第8話 暴風を斬り裂く剣

「色々あったけど、ひとまず依頼は無事に達成できたね。」

「はい・・・! うさぎさんには最後まで恐がられてしまいましたが、

 今はぐっすり眠っていて、良かったです。」


「その辺りは、さっき話したことをよく覚えておいてね。」

「はい・・・やりすぎないよう、気を付けます!」

想像していた以上に、ミナモちゃんが水魔法を使いこなしたことで、

今日受けた依頼は早めに片付いた。

あとは商業都市に戻って、依頼所へ報告だ。


「魔法をたくさん使ったと思うけど、体に影響は無いかな?」

「はい! うさぎさんを捕まえた後に少し休みましたし、

 今は疲れもありません。」


「それなら良かった。じゃあ森の近くを過ぎた辺りで一度休憩して、

 そのまま都市へ戻るよ。」

「分かりました!」

『無事に帰り着くまでが旅』だと、名の知られた旅人が昔に言ったらしい。

確かに、依頼の時も採取や捕獲を頑張りすぎて、

帰り道で疲れ果ててしまえば、期限に遅れてしまうかもしれない。


そんなことが無いように考えて、行程は決めたつもりだけど・・・

それでも不測の事態というものは、起きてしまうようだ。



「・・・!! ミナモちゃん、あっちのほうから何か感じる?」

「えっ・・・・・・!? な、なんですかこれ!?

 すっごく恐いです・・・!」

私達の感知が捉えたのは、森が広がる方角から近付いてくる、異常に強い気配。


「・・・・・・ミナモちゃん、森に入るよ。」

「えっ・・・?」

その正体を少しだけ考えて、決断する。

もしも私が想像した通りなら、開けたところで遭遇しては、絶対にいけない・・・!


「ファスターラビットの入った袋を木に縛り付けたら、すぐに離れるよ。

 それで上手くいくかは分からないけど。」

「え、え・・・・・・?」

ミナモちゃんが戸惑っているけれど、今は詳しく説明している時間が無い。

すぐに伝えた通り、手近な木を見付けて、紐で固く結び付ける。


「ひゃっ・・・? さっきの何かがもう、すぐ近くに・・・!」

ミナモちゃんが怯える声を上げ、既に気配だけではなく、

ばきばきと木をなぎ倒す音まで、はっきりと聞こえてくる。


「もしかして、依頼所でのマリーさんのお話・・・!」

「うん。その中でも、最悪の状況ってところかな。」

ミナモちゃんの手を引いて、その恐るべき突進がここへ到達するだろう時に、

ファスターラビットを残した木とは、反対側になるよう移動する。

あとは、運が良いことを祈るだけだ。



「なるべく音は出さないようにね。」

「はい・・・!」

身体を寄せ合い、声を潜めて伝えながら、その時を待つ。


「~~~~!!!!」

そして間もなく、恐ろしい勢いで突進してきた、

太い角の生えた四つ足の巨大な動物が、咆哮を上げた。


「ひっ・・・!」

声を押し殺しつつも悲鳴を上げる、ミナモちゃんの手をぎゅっと握る。


「あれは、アロガントバッファロー。

 この辺で遭遇する可能性がある中で、一番危ない動物だよ。」

マリーさんの話では、警備隊が森へ向かうということだったけれど、蹴散らされてしまったのか。

いくつか外傷は見えるけれど、近くに人の気配は感じない。


ここまで移動してきた状況も気がかりではあるけれど、

どんな経緯にせよ、既に戦った後だというのなら、狂暴さも増していそうだ。

本来は発見され次第、大規模な討伐依頼が出るような、とびきりの危険種。

私達とは別のものに、気を取られることを願いたいけれど・・・


「ひゃっ・・・? こっちを見ました・・・!」

「ミナモちゃん、私が時間を稼ぐから、なるべく離れてて。」

「え・・・?」

残された時間の中で、それだけを伝えて駆け出す。


ファスターラビットではなく、迷わずこちらを見たのであれば、

反応していたのは、つい先程一戦交えたであろう、だ。


今にもこちらへ向かってきそうな、アロガントバッファローとの距離を詰め、

跳び上がると共に、剣でその角を打ち付けて、すれ違うように着地する。


「~~~!!!」

すぐに響くのは、怒りに燃えるような唸り声。挑発には成功したようだ。

この突進をミナモちゃんのほうに向けては、絶対にいけない・・・!


「!!」

間髪入れず駆け出してきた相手を、足に風魔法を纏わせて避け、

木々の間に突っ込ませる。


その角を再び打ち付け誘導するのは、アロガントバッファローがやって来た方向だ。

警備隊の状況は分からないけれど、一人ではまず倒しきれない相手なら、

少しでも合流できる可能性が高いほうに、賭けるしかない。


まだ先は長そうだけど、再び突進してこようとする相手を、しっかりと見据えた。



*****



アロガントバッファロー・・・私の記憶におぼろげに浮かぶ、『牛』に少し似ているけれど、

大きくて、狂暴そうで、とても恐ろしい動物がサクラさんと戦っています。


依頼を受ける時にマリーさんから聞いた、動物が争うような声というのは、

きっとこれが原因だったのでしょう。


そして、サクラさんが何をしようとしているかも、想像がついてしまいます。

うさぎさん達のいる袋を、少し離れた木にくくりつけたのは、

アロガントバッファローがその匂いにつられることを狙ったから。


今、あの恐ろしい動物が来た道を、引き返すように戦い続けているのは、向こうから警備隊の人達がやって来るのを期待してのこと。

そしてきっと、危ないものを私から遠ざけるため・・・!


もしかすると、この場にいたのがサクラさん一人なら、あの風魔法を使って、あっという間に逃げられたのかもしれません。

それが、あんなに大変そうな戦い方をして・・・!


今朝見た夢が・・・いいえ、きっと記憶を失う前に起きたことが、頭をよぎります。

あんな、あんなことはもう・・・! 私に出来ることは無いのでしょうか。



じっと考えながら、サクラさんの戦いを見つめます。

そうして、気付きました。あの突進を左右にかわすたび、時々こちらに見えるのは、アロガントバッファローの目・・・!


どんなに恐ろしい生き物でも、そこを傷つけられたのなら、

痛いはずです。すごく嫌がるはずです。それで逃げていってくれるなら・・・


私が今使えるのは、水の魔法だけ。あの大きな動物を痛がらせるには、鋭く、勢いよく放つ必要があるでしょう。

それだけを考えて集中し、魔法を準備します。


サクラさんがまた、大きく横によけて、アロガントバッファローが何本もの木を薙ぎ倒し、足を止めます。

そして、その角を剣で叩いたサクラさんが着地した場所は・・・!


「今です!」

全力で研ぎ澄ませた水の魔法を真っ直ぐに放ち・・・・・・

冷たく美しいお姉さんの姿が目の前に浮かび、知らない力が加わりました。



*****



何度目か分からなくなってきた、突進の回避をまた一つ重ねて、地面に着地する。

後方から近付く人の気配はなく、アロガントバッファローにも疲れの様子は見られない。


当分の間は、この行動を続けなければと覚悟したところで、

ミナモちゃんのいるほうから、急激な魔力の高まりを感じた。


それは危ない! そう言いたくなったけれど、

もしこのまま誰も来ないとしたら、打開策が無いことも事実だ。


制止の声を上げることはせず、ミナモちゃんがおそらく狙うだろう、多くの生物にとって共通の急所が、そちらに向くようにする。

もう一度かわして、剣を角に強く打ち付け、着地する場所は、ここだ・・・!


そして、アロガントバッファローがこちらを見据えた瞬間、強い魔力がこちらへ飛来する。

その瞳へと突き立ったのは、鋭いの切先だった。



「ミナモちゃん・・・!!」

異変を感じてそちらを見れば、そこにあったのは昨夜と同じ、夢うつつの表情。

この状態で敵意を向けられれば、絶対に助からない。追撃を止めて駆け出す。


「~~~~!!!」

片目を撃ち抜かれたアロガントバッファローが、咆哮を上げる。

その怒りを何処に向けるかなんて、考えるまでも無い。


風魔法で加速し、狂暴な突進が届く前に、ミナモちゃんの体を抱え上げる。

しかし、背後にはもう、命ごと蹴散らすような暴風の気配。

剣に全力で私の風を纏わせ、振り向き様に斬り払う。


「っっっ!!!」

その脚に直撃した剣は、わずかな傷を付けるに留まり、反発した風が私達を吹き飛ばす。

しかしそのおかげで、突進をまともに受けることは免れたようだ。


・・・片腕が、思うように動かなくなっているけれど。



*****



「・・・ちゃん! ミナモちゃん!」

私を呼ぶ声が、聞こえてきます。

強く強く、必死なくらいに・・・あっ、これはきっと・・・


「・・・・・・サクラさん?」

「良かった・・・! 目が覚めたんだね。」

あれ・・・? さっき私はサクラさんのために、

精一杯の魔法を放って・・・それからどうなったのでしょう。


「あっ、あまり動かないでね。今、私達は大きな樹の上だし・・・」

「えっ・・・?」


「それを倒そうと、突進してくるのが下にいるから。」

「ひゃあっ・・・!?」

地面・・・と思っていた太い枝がぐらぐらと揺れて、私は思わず声を上げました。



「今の状況について、手短に説明するね。」

そしてサクラさんが、私が魔法を使ってからのことを話し始めます。


「私はまた、半分眠ったようになってしまったんですね・・・

 サクラさんが助けてくれたけど、そんなことに・・・」

「でも、吹き飛ばされたおかげで、アロガントバッファローと距離を取れたからね。

 風魔法も使って、この辺りで一番丈夫そうな樹に登れたよ。」


「ごめんなさい、サクラさん・・・! 私が意識を失ったせいで・・・」

「それは違うよ、ミナモちゃん。あの魔法を使うために、頑張ってくれたんだよね。

 むしろ私が、ちゃんと合わせてもう片方の目を貫いていれば、戦いは終わっていたかもしれない。」


「そんなこと・・・いえ、今話すべきことは別、ですよね?」

「うん、その通り。」


「私はあまり魔力を持っていないんだ。

 だから、身体や剣に少し纏わせて使うのが精一杯。それも、さっきの斬撃とこの樹に避難するので、ほとんど使いきっちゃった。

 あとは自分の腕と剣が頼りだけど・・・」

「酷い怪我です・・・!」

赤く腫れ上がったサクラさんの腕が、とても痛々しいです。


「この樹が折られるまでに、身体と魔力がどこまで回復できるかだけど、正直厳しいかな。だから・・・」

「だめです・・・」


「ミナモちゃん?」

「サクラさんが何をしようとしているか、分かります。

 自分が敵を引き付けるから、私に逃げろと言うんですよね?」


「まだ足は動くから、残りの魔力で何とかするつもりだよ。それが一番助かる可能性が・・・」

「絶対に、だめです・・・!」

サクラさんの言いたいことも、分からないわけではありません。

でも、でも・・・!


「私を守るために、大切な人がいなくなるなんて、もう絶対に嫌です!!!」

気持ちが言葉となって弾けた時、私の頭の中にある鍵が、開きかけたような気がしました。



「・・・サクラさん、腕を見せてください。」

「ミナモちゃん・・・?」


「まだ思い出し始めたくらいですが・・・

 私のことを信じてくれますか?」

「・・・! うん、もちろん!」


「ありがとうございます・・・」

サクラさんの腫れ上がった腕に、両手で触れます。

私を何度も抱きしめてくれた、恐い思いをした時に頭を撫でてくれた、

優しくて、強くて、温かいサクラさんの腕・・・どうか、元に戻ってください・・・!


深い水の中から探し物を見つけるように、

私が知っていたはずの魔法を描いてゆきます。

一つ組み上がるたびに、光が漏れてゆくように感じますが、今はサクラさんの腕のことだけを考えます。

どうか、どうか・・・!!


「・・・ミナモちゃん、ミナモちゃん。」

「・・・・・・っ、サクラさん。

 どうですか、具合は・・・?」

声をかけてくれたということは、何か変化があったのでしょう。

どっと疲れが押し寄せてくる中、緊張しながら次の言葉を待ちます。


「どうして傷だけじゃなくて、私の魔力まで回復してるの?」

「えっ・・・・・・?」



*****



「ミナモちゃん、苦しくないかな。」

「はい、大丈夫です!」

ミナモちゃんが私に抱きつく体勢になり、出会って間もない時の戦いと同じように、

二人の身体を紐でしっかりと結び付ける。


「サクラさんも、調子はどうですか?」

「うん、絶好調だよ!」

それに気付いてからわずかな時間で、魔力を渡す術を身に付けたミナモちゃんのおかげで、

今の私は、力がどこまでも湧いてくるような気持ちだ。


「それじゃあ、行くよ!」

「はいっ・・・!」

ここまで私達を守ってくれた樹が、折られてしまうのは忍びない。

枝から飛び降り、風魔法で衝撃を抑えながら、

アロガントバッファローの後方に着地する。


「~~~!!!」

片目に氷の破片と傷を残し、怒りに燃えるその表情は、

太い樹に体をぶつけ続けても、全く変わることが無いようだ。


咆哮が森に響き渡り、今度こそ私達を蹴散らそうと、荒れ狂う風のような突進の構えを見せる。

だけど・・・!


「ミナモちゃんと一緒なら、何だって斬れる気がするよ。」

「サクラさんのそばにいれば、何も恐くありません・・・!」

動き出したアロガントバッファローを前に、私を通したミナモちゃんの魔力が、風となり剣の刀身に渦巻いてゆく。


「~~~~!!!!」

「『風斬かぜきり』。」

傷付いた相手の目の側に、私達は風を纏って駆け抜け、すれ違い様に脚を斬り裂く。


「~~~・・・!!!」

前脚の半ばを断ち切られたアロガントバッファローは、これまでに無い悲痛な叫び声を上げ、

その脚をがくりと折って、地面に倒れ伏した。



「まだ、やる気はある?」

「~~・・・!」

気を緩めず正面に回り、剣を突き付ければ、

一度は立ち上がる構えを見せたものの、動かぬ前脚を感じてか、力なく声を上げる。


「あなたは、強かったよ。

 この戦いを二度と忘れないくらいに。」

言葉が通じるかは分からないけれど、それだけを伝えて、剣を納めた。



「ありがとう、ミナモちゃん。」

十分に距離を置くまで歩いてから、ふっと息を吐いて、微笑みかける。


「サクラさんが無事で、本当に良かったです・・・!」

私に抱きついたままの、細くとも頼もしい腕にこもる力が、ぎゅっと強くなるのを感じる。

優しく頭を撫でれば、すり寄せてくる頬が、

とても温かく、愛おしく感じた。

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