第23話 長い夜の幕開け

「ん・・・うん・・・・・・」

宿の部屋で、同じ毛布にくるまりながら、ミナモちゃんが小さく声を漏らす。

すぐそばにある顔を覗き込むと、うなされている様子ではないから、起こさなくても大丈夫かな。


「今夜は遅くなっちゃったから、ゆっくり休んでね。」

「ん・・・・・・」

私にぴたりとくっついた、頭をそっと撫でれば、幸せそうな寝息が聞こえてきた。

こちらももうしばらく、穏やかな気持ちで身体を休ませることが出来そうだ。



「ふわあ・・・やっぱり夜更かしをすると、朝は眠いですね。ここがサラさんの宿ではなくて良かったです。」

「あはは、今日は朝食付きの宿泊でもないからね。まだゆっくりしていて大丈夫だよ。」

少し経って、目を覚ましたミナモちゃんが、ベッドの上で体を起こす。

私も一緒に起き上がり、すぐそばで向かい合った。


「・・・その、サクラさん。

 私、また夢を見まして・・・・・・」

「夢?」


「あっ、今度は恐いのとかじゃないんですけど・・・何か、呼ばれてる感じでした。

 開きかけた扉の前に、立っているような気持ちにもなりまして。」

「それって・・・記憶が戻ろうとしているんじゃないかな。」


「やっぱり、サクラさんもそう思いますか・・・

 私、全部思い出したら、どうなるんでしょう・・・・・・」

「うーん・・・今まで一番大きかったのは、お母さんの記憶だよね。そういうことなら、大切なものを取り戻せるんじゃないかな。

 ただ、それと一緒に辛いことも思い出しちゃうかもしれないけど・・・今のミナモちゃんは、あの頃よりもずっと強いと思うよ。

 だから、その時が来たら、きっと手を伸ばして大丈夫。」


「そう、ですか・・・・・・はい! サクラさんを信じます。」

「うん。辛い時はいつでも、私がぎゅっとしてあげるから。」

「は、はい。その時は、お願いします。」

少し頬を赤くしながら、ミナモちゃんがぽすんと私に体を傾けてくる。

すぐに抱きしめて頭を撫でれば、また幸せそうな笑顔が見えた。


「ところで、向こうで全く起きる気配が無い、ティアはどうする?」

部屋にあるもう一つのベッドを広々と使い、ティアがぐっすりと眠りについている。


「そろそろ水球で起こしましょうか・・・と言いたいところですが、

 昨夜は探索で遅くなりましたし、今すぐは可哀想でしょうか。そ、それに・・・」

「うん。私達も、もうしばらくこうしていようか?」

「はい・・・・・・」

そのまま温かい気分に浸りながら、私達は普段よりもゆっくりとした、朝の時間を過ごした。



*****



「領将の演説だって?」

「はい。今、この都市で起きていることや、今後の対応について、市民達にお話しされると・・・」

ようやく支度を整えたところで、依頼所へ向かうと、リリーさんから気になる話を聞かされる。


「ところで、昨日は気絶した荒くれ者がたくさん見付かったらしいですが、もしかしてサクラさんが・・・」

「じゃあ、その演説とやらに行ってみようか。ミナモちゃん、ティア。」

「はい・・・!」

「領将か。どんな奴か見てみたいな。」


「あっ! 待ってください、サクラさあああん!」

リリーさんの悲鳴に似た声が聞こえた気がするけれど、今は他の面倒事を増やすのは止めておこう・・・




「なあ、サクラ。こんなに離れたところからでいいのか?」

「うん。特にティアはね。」


「ん・・・?」

「もしもそうなら、向こうから見て分かりやすい場所には、いないほうが良いと思いますよ。

 ティアさんだけではなく、私もでしょうけど。」


都市内の広場に多くの人が集まる中、私達が立つのは人混みの後ろのほう。

それでも檀上の様子は伺えるし、ここなら何かあった時に、行動もしやすい。


「領将シエラ様、ご登壇!」

やがて、警備の人らしき声が上がると共に、領城のほうから一人の女性が姿を現す。


「えっ? あ、あい・・・もがもが。」

それを見て、礼を失することになりかけたティアの口を素早く塞いだ。


金色の長い髪はあの時とは違って、隠すことなく伸ばされているけれど、そう遠くない距離で対峙したのであれば、見間違えることはない。

領将として壇上に立っていたのは、『アリエス』と呼ばれていた女性その人だった。


「でも、今はなんだか辛そうです。

 ちょっと見るだけだと、綺麗そうな笑顔で堂々と話しているようなのに、いかにも作ったものという感じで。」

ミナモちゃんが心配そうな表情で、声を潜めて言う。


「うん。それに、市民の反応もあまり良くないみたいだね。」

治安が悪化していることへの謝罪、夜遅い時間には外を出歩かないことの勧め、

昨夜は複数名の不審者を捕らえ、これからも対処を進めてゆくことなどを、淀みなく述べてゆくけれど、あちこちで不満をつぶやく声が漏れ、

中には『早く退陣して、シノ様に領将の位を譲ってほしい』などという直接的なものまであった。


「ただ・・・そういう声を感じる場所って、所々に変な気配が混ざってませんか?」

「うん。扇動ってやつだね。

 一部の人達にとって、今の領将様は都合が悪いんだろう。」

ミナモちゃんも感じていた通り、一見すると問題は無さそうな昼の『城塞都市』にも、不穏な影は付きまとっているようだ。



「さて、領将様のお話も終わったことだし、買い物に都市を回ってみる?」

「・・・! はい、そうしましょう。」

「私は魔道具以外、興味はないと思うが、まあ構わないぜ。」

うん。ティアは分かっているのかいないのか、微妙なところではあるけれど、ともかくこの辺りを巡ることにしよう。


「『商業都市』は本当に色々なものがありましたけど、ここは武器や防具などのお店が多いのですね。」

「うん。昨日の石碑にも記されていたけど、戦いを経験する中で形作られていった都市、という印象を受けるよね。」


「あとは・・・なんと言いますか、お店の雰囲気からも、歴史を感じることが多いような・・・」

「悪い表現が出ないよう頑張ったね、ミナモちゃん・・・」

言葉を選びながら口にしたミナモちゃんに微笑みつつ、話を続ける。


「確かに、全部のお店がそうというわけじゃないけれど、厳しい言い方をすれば、古く感じてしまう面もあるかな。

 だけど、それに対抗するように、新進気鋭と呼ばれるようなところも、進出してきてはいるみたい。辺りの噂を耳にした限りでは、その中でも好評なのが・・・」

「・・・たくさん人がいますね。」

やがて前方に現れたのは、一目見て人気と分かる店舗。


「ペガス商会、ここみたいだね。入ってみようか。」

「はい・・・!」

そうして私達は、その店内へと踏み込んだ。


「うん。商品の質は悪くないし、値段も他に比べると安い気がする。お客さんが集まるのもうなずけるね。」

「魔道具も結構多いんだな。面白そうなのもあるぞ。」

「・・・ティアさんにとっても、そう思う場所なのですね。」

店内を一通り見て、それぞれに感じるところはあったけれど、私達は買い物を終え、もうしばらく都市を巡った後、

話し合いと準備を終えて、夜を迎えた。



*****



「昨日よりも、ずっと嫌な感じがしています・・・!」

外に出て、領城へと続く先を見つめ、ミナモちゃんが表情を曇らせる。


「うん。私達も関わっていることではあるけれど、あの夜だけでも色々と起きたし、今日は強い調子での領将の演説も・・・

 大きな動きがあっても、おかしくないかな。」

想像していたことではあるけれど、私も周囲の状況を確認し、気を引き締めた。


「それで、今日も行くんだろ?」

ティアが待ちきれない様子で、声をかけてくる。


「うん、そうだね。ミナモちゃんも準備はいいかな?」

「はい・・・!」

そうして私達は、今度は真っ直ぐにその場所へと向かった。




「・・・また来てくれたの?」

程なくして、昨日と同じところから姿を現したのはオニキス。いや・・・・・・


「もしも次の依頼がある時にはここで、と言ったのはあなたですよね。

 それと・・・今の都市の雰囲気からして、私達も何をすべきか、もう少し詳しく知っておきたいと思いますが、いかがでしょうか? シノ様。」

「・・・!!」

その名を呼んだ瞬間、びくりと肩が動き、目を伏せつつも逡巡する表情が浮かぶ。

そして顔を上げ、フードをぱさりと外すと、肩まで伸びた黒髪が星明かりに照らされた。


「分かりました。あなた方のことを信じましょう。この名で伝えたほうが良いのでしたら・・・アクロフォリア領将位継承権第一位、シノ・ナガツキ・アクロフォリアが依頼します。」

クロガネの濃い血を示すような艶のある黒髪に、東の地の王族特有である名。

そして、この都市の領将一族を示す姓、全てをさらけ出すようにして、少女が私達を見つめた。


「領将シエラ様を・・・私のたった一人のお姉ちゃんを助けて!」

シノの言葉に、私達もすぐさまうなずく。

『城塞都市』の領城を前に、長い夜が始まろうとしていた。

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