第21話 潜入、衝突
「都市の地下に、こんな通路があったんですね・・・」
ミナモちゃんが声を潜めつつも、驚いた様子でつぶやく。
道を先導する、依頼者であるオニキスの魔道具と、上部の所々に作られた明かり取り・・・
おそらくは空気穴や、地上の状況を伺うものとしての目的もあるだろう、その隙間から漏れる光が、どうにか歩けるくらいの状況を作り出している。
「この都市は戦いを何度も経験しているから、何かあった時に要人達が脱出できるような仕組みがあるんじゃかいかな。
その辺りはどうなの? オニキス。」
「ごめんなさい。答えられない。」
尋ねてみれば、静かな声で答えが返った。
ミナモちゃんよりわずかに年下かと感じさせる姿から響く、感情を抑えたような言葉が、彼女の印象を濃いものにさせる。
この通路へと私達を案内し、いくつかの扉を開ける鍵まで所持していることを考えれば、只者ではないと想像がつく人も多いだろう。
「・・・目的地が近い。状況によっては危なくなるかも。あなた達は強いと思うけど、気を引き締めて。」
しばらく歩いた後、オニキスが振り返り、私達に告げる。
頭からフードを被った顔を、ぼんやりと魔道具が照らし出せば、ちらりと覗く黒い髪が、鈍く光った。
「・・・やっぱり、ここは通れなくなっている。どうして・・・」
そうして、真っ直ぐに進んだ先で出くわしたのは、オニキスが鍵を挿し込もうとも開かない扉。
きっと、初めてではないのだろうと想像がつくけれど、唇を噛む表情には、今までにない感情がこもったように見えた。
「仕方ない。上に出て別の道を通る。」
「・・・あの、サクラさん。この上って、もしかして・・・」
しっかりと位置や周囲の気配を確かめていたらしい、ミナモちゃんがためらいがちに尋ねてくる。
「うん。都市の奥のほうにあった、大きくて頑丈そうな建物だよ。」
「や、やっぱり・・・」
城塞都市の要人達がいるという、それはまさしく城。この辺りで潜入するには、最も難しそうだといえる場所だろう。
「もし無理だと思うなら、ここで帰ってもらって構わない。ここまでの依頼料は支払う。」
「いや、危険は承知の上で引き受けたから、このまま行くよ。ただし慎重にね。」
「はい、気を付けて行きましょう。」
「あのでっかい所に忍び込むのか。楽しそうだぜ。」
「・・・一人だけ全く恐れていない。勇気ある人? いや、これは・・・」
ティアの反応に、オニキスが何かつぶやいていたけれど、まあ気持ちは分かる。
「・・・この辺は人が通りやすいから、こっちに行く。その床は足音が響きやすいから気を付けて。」
城内に入ってから、オニキスはより慎重な様子を見せてはいるけれど、まるで遊び慣れているとでも言うように、私達を先導してゆく。
離れた場所には、警備の人達らしい気配もあるけれど、今のところ近付く様子はない。
「・・・ここで少し休憩。物を置いておく部屋だから、この時間に誰かが入ってくることは、多分ない。」
ここまで何事もなく、城内の倉庫らしい場所にたどり着き、一息つく時となった。
「このまま、お姉ちゃんの部屋に着いた後のことを話したい。まずは私が・・・」
「・・・来る!」
「サクラさん・・・!」
オニキスが話し始めたところで、私とミナモちゃんの声が重なる。こちらに向かい・・・いや、おそらくは広範囲に、魔法が発動された気配。
「探知魔法だね・・・!」
剣を床に立て、探知をすり抜ける、妨害魔法と呼ばれるものを発動する。
「みんな、私の後ろに・・・」
「サクラさん、お手伝いします!」
ミナモちゃんが背中にそっと手を当て、魔力を分けてくれる。
これでひとまずは、切り抜けられるかと思われた。
「ん? 私には何も分からないが、なんかあったのか?」
「「あっ・・・!」」
ひょっこりと妨害魔法の範囲から抜け出した、ティアを除いて。
「おばか・・・・・・」
オニキスのつぶやきは、今は触れるのは止めておこう。
「野鼠でも入り込んだのかしら?」
程なくして、探知魔法の発動者と思われる声が、
こちらに響いてくる。
「・・・っ!!」
それを聞いたオニキスが、はっきりと動揺を浮かべた。
「ちっ、私が迎え撃つ・・・!」
ティアが責任を取るとでも言うように、魔道具を手に倉庫の真ん中で待ち構える。
本人に伝えるかどうかは別として、それを囮に物陰から攻撃するというのが、即席の作戦だけど・・・
「お願い。これから来る人を傷付けないで。」
オニキスの切実な声が、後ろから響いた。それは難しい注文だな・・・
「ここにいるのは、あなた一人?
命が惜しければ、誰に頼まれたか教えなさい。」
そして現れた、こちらもフードを被りつつも、金色の髪を覗かせる女性が、ティアに向かい言い放つ。私と同じくらいの年だろうか。
「はあ? なめてやがんのか。
お前こそ、怪我したくなければ、さっさと帰りやがれ・・・!」
うん。もう少し相手の情報を得ようとする動きもあって良いと思うけど、ティアにそれを求めるのは無理なようだ。
オニキスは私の後ろで頭を抱えている。
「こいつの一撃を受けたくなければ・・・」
「へえ、受けたらどうなるのかしら?」
「なっ・・・!!」
ティアが警告のつもりで放っただろう、魔道具からの光魔法は、燃え上がる炎にかき消された。
「その程度なら、いくらやっても無駄よ。
あきらめて、情報を寄越しなさい。」
「くっ・・・!」
火を得意とする魔法士らしき女性が、ティアの攻撃をものともせず、周囲を燃え上がらせながら、じりじりと迫る。
「それとも、本当に消し炭になりたいのかしら?」
「・・・!!」
最後の通告を突きつけるように、その掌がティアへと向けられた。
「私が行きます・・・!」
それを見て、ミナモちゃんが私の隣から駆け出し、ティアの傍につく。
「あなたを傷付けたくありません。
どうか、危ないことは止めてください・・・!」
「・・・!!」
すぐさま発動された水魔法が、近くまで迫っていた火を消し去った。
「あなたは、少しは出来るようね。
だけど、こんなところで退くわけにはいかないわ。」
「・・・っ! 負けません・・・!」
女性から放たれる炎が強まり、ミナモちゃんも対抗する。
両者は譲らず、辺りには白い煙が立ち込め始めた。
「このままじゃ危ない。息が出来なくなるし、警備の人達にも気付かれてしまうよ。」
「・・・分かりました。」
私が声をかけると、オニキスが決断した様子でうなずき、そして前へと進み出る。
「アリエス、もう止めて・・・!」
「・・・・・・オニキス?」
その言葉に、アリエスと呼ばれた女性が表情を変え、炎を収めてゆく。
ミナモちゃんもそれを見て、少しほっとした様子で魔法を止めた。
「この人達は、私が頼んで来てもらったの。
・・・お願い、一緒に来て。」
「今の状況で、私がそれにうなずく
と思うかしら?」
「・・・・・・」
アリエスから返ってきた言葉に、オニキスが目を伏せ、哀しげな表情を見せた。
「私はもう行くわ。せいぜい誰かがやって来る前に、安全なところに逃げなさい。」
そう言い残して、アリエスは歩き去った。
「ごめんなさい、そしてありがとう。今日の依頼はここまでよ。」
オニキスが沈んだ表情のまま、私達へ静かに告げた。
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