第9話 戦いの後で

「ん・・・・・・」

少し離れた場所から、誰かの足音が聞こえて目を覚ます。

こちらを探るような気配は感じられず、

どうやら気の早い朝の散歩か、手を洗いにでも行ったようだ。


いざという時のためにと、小さい頃から訓練されてきた、この習慣は今更変えようもない。

それに、これから先のミナモちゃんとの旅を思えば、危険を察知する力には助けられることもあるだろう。



「すう・・・すう・・・」

目を開ければ、そのミナモちゃんが穏やかな寝息を立てている。

夕食の時間を終えて間もなく、どちらからともなく抱き合って眠った今夜は、悪い夢も見ていないようだ。


あの氷魔法を放った時に浮かんできたという、『冷たくて美しいお姉さん』のことは気がかりだけれど、

旅を続けるうちにミナモちゃんが思い出すか、あるいは実際に出会うこともあるのかもしれない。



これから行く道について、考えるべきことは色々とあるだろうけど、

私に抱きつくミナモちゃんの寝顔を見れば、ただただ癒される気持ちになる。


それはまるで磨かれた宝石のようで、少しの悪戯心から、つんと突いてみたくなるけれど、

私の体が思わず動くと共に、「ん・・・・・・」と小さな声がこぼれた。


もしかして、起こしてしまっただろうか・・・?

不安な気持ちになったけれど、

少し動いた私を追うように、自分の体をすり寄せて微笑むのを見て、愛おしくてたまらなくなった。


ミナモちゃんを包む腕に、ほんの少し力を込めて抱きしめれば、満ち足りた笑顔が浮かぶ。

この幸せを邪魔するなんて、絶対にしてはいけないことだろう。

私ももう少し微睡みながら、優しい時間を過ごすことに決めた。




「おはようございます、サクラさん。」

「おはよう、ミナモちゃん。よく眠れたかな?」

しばらく経って、本当に起きる時間となり、

身体を寄せ合ったまま、目覚めの挨拶を交わす。


「はい・・・でも、もうちょっと寝ていたいような気分です。」

「あはは、昨日は本当に大変だったからね。」

思い返せば、アロガントバッファローとの戦いもそうだったけれど、

その後にファスターラビットを回収し、帰り道を歩き出した頃に、ようやく都市の警備隊がやってきた。


最初に森へと向かった部隊は、やはり蹴散らされてしまっていたらしく、

全滅を避けて救援を呼ぶため、手を尽くして別の方向に誘導したらしい。


それが私達のほうへ来てしまったということで、たくさん謝られたし、

二人だけで行動不能にまで追い込んだことが分かると、すごく驚かれたり、感謝されたりもした。

・・・疲れていたので、帰りたい気持ちも強かったけれど。


その後どうにか依頼所へと戻り、完了の報告は済ませたけれど、

アロガントバッファローについての話は、また明日にということになった。

つまりは、依頼を受けて報酬を受け取るという生活を放棄するのでもなければ、

今日も報告や手続きが待っているということでもある。


だけど、今差し迫った問題が、もう一つ・・・

「私達、昨日の夜に、サラさんに朝食を頼んだよね。

 母さんが前に、何度かやらかしたことがあるから分かるけど、遅れて食事が冷めちゃったりすると、すっごく怒るんだ。」

「ええええ・・・! は、早く起きて行きましょう。」

「うん。今から支度すれば、まだ大丈夫だよ。」

アロガントバッファローとは別方向の危険を、強く感じ取ったのか、慌てるミナモちゃんをなだめつつ、私達は朝食へと向かった。

いや、作りたてのサラさんのご飯は、本当に美味しいんだけどね。



*****



「サクラさん、ミナモさん、お待ちしていました!」

依頼所に着くと、マリーさんが小走りにこちらへとやって来る。


建物の中にいる人達が、次々とこちらへ視線を送ってくるようだけど、

今は気にするのはやめよう。


「まだ混乱が残っていますが、どうぞこちらへ。」

通されたのは、いつもより大きめの部屋。程なくして、警備隊の人達も数人やって来る。

・・・都市の偉い人も混ざってないかな?

始まるのはもちろん、昨日のアロガントバッファローについての話だ。


私達は遭遇した状況や、どのように倒したかを聞かれるわけだけど、

ミナモちゃんが私に魔力を渡し、強い風魔法を纏わせた剣で斬った・・・なんて言ったら、どんな騒ぎになるか分からないので、

昨日、警備隊の人達にも話した、二人で打ち合わせ済みの説明を繰り返す。


警備隊との戦いや、森の中を駆け回ったことで、アロガントバッファローはそもそも弱っていたかもしれないし、

魔法で目が傷付き、私の剣も当たりどころが良かったから、倒すことが出来た・・・

これがきっと、私達にとって最も平和に終わりそうな言い方だ。



それに、警備隊にも重傷者が何人も出たと聞くし、彼らが最初に向かっていたのは、城塞都市へと向かう主要な街道。

もし放置されていたら、道行く人達にどんな被害が出ていたか分からない。


私とミナモちゃんは大きめの影響を受けたけど、警備隊としても、大事なお仕事はちゃんとしていたのだろう。

それが、私達だけで仕留めたような話になるのも、何か違う気がする。


・・・頭に一番あるのは、ミナモちゃんの特別すぎる力を知られたくない、ということではあるけれど。




「す、すごく疲れました・・・・・・」

依頼所を出て、ミナモちゃんが言葉通りの表情で息を吐く。

アロガントバッファローについての話は、概ね私達が思い描いた通りの流れで終わったけれど、

ああいう場で話をすること自体が、楽なものではないし、

きっと依頼でも受けて動いているほうが、私にとってもミナモちゃんにとっても、性に合うのだろう。


・・・それに、私達がしたことを全て、覆い隠せるわけでもない。


「ミナモちゃん、すごく驚かれてたよね。

 初めて依頼を受けたその日に、アロガントバッファローの目を撃ち抜いた、とてつもない魔法士がいるって。」

「そ、それならサクラさんも、

 あの『風斬り』が、とびきりの危険種を正面から斬り倒したとか、噂になってたじゃないですか・・・」

「あはは、その辺はお互い様だね。」


二人でアロガントバッファローを倒した話は、もう少なくない数の人に伝わっているようだし、

なるべく声をかけられないよう、マリーさん達も配慮してはくれたけど、

こちらに向く視線や噂話は、どうしても伝わってきてしまう。


「これだから、あまり目立ちすぎるのは良くないんだよね。」

「うう・・・とてもよく分かりました。」


「でも、昨日言ったことは、本当になったかな。

 頑張っていれば、ミナモちゃん自身を評価してくれる人は出てくるって。」

「そ、それは・・・そうかもしれません。」

ミナモちゃんの頬が、少し赤くなる。

度を越えて注目されるのは、さすがにどうかと思うけど、いくつかの力を伏せてなお、ミナモちゃんという魔法士が驚きを集めているのは、確かなことだ。


「私、周りの評価なんて気にするもんじゃないって、母さんに教えられてきたし、自分でもそう思ってるけど、

 ミナモちゃんがすごいって皆が言うのは、嬉しいなって思うよ。」

「わ、私は、サクラさんの役に立てた時が、一番嬉しいです・・・!」


「あはは、そんな風に言ってもらえるのは、幸せだなあ。」

答えつつも、自分の顔が熱くなるのを感じる。

そのままミナモちゃんの頭を撫でれば、柔らかい笑顔が私に向いて、ぎゅっと抱きついてきた。


「それじゃあ、今日はこのあと休みの時間にして、ゆっくりしようか。」

「はい・・・!」

さすがに歩きにくいから、途中で身体は離したけれど、

私達はしっかりと手を繋ぎ、商業都市の通りを歩き出した。

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