第20話 少女の依頼

「さて、今夜の宿も取ったことだし、依頼所の様子を見に行こうかな。」

「・・・ここでは、サラさんのように馴染みのところは無いのですね。」


「うん。あそこはもともと、母さんが知り合いだったのが大きいからね。

 この都市には、そこまでの人は居ないよ。」

「なんだなんだ? 別のところにいい宿でもあるのか?」


「そうですね。場所は『商業都市』なんですけど、ティアさんもいつか泊ってみますか?」

「ああ。二人がそこまで言うなら、良いところなんだろうな。」


「はい。とても温かい方のいる宿ですよ。

 ただし、寝坊して朝食に遅れると、すごく怒られるそうですが。」

「はあ・・・!? 私には向かないところだな、それは・・・」


「残念だけどティア、『商業都市』ではいつもその宿なんだ。

 それなら行く時は、一人だけ野宿かな。」

「よし。私はマイエルより西の都市は行かねえ、絶対に。」

「なぜそこで、寝坊をしないよう気を付ける考えにならないのですか・・・」

道を歩く中で、冗談を言い合うくらいには、ミナモちゃんも回復したようだ。

・・・旅の途中、ティアが起きるのが遅くて困っていたのは、確かなのだけど。



「さて、ここが『城塞都市』の依頼所だけど・・・」

「あっ、サクラさん。お久し振りです・・・!」

中に入るなり、受付から聞き覚えのある声が飛んでくる。


「ああ、リリーさん。今日は担当の日でしたか。ご無沙汰しています。」

「あれ・・・? どことなく気配が似ているような・・・」

うん、ミナモちゃんの想像している通りだと思うよ。


「姉さ・・・こほん。姉から危険種討伐の件は聞いております。本当にありがとうございました。」

「いえ、出くわしたのは偶然ですし、私一人の力ではありませんから。」


「それで・・・その件で少しお話を聞きたいので、ちょっと奥へ来ていただいても良いですか?」

「は、はい・・・」

懇願するような視線を受けて、そのまま私達は奥の部屋へと通された。



「急にすみません。その、姉から何か聞いてます?」

リリーさんが部屋に入ってすぐに、声を潜めて尋ねてくる。


「うん、この都市での派閥争いが激しくなっているということは。」

「そうなんです! 現領将のシエラ様と、従姉妹のシノ様、それぞれを支持する派閥の間で緊張が高まって、

 最近持ち込まれるのは要所の警備依頼とか、要人の護衛依頼ばかり。しまいには、情報が確かじゃない不審者の討伐依頼って、それは攻め込む気じゃないですよね? という感じで・・・

 サクラさんが来たら、そんな依頼を薦めないよう姉から手紙が届きましたので、急いでお伝えした次第です。」


「・・・私がこっちに行くって言ったの、そんなに前じゃないよね。

 都市間の騎獣を使った高速連絡網に混ぜ込んでるの?」

「しょ、職員特権です。主に姉の。」

「うん、何も聞かなかったことにしよう。」

本来は上層部向けの、大事な連絡に使うものだったはずだよね。

時にはそれ専用の、実績のある人しか受けられない護衛依頼とか出るくらいに。


「サクラさん、ここの受付さんとも仲が良いんですか?」

「まあ、今の話で分かる通り、マリーさんの妹だから、その繋がりでね。」

「それもそうですけど、もっと前にはアヤメさん・・・サクラさんのお母さんにも、個人的に相談に乗ってもらったりしたんですよ。

 依頼所の受付に就職ってどうなんだろう・・・とか。」

「・・・何してるの? 母さん。」


「それはそうと、あなたがミナモさんですね。

 依頼所に来た初日に、サクラさんと二人だけでアロガントバッファローを討伐した物凄い魔法士で、すごく可愛いって姉から聞いてます!」

「はいっ・・・!? 可愛い・・・?」


「もちろんです! 凛々しいサクラさんと並んだ姿はこうして見ているだけでも・・・」

「リリーさん、少し落ち着こうか。」

私はこの感じを見るのは初めてじゃないけど、ミナモちゃんが動揺するのは良くないよね。


「はあ、はあ・・・失礼しました。

 ところで、そちらの方は・・・? この依頼所も初めてですよね。」

「ああ、私は魔道具士のティアだ。

 悪い奴らをやっつけるために、ここに来た!」


「・・・はい?」

「ああ、リリーさん。私が説明するけど、他言無用でね。

 ミナモちゃんはティアを押さえてて。」

「はい。任せてください、サクラさん!」

「おい待て、水球を口元に作るな・・・がぼがぼ・・・」

余計なことを口走れば即座に水で止められる状況にした後、私はティアとの出会いについて、リリーさんに説明した。



「はあ・・・・・・どうして大変な情報ばかり出てくるんですか・・・

 魔道具士ブレク・フォルトネの名前なら、好事家の間で製作物が取引されるので、聞いたことくらいはありますよ。

 それが姿を消したと思ったら、とんでもない所にいた上、娘さんにこんなものを残して・・・」

話を聞き終えたリリーさんが、頭を抱えている。


「そっちのほうは『商業都市』のマリーさんに連絡してもらうよう頼んだから、そのうち対策が取られると思うけど、

 この都市自体も何か不穏だよね。」

「今の話を聞いて、嫌な予感しかしなくなったんですけど、うう・・・」


「まあ、ひとまず今日は依頼を受けるのは止めておくよ。

 まずは情報を集めようと思うけど、夜の治安はどうなのかな?」

「・・・小競り合いがたまに起きるくらいと聞いてますが、本当に気を付けてくださいね。」

「うん。アロガントバッファローよりはましだと思うけど、注意して行くね。」

そうして、リリーさんとの話は終わり、私達は買い物をして宿へと引き返した。



*****



「夜の城塞都市・・・昼間よりも嫌な感じが増していますね。」

辺りを見回しながら、ミナモちゃんが不安そうに言う。


「私は、何かあってもサクラが言うまで、

 口とか魔道具とか出さないってことでいいんだよな?」

「うん。どこで誰が見ているか分からないし、なるべく情報は伝わらないようにね。それじゃあ、行くよ。」

そして私達は、夜の探索を開始した。


「火や魔道具の灯りが所々にあるだけですが、人の気配がかなり多いように思います。」

「それだけ何かを狙ってたり、警戒する人が多いってことだよ。

 ・・・ほら、早速こちらに近付いてくるのも。」

「・・・!」

ミナモちゃんが表情を変え、身体をすっぽりと覆ったフード付きの服を再確認する。

今、この都市で夜出歩くには、こうしたほうが良いらしい。もちろん、知られたくないことがある私達にも適した装備だろう。

・・・まあ、まさに近付いてこようとしている、色々気にしなそうな荒っぽい人達は、その限りではないのかもしれないけれど。


「おい、待ちな。俺達の許可なくこの辺をうろつくとは、どういうことだ?」

「それに答える必要があるの? 都市の警備隊服も着ていない、あなた達を相手に。」

うん。私達の背格好が強そうでないのを見て、通行料でも巻き上げようとやって来たのだろう。

都市の治安が心配になるけれど、相手にするのも馬鹿らしいほどだ。


「うるせえ。無視するってんなら、力尽くで・・・」

「やる気なんだね。じゃあ、おやすみ。」

「ぐっ・・・!」

私達に迫ろうとしたところで、すっと足に力を込め、すれ違い様に全員を気絶させた。


「おいおい、一撃かよ・・・」

「サクラさんは、本当にすごいんですよ。」

驚いた表情のティアに、にこにこした様子のミナモちゃん。

最初から波瀾含みではあるけれど、探索を進めるとしよう。



「大きな建物はどこも、緊張した気配の人ばかりですね。

 ・・・襲ってこないだけ良いですが。」

「それを平然と言える状況って、何なんだろうな・・・」

うん、私が気絶させた人の数は十を越えただろうか。着いていきなりこれは、さすがに多い気がする。

・・・まるで、意図的に治安を悪化させようとする誰かがいるように。なんだかこちらを伺う気配も感じるし。



「この辺で、少し裏通りに入ってみようか。」

「はい・・・!」

ミナモちゃんとうなずき合い、人気のないほうへと移動する。もしもなら、何か動きがあるはずだ。


「ここは、誰もいないな・・・」

ティアがぽつりとつぶやく中、私達は歩みを進めるけれど、

そこでこちらへと近付いてくる気配が一つ。さっきまでとは違って、只者ではない。


「すみません、少し良いかしら。」

声が響き、振り返れば、さっきまで誰もいなかった場所に佇む一人の少女。

ミナモちゃんよりやや小さいくらいの背格好だろうか。


「突然ごめんなさい。私はオニキス。

 今、依頼を受けてくれる人を探しているの。」

小さいながらも凛とした声が、場に響いた。


「・・・ミナモちゃん。」

「はい・・・嫌な感じはしません。」

「うん、そうだよね。」

こちらも小声で相手の気配を確かめ合ってから、答えるために口を開く。


「まずは、依頼の内容を聞かせてもらえるかな?」

「ごめんなさい、詳しいことは言えない。

 やってほしいことは、私について来て、そして・・・」

その表情にこもる思いが、ひときわ強くなるのを感じた。


「お願い。お姉ちゃんを助けるのを手伝って。」

少女の切実な依頼が、私達へと届けられた。

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