第2章 『中継村落』マイエル編
第11話 二人の旅路
「サクラさん、天幕の固定はこれくらいで良いですか?」
「うん、十分だよ。ミナモちゃんは覚えるのが早いね。」
商業都市を出発して二日目の夕刻、昨日教えたばかりの野営の準備を、ミナモちゃんはもう満足にこなしている。
「いいえ、サクラさんが丁寧に教えてくれたからですよ。」
「いや、それにしてもすごいと思うけどね。」
同じことを母さんに教えられた時、なかなか上手く出来なかったことを思い返す。
教え方が悪かったのか、私が不器用だったのか、それとも両方か・・・
うん、この件について考えるのはやめよう。
「さて、天幕を張り終わったら、食事とあれの準備をしようか。」
「はい! 水魔法の用意をしておきますね。」
基本的に野営というのは大変なもの・・・と思う人が多いだろうけど、どこかに楽しみがあるなら、それも変わってくる。
ミナモちゃんと笑い合って、その準備に取りかかった。
「ふう・・・やっぱり気持ちいいね。」
「はい・・・ずっとこうしていたくなります。」
幸せな気分を感じながら、ミナモちゃんと言葉を交わす。身体を寄せ合い、お互いの体温を感じるのも、また心地よい。
「あっ、でも長く入りすぎるのは、身体に良くないのでしたね。」
「うん。のぼせちゃうし、ここは外だから湯冷めにも気を付けないとね。」
「はい・・・! でも、星を見ながらお風呂に入れるなんて、本当に素敵です。」
「うん。準備してきて良かったね。」
組み立て式の大きめの物入れに、防水布を敷いて、ミナモちゃんに水魔法を頼み、魔道具で温めれば、宿のお風呂を少し再現することは出来る。
持ち運びの都合上、あまり広くはないけれど、ミナモちゃんと二人で入るなら問題はない。
アロガントバッファローの討伐で、当分の間は困らないくらいの報酬はもらえたし、ミナモちゃんの魔法で節約できるところもかなりあったので、
軽くて丈夫な天幕や、こういうところにお金を使ったけれど、正解だったようだ。
「それにしても、こんなに気持ち良いと分かったら、他に始めようとする人もいるのでは・・・」
「そうだね・・・ミナモちゃんの魔力量は特別だから、魔法に頼らなくても水が十分に確保できる場所と、
温める魔道具か、火の魔法を使える人・・・その辺の準備が出来ればね。
簡単には行かないけれど、不可能というわけでもないと思う。」
少なくとも、これまで旅をしてきて、同じことをしている人は見かけなかったし、
力を隠す意味もあったから、私とミナモちゃんの間では、買い物の時などに『あれ』で通じるようになったのは、ちょっとした笑い話だけれど。
「やっぱり、多くの人にとっては難しいのでしょうか・・・
そういえば、サクラさんは一人で旅をしていた頃、こういう時はどんな風に過ごしていたんですか?」
「うーん、基本的には移動の間に、身体を休める時間って考えてたからなあ・・・
そうそう、母さんの受け売りだけど、安全で大きめな木を見付けて登ると、地上の動物の気配は遠ざかるから、休みやすくなるよ。」
「ええええ・・・!」
「まあ、ミナモちゃんがそんな野営を経験しないで済むよう、気を付けるから。」
「・・・いえ、木の上で休むというのも、気にはなりますね。
つい先日、同じようなことをしたようにも思いますが。」
「あはは、あの時くらい安全な木なら良いかもね。」
アロガントバッファローと遭遇した時の、一時避難を思い出す。たまにはああいう野営を試すのも良いだろうか・・・良いのだろうか?
結論は出ないまま、片付けと就寝の準備は進み、一日は終わりを告げた。
*****
「今日は城塞都市へ行く途中の、村に着く日でしたね。」
「うん、マイエルの村。城塞都市への中継地点だから、『中継村落』なんて呼ばれたりもする・・・ってことは、出発前にも話したかな。」
夜が明けて、朝食をとった後に、また二人で歩き出す。ここまでの行程は順調だ。
「はい・・・! そういえば、人の少ない道を選ぶとサクラさんが言いましたが、本当に静かでしたね。」
「うん。城塞都市へ向かう商隊の護衛依頼が多く出てたから、今はそれに合わせて移動する人がほとんどだと思うよ。
・・・だからこそ、ゆっくりお風呂にも入れたわけだけど。」
「そうですね・・・! これからの旅も、こんな風にしませんか?」
「あはは、そうだね。ああいう依頼を受けると、周りにいつも人がいっぱいだから。
安全ではあるけれど・・・いや、盗賊とか危ない動物にも、狙われやすくなるかな。」
「それは・・・やっぱりこういう旅のほうが、私には合いそうです。」
「うん、私も同感だよ。」
ミナモちゃんとうなずき合い、私達は歩みを進めていった。
「・・・遠くのほうに、人の気配がぽつぽつ出始めてるかな。」
「はい、私も感じます・・・! 穏やかそうですね。」
「あはは、その辺はミナモちゃんのほうが、しっかり捉えられるかな。」
「そ、そうですか? サクラさんは動きなども、よく分かっているように思えますが。」
「まあまあ、少し感じ方が違うのも良いと思うよ。二人で一緒に見つけたものは、ほぼ間違いは無さそうだから。」
「はい・・・! 確かにそうですね。」
ミナモちゃんは、魔力や存在そのものを、感じ取ることが得意なように思う。
いずれにせよ、今日の目的地が近いということは確かなようだ。
「もう先のほうに、村が実際に見えるくらいになりましたが、
なんだか部分的に賑やか・・・なんでしょうか?」
「ああ、子供でも駆け回っているんだろうね。」
「子供・・・ですか。商業都市でも、見かけないわけではありませんでしたが・・・」
「ミナモちゃんは、あまり接した記憶は無さそうかな?」
「はい・・・ちゃんと思い出したわけではありませんが、一人でいる時間が長かったように思います。」
「それなら、村に着いたらその辺りに混ざってみる?」
「ええっ・・・!? いや、私はもう、そこまで子供のつもりは・・・」
「あはは、冗談だよ。でも、もしもそういう経験が無いのなら、子供達を眺めてみるのも良いかもね。
少なくとも今日は、村に宿をとるわけだし。」
「はい・・・! そうですね。」
ミナモちゃんが微笑んだところで、不意に表情を変えた。
「あれ・・・? 誰かが魔法でも使ったでしょうか。そんな気配が伝わってくるような・・・」
「魔道具・・・だったらさすがに違いは分かるよね。子供の遊びで使うのは、穏やかではないけど。村に着いたら確かめてみようか。」
「はい・・・!」
小さな異変を感じたところで、私達は少し足を早め、『中継村落』へと入っていった。
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