第10話 旅立ちと、いつかの夢

「サラさん、明日に商業都市を離れますので、

 宿泊は今夜までということでお願いします。今回もお世話になりました。」

「お、お世話になりました・・・」

ミナモちゃんと一緒に、この宿に泊まるようになってから数日、

次の場所へと旅立つ準備が整った朝に、サラさんへ伝える。


ミナモちゃんはまだ戻らない記憶も多いせいか、

そもそもこういった経験が無いのか、少し緊張しているようだけど、仕方ないか。

・・・サラさんは怒ると恐いって、私が何度か言ったせいじゃないよね?


「サクラちゃん、また旅に出るのかい?

 いつも思うけれど、もう少しこの都市に落ち着いても良いんじゃないかねえ。

 住み続けるのにも適した場所だと思うよ。」

「あはは、ありがとうございます。

 剣の腕を磨くために、色々な場所に行ってみたいんです・・・と、

 普段なら言うところですが、今度はミナモちゃんと一緒に、長めの旅になります。

 城塞都市から港湾都市へ。そして、船に乗って東へ・・・」


「・・・! それはまた遠くまで行くんだねえ。

 同じようなことを言って、随分と音沙汰が無いのも居るけれど、

 サクラちゃんはしっかり戻ってくるんだよ。」

「はい・・・! もしも母さんに会ったら、伝えておきますね。」


「ああ。もちろん、ミナモちゃんもだよ。」

「えっ・・・? は、はい・・・

 私、そこまで言っていただけるほど、ここに泊まっていませんが・・・」


「何を言ってるんだい?

 サクラちゃんがあんたをどれだけ大切にしてるか、私にだって少しは分かるよ。

 変に遠慮して離れ離れなんて、承知しないからね。」

「え、え・・・?」


「大丈夫です、サラさん。

 ミナモちゃんのことは、私が絶対に守ると誓っていますから。」

「そうかい。言ったからにはその約束、違えるんじゃないよ。」

「あわわわわ・・・・・・私もサクラさんのことは信じていますから、

 お二人とも、落ち着いてください・・・!」

気付けば、ミナモちゃんの頬が赤くなってしまったので、

話の流れを戻す必要がありそうだ。


「少なくとも、母さんは母さんで、私は私と思っていますので。

 戻ると言っておいて、果たさないようなことはしないつもりです。」

「それなら良いんだよ。道中、気を付けるようにね。」


独り立ちして間もない頃は、『すぐ旅に出ようとするのは、誰に似たのかねえ・・・』なんて言われたっけ。

それも否定できない面はあるけれど、何度も繰り返されることがあって、だけど今までとは違うこともあって。

それが、私にとっての『旅立ち』なのかもしれない。


「サラさん、とても優しい人ですね。」

「うん、そうでしょ。」

部屋に戻る途中、ぽつりと口にするミナモちゃんに、深くうなずいた。



*****



「マリーさん。明日からまた旅に出ますので、この都市を離れます。」

宿を出て、次に挨拶をするのは依頼所だ。ここでも同じような話は何度もしているので、

言われることも想像はついてしまうけれど・・・


「そうですか・・・もう行ってしまわれるんですね。サクラさんとミナモさんがここに住んでくれると、こちらとしては大変助かるのですが・・・」

「いえいえ、それは過分なお言葉というやつですよ。あちこち旅しながら、ふらりと来て依頼を受けるような者なんですから。」

「アロガントバッファローを二人で討伐する方々に、どこが過分ですかねえ・・・」

マリーさんの苦笑と共に、視線がミナモちゃんへと向く。


「ミナモさん、立地の良い一軒家とか、都市からご紹介できますけど。

 あなたが頼めば、サクラさんは嫌とは言わないと思いますよ。」

いや、私が目の前で聞いてるんだけど。確かに言われたら断る自信は無いけど・・・!


「ごめんなさい、マリーさん。

 これは私が望んだことでもあるんですよ。」

ミナモちゃんがぺこりと頭を下げる。


「これからミナモちゃんには、色々な場所を見せてあげたいと思っています。

 ひとまず次は、城塞都市ですね。」

私も続けて言うと、マリーさんの顔にあきらめの表情が浮かぶ。

いや、一軒家はさすがに冗談だよね・・・?


「そうですか、残念です。

 商業都市はいつでもあなた方を歓迎しますので、戻ってきた時は、また依頼所にもお立ち寄りりくださいね。」

マリーさんがにこりと微笑んで、礼をしてくれる。それから私達に顔を近付け、小声で言った。


「城塞都市へ行かれるのでしたら、

 このところ派閥間の争いが激しくなっている模様ですので、どうかお気を付けて。」

「ありがとうございます、マリーさん。

 また商業都市にも戻ってきますね。」

「ありがとうございました!」

ミナモちゃんと二人でお礼を言って、私達は依頼所を出た。



「派閥争い・・・なんだか、すごく嫌な言葉に聞こえます。」

胸に手を当てながら、ミナモちゃんがつぶやく。


「もしかして、ミナモちゃんが記憶を失う前に、何かあったのかな。」

「そ、そうかもしれません・・・」

過去に思いを巡らせるその表情は、少し曇って見えた。


「でも、そんな経験もあるなんて、

 ミナモちゃんはやっぱりお姫様という可能性が・・・」

「ちょっ・・・! それはまだ分かりませんから・・・!」

「あはは、ごめんごめん。」

目を見開くミナモちゃんの頭を、優しく撫でた。


「そういえば、派閥争いってこの都市には無いんでしょうか。」

「まあ、全く無いとは思わないけど、

 歴史上、商業都市を発展させたと伝わる人達の中で、その方面の伝説があってね。」

「えっ・・・?」


「ずっと昔、まだここが今ほどの規模が無かった頃、裏で勢力争いをするような人達を全員叩きのめして、

 ちゃんと商売で競い合うように仕切った、剣士と魔法士の二人がいたんだって。今もこの都市にはその精神が残ってるから、派閥争いみたいなのはほとんど無いと言われるよ。」

「それは・・・随分と豪快なお話ですね。」


「うん。でもそれで、この都市がここまで発展したのなら、やっぱりその人達は凄かったのかな。」

「確かにそうですね・・・」


「さて、これからの旅に必要なものは、昨日の夜に整理したし、

 足りないものを買いに行こうか。」

「はい・・・!」

商業都市の過去に想いを馳せ、二人で笑い合いながら、私達は賑やかな市場へと向かった。



*****



旅に慣れたサクラさんのおかげで、必要なものはどんどんと揃っていきます。

そもそも、次の都市への行程や、どんなものが要るかを整理できるのも、本当にすごいことなのでしょう。


「うーん・・・やっぱりもう少し、保存が利くものにしようかな。」

あっ、食べ物が安く手に入りそうでしたが、サクラさんが止めてしまいました。

少し日数のかかる旅には、保存は大切なようです。


保存、保存・・・やっぱり、もう一度あれを試してみたいです。

さっきから、何か頭に残っているものもありますし・・・


「サクラさん、ちょっと良いですか?」

服の裾を引いて、人のいない場所へ来てもらうよう頼みます。


「保存する手段があったほうが、やっぱり良いですよね。

 もう一度試してみてもいいですか? あの時の、氷の魔法を。」

「ミナモちゃんが良いなら構わないけど、無理はしないでね。」

「はい・・・!」

アロガントバッファローとの戦いでは、サクラさんのために必死になった時、発動できた氷魔法。

あれから何度か試してはみましたが、まるで自分のものではないように、形になりませんでした。


それに、先程サクラさんが話を逸らしてくれましたが、『派閥争い』という言葉に感じた思い。

やっぱり記憶を失う前の私には、何かあります。


「これは、あなたの魔法なのですか?」

手の中に魔力を集中させてゆきます。

浮かび上がるのは、あの時の人、冷たくこちらを見るような視線。

これって、やっぱり・・・


「あなたのことを、知りたいです。

 たとえ、前には仲良くできなかったとしても・・・」

そうつぶやいて、魔力を強く込めると、

ため息をつくような表情が見えて、何かが小さく弾けました。


「っっ・・・・・・!!」

気が付けば、私の手には、発動した氷魔法の塊。

そして疲れと共に、過去に触れた冷たさが、心の中へと入ってくる気持ちでした。


「・・・そっか。氷魔法で浮かんできた人とは、あまり仲が良くなかったのかな。」

「はい・・・でも、忘れていいような人ではなかったと思います。

 それから、氷魔法、まだ少し疲れますけど、使えるようになりました。」

サクラさんに笑いかけたつもりでしたが、

それがぎこちなくなっていないか、急に不安になります。


「・・・ミナモちゃん、今日はまだ早いし、

 買い物が終わったら行きたいところがあるけど、良いかな?」

「は、はい・・・」

そうして、氷魔法での保存も頭に入れた上で、

サクラさんは手早く買い物を済ませ、商業都市の外へと私を連れ出しました。



「もしかして、何か不安になっちゃった?

 これからの旅のこととか・・・」

「いえ、そこまで大げさではないのですが・・・変ですね。

 東に行きたいと思うのは間違いないのに、

 記憶を失う前の自分を知るのが、少し恐くなってしまうなんて。」


「うーん・・・その思いを分かってあげることは出来ないけど、

 今のミナモちゃんに、見せたいものはあるかな。」

「見せたいもの・・・ですか。」


「うん! 少しだけ歩くけど、大丈夫だよね?」

「はい! 依頼で長く歩くのには、もう慣れてきましたから。」

サクラさんの言葉を楽しみに、その手に引かれ歩き始めました。




「ここは・・・サクラさんに初めて会った場所の方向ですか?」

「うん。もう少し先へ行くと、よく見えるんだ。」

私にとっては、数日前ではありますが、決して忘れられない方角。

そちらへとしばらく歩いて、サクラさんが先のほうを指差しました。


「あれは・・・すごく高い、山ですか・・・」

「うん。誰も越える人なんていないと言われる、南へと広がる山脈だよ。」


「確かに、あの山を登るなんて、考えただけで大変そうです・・・」

「でもね。さっき話した、商業都市を発展させた剣士と魔法士は、

 あの向こうからやって来たと言われているんだよ。」

「えっ・・・?」


「今の力では無理かもしれないけど、

 私が成長したら、それが本当か確かめに行きたいって、前から思ってるんだ。」

「そ、そうなんですか・・・」

夢を語るサクラさんの瞳は、とてもきらきらとして見えて、

いつか私が過去を取り戻した後、遠くへ行ってしまいそうな不安に駆られます。



「だから、東への旅が終わった後、

 もし良かったら、ミナモちゃんも一緒に来てくれるかな?」

「えっ・・・! はい、はいっ・・・!!

 私が何者でも、本当にお姫様だったとしても、

 サクラさんさえ良ければ、連れて行ってください・・・!!」


「じゃあ、決まりだね。

 これからの旅で、私達が何を見るのかは分からないけど、

 絶対に無事で戻って、サラさんやマリーさんにも挨拶をする。

 そうして、次はあの山の向こうを目指そうよ。」

「はい・・・!」

私の中にあった不安は、いつの間にか消えていました。


これからもずっと、サクラさんと一緒に歩いてゆく。

確信めいた思いが、心を満たしていました。

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