第22話 不穏な気配

「オニキスさん、だいぶ落ち込んでいる様子でしたね。」

来た道を戻り、その後ろ姿を見送ってから、ミナモちゃんがつぶやく。


「うん。アリエスと呼んだあの人が、誘いに乗らなかったのが堪えたんだろうね。」

「・・・さっき初めて会ったばかりですが、すごく心配になってしまいます。」


「そういえば、ミナモとあいつって、なんだか似てるよな。」

「え・・・?」

その言葉を聞いたティアが、ぽつりと言った。こういうところは、鋭いというか・・・


「あと、サクラとも少しだけど、何か近い気がするぞ。」

「・・・それは本能的な何かかな?」

特に理由を述べることもなく、直感だけで口にしていそうな表情に、思わず声が出た。


「似ている、ですか・・・これは、親近感というものなのでしょうか。」

胸に手を当て、ミナモちゃんが確かめるように瞳を閉じる。


「もしかしたら、生まれとか似ているんじゃないかな。」

「・・・そう、ですか・・・・・・

 サクラさんが言うのなら、きっと当たっているのでしょうね。」

瞼を開き、私をじっと見つめた後、静かな微笑みが返ってきた。



「さて、領城のほうがだいぶ不穏な感じだったし、今度は外側から様子を探ってみる?」

「やっぱり、何か嫌な気配がしますよね。」

オニキスに案内されて、城内を歩いていた時に感じたものは、きっとミナモちゃんも同じだろう。


「それは良いな。さっきは中をあまり見られなかったし。」

「ティアさん? 先程のように危ないことは、無いようにしてくださいね。」

「あ、ああ、すまねえ・・・」

にっこりと笑みを向けるミナモちゃんに、ティアも反省したようだ。


「状況をきちんと把握できていない時に、むやみに飛び出すのは止めたほうがいいよ。場合によっては命を落としかねないからね。」

「わ、分かった・・・」

あの人が優しかったから良かったけど、時には致命傷になるような攻撃が、即座に飛んでくることもあるだろう。


ティアが少し大人しくなったところで、私達は慎重に辺りを確認しながら、領城への道を進んだ。




「お城の周りには、警備の人がたくさんいるのですね。」

目的地に近付いたところで、ミナモちゃんが辺りの気配を探りながら口にする。


「うん。当然ではあるけれど、守りはしっかりと固めてるみたいだね。」

「でも、向こうにはやばそうなのが結構いたのに、そっちには回さないのか?」

ティアが元いたほうを振り返って、疑問を口にする。

そちらに警備の人が全くいないわけではないけれど、荒くれ者が何度も声をかけてくるような状況では、不十分と言われても仕方ないだろう。


「想像にはなるけれど、守るのに精一杯で手が回らないのかな。

 あとは、状況が変わった時にすぐ動けるような指揮系統が、ちゃんと出来ていないとか。」

この都市で派閥争いが激しくなっていることは、何度か耳にした。


先代の娘であり、父親が亡くなった時に後を継いだ現領将シエラと、その従姉妹であるシノ。

東の響きを持つ名のシノは、その通りにクロガネの国の王族出身だという母親から生まれ、数年前の流行り病に端を発する政情不安や治安の悪化を受けて、市民からの人気も高いと聞く。


本人達の関係はどうあれ、二人それぞれの支持者が派閥となり、その争いによって警備が満足に出来ていないとすれば、深刻な事態かもしれない。



「・・・! 少し離れたところで、嫌な気配がするね。探ってみようか。」

「はい、私も感じます・・・!」

この都市の現状について話し合っていた時、飛び込んできたものに、ミナモちゃんと相談しながら、その元をたどってゆく。


「あそこだね。妙な感じがするのが、三人いる・・・」

そして見付けたのは、人目を避けるようにしながらも、不穏な気配を漂わせる者達だった。


「これって、魔力の反応だと思うのですが・・・変なものでも身に付けているのでしょうか。」

「・・・まともな装備ではないだろうし、試してみようかな。ミナモちゃんとティアは、物陰に隠れてて。相手が隙を見せたら、攻撃しても良いよ。」


「はい・・・!」

「ああ、分かった。」

私達の準備が整ったところで、彼らにとっての死角にあたる場所から、手近な小石を放り投げ、音を立てる。


「・・・! 誰かいるのか!」

「見られたからには、生かしてはおかねえ!」

物騒なことを言いながら、すぐにこちらへと向かう気配。

だけど動きも粗い。まずは背後を取って一撃。


「・・・! 固い・・・?」

感触が何かおかしい。それに一発で気絶させることが出来なかった。


「お前か! 今すぐ全身潰してやるぞ・・・!」

「・・・じゃあ、このくらいで良いかな。」


「ごぶっ・・・!?」

何らかの理由で耐久面が上がっているのなら、こちらも相応の力を込めるだけだ。

もしこれが多くの数となれば、それなりに体力や魔力を使うことになるだろうけど、すぐに二人を倒せば、

いきり立った残りの一人は、ミナモちゃんの魔力を借りたティアの一撃で怯んだところを、私がもう一閃入れて気絶させた。


「サクラさん。妙な感じはこれが原因じゃないですか?」

気絶させた相手を調べていたミナモちゃんが示したのは、その腕に付けられた・・・いや、埋め込まれたと言うべきだろうか。見たことのない魔道具らしきもの。

身体能力は向上していた感があるけれど、正気を失いかけているようにも見えたし、ろくなものではないだろう。


「これ、壊したほうが良いんじゃないかな。

 試しに私がやってみるよ。」

「はい! お願いします、サクラさん。」

ミナモちゃんがうなずく前で、剣に魔力を込めて突き立てる。

初めは固い感触があったけれど、一定以上の力を加えれば、砕くことができるようだ。


「うん、出来たね。あと二人分残ってるし、ミナモちゃんとティアも自分の力でやってみたらどうかな。」

「当たってほしくはないのですが、これからたくさん壊すことになりそうな予感がしますよね。

 水の魔法・・・いえ、一度濡らしてから凍らせれば・・・出来ました!」


「そいつは腕が鳴るってやつだな。私の魔道具で・・・えい! やあ! とお! 

 ・・・あっ、ミナモ、まだ強化してくれとは言ってな・・・で、出来たぞ!」

少しばかり手間取るところもあったけれど、私達は怪しげな魔道具の破壊に成功した。



「うん。これで嫌な感じは消えた気がするね。

 体に埋め込んでいた人達は、より深く眠ってしまったように見えるけど。」

「やっぱり、良くないものなのでしょうね。」


「そうだね。これからも見つけ次第、壊したほうが良さそうかな。

 この魔道具の形や、描かれてる模様なんかも、覚えておくようにしよう。」

「はい! 繋がりがありそうなものを、気付けるようにしたいですね。」

「もしかして、親父はこんなものを作らされそうになってたのか?

 ああ、一つ残らずぶっ壊してやるぜ。」


都市に漂う不穏な気配の一端に触れて、私達は気持ちを新たにした。

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