を着かせたところに、他の二人が一斉に襲いかかる。

大きく後退し、火球を作り出そうとしたものの、それを許すまいと敵が踏み込む構えを見せ・・・


「行くよ。」

「「はい!」」

私達が素早く前に出て、シノが魔法を発動する。


「「・・・!!」」

それは、何者も通すまいとするような、守るための力。

彼女の母から受け継いだという宝石をもとに、生み出された輝きを放つ障壁が、シエラに伸ばされようとした武器を弾き返した。


「シノ! あなた達・・・!!」

「話は後で。行くよ!」

相手の隙に、私が剣を打ち付けて二人を気絶させ、その向こうに見えた増援を、風を纏わせて斬り飛ばした。


「シエラさん・・・!」

「・・・! 分かったわ。」

ミナモちゃんが水魔法を発動すれば、シエラもすぐに察した様子で火魔法を合わせ、辺りを白い煙に包み込む。


「お姉ちゃん、こっち・・・!」

「ええ、行きましょう。」

誰もが視界を制限される中、二人だけが全貌を把握する隠し通路へと、私達は飛び込み、ひとまずの安全を確保した。


「お姉ちゃん、やっぱり危なかった・・・!」

「シノ・・・ごめんなさい。そしてありがとう・・・」

「うん・・・・・・」

そうして、抱き合うシノとシエラの姿を、落ち着くまで私達は見つめていた。

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