第7話 開花の時

「ここで北に進路を変えるよ、ミナモちゃん。」

「はい・・・!」

行き交う人達に踏み固められた、他の都市へと繋がる道を外れ、

草地が広がる先へと進んでゆく。


「場所によっては、都市が目印になるものを置いてくれたりもするけど、

 採取で行く場所に全部なんて無理だから、

 基本は自分で景色を覚えて、不安なら事前に調べておくのが大事だね。」

「分かりました・・・!」

私がいつも一緒にいるつもりではあるけれど、

そうでない状況や、ミナモちゃんなりの決断を求められる時もあるだろう。

母さんから教えられたり、自分自身で感じてきた旅の心得を、一つずつ伝えてゆく。


「・・・ミナモちゃん、少し呼吸が乱れてきてるかな。

 今日は動物を捕まえる依頼もあるし、到着する前に疲れないようにしないとね。

 そろそろ休憩しようか。」

「た、確かにそうですね。お願いします。」

元は戦いの時、相手の呼吸を読むのが大事だと教えられたものだけど、

こんな風にも使えることに、密かに感謝しつつ、

荷物袋から布を取り出して広げ、ミナモちゃんと並んで腰を下ろした。



「こういう時の保存食は、日持ちすることが優先で、美味しくないものが多いんだよね・・・

 と、普通なら言うところなんだけど・・・」

「はい! 私の初めてのお仕事ですね!」

私が取り出したお鍋に、残っていたお米とお味噌、少しの野菜を入れたところで、ミナモちゃんが水魔法を発動する。

そうして魔道具で熱を加えれば、簡単ではあるけれど温かい食事が出来上がった。


「私も、やっと役に立てた気がします。」

湯気の立つお椀を手に、ミナモちゃんがきらきらした瞳で言う。

うん。人によっては、それで良いのか・・・と言うかもしれないけれど、

本人が喜んでいるのなら何よりだろう。


いや、もう少し長い旅などを考えると、水魔法というのは本当に便利だし、

このくらいでは残りの魔力に影響は無いというのも、恐るべきことだ。


その辺りをミナモちゃんに伝えるのは、もう少し後にしようと思いつつ、

即席の雑炊を二人で楽しんだ。



「それじゃあ、オイレナの花の採取を始めるよ。」

そうして休憩を挟み、しばらく歩いたところで、

私達が今日受けた依頼の一つを達成するのに、適した場所へとたどり着く。


「どんな花かというと・・・はい、これだね。

 この辺には割と生えてると思うけど、質が良いものを持ち帰ると喜ばれるかな。」

「質が良いもの、ですか・・・」


「この依頼の場合は、なるべく中身が詰まってて、黄色が鮮やかものが良いと言われるよ。

 逆に、中が黒ずんでるのは避けるようにね。」

「やっぱり、理由があるんですよね?」


「うん。この花は油を絞って香料に使われたり、

 調理用の油にも少し混ぜると、美味しくなると言われたりするんだ。

 その成分は、黄色い部分にたくさん含まれているんだって。」

「そうなんですか! サクラさん、本当に色々なことを知っていてすごいですし、

 こんなお話を聞けるのは楽しいです。」


「あはは、こういうのって苦手な人は本当に苦手だからなあ。ミナモちゃんも好きで嬉しいよ。

 それじゃあ、見分け方が分かったところで始めようか。」

「はい!」


初めてということもあってか、ミナモちゃんが集める速さは、少しゆっくりとしているけれど、

持ってきたものを見ると、どれも質が良い。


将来、調合士みたいな仕事でもやっていけるんじゃないだろうか・・・

なんて思うのは、どこかの地域の言葉で、親ばかというんだったっけ。

いや、私は親ではないけれど。


「これで十分な数が集まったね。

 それじゃあ次は、ファスターラビットの捕獲依頼に行こう。」

「はい・・・!」

当然だけど、動物を捕まえるのは簡単ではない。

これからがミナモちゃんの魔法士としての腕を、確かめる時間になるだろう。



「ファスターラビットはふさふさした毛を持っているから、

 それが伸びる時期に刈り取って、服や他の織物類の良い材料になると聞くよ。

 でも、人には懐かない生き物だから、こうして誰かが捕まえてくる必要があるんだ。」

「そうなんですか・・・少しかわいそうです。」


「まあ、それはそうだけど、私達も服はもちろん着るし、

 この場合は、野生に戻れる程度まで刈って、都市の外に放たれるから、お肉にされるわけではないと考えれば、多少はね。」

「そうですよね・・・必要があって、やっていることなんですから・・・」

ミナモちゃんも心が決まったようだ。

私達は他の生き物を食べるし、たくさん利用するけれど、目の前で捕まえるとなると、葛藤が起きる人も少なくはない。

ただ、これからの日々を考えれば、慣れていってもらうしかないか・・・



「さて、あの辺にファスターラビットの群れがいるようだけど、

 ミナモちゃんは分かるかな?」

「・・・はい! 少し遠いようですが、何かがいるのは感じられます。」


「・・・ミナモちゃんも、やっぱりすごいんだね。それじゃあ、警戒心の強い生き物だから、風下のほうから近付いていくよ。」

「はい・・・!」

なるべく気配を悟られないよう慎重に動きながら、相手との距離を詰めてゆく。


「まずは私がお手本を見せるね。」

「はい・・・!」

声を潜めて伝えると共に、一人で踏み出し、

群れの端のほう、他の仲間から離れて草を食む数匹に狙いを定める。


「・・・!」

素早く駆け抜けながら、逃げられる前に手で掴み、依頼所から渡された袋に詰めていった。



「わあ・・・本当に眠っちゃってます。」

「うん。この種の動物に効く眠り薬が、中に塗られているからね。

 最初は暴れるけど、少し経てば大丈夫だよ。」

ミナモちゃんのもとに戻り、中に入った数匹のファスターラビットを見せる。

むしろ、この袋が無ければ、連れて帰るのがとても大変だろう。


「それに、サクラさんのもすごかったです・・・!」

「・・・・・・ミナモちゃん、他の人にはそれ、内緒ね。」

「えっ・・・?」

うん、自分が割と大きなことをしているのに、気が付いていない顔だ。


「私は剣士だし、魔法を使えると思う人は少ないと思う。

 あとは私自身の事情もあるけれど、気付かれない程度に身体や剣に纏わせるようにしてるんだ。」

「そうなんですか・・・? 私には魔法だとはっきり分かりましたが・・・」

「ミナモちゃんは、感知の力がすごく高いと思うんだよね。

 さっきファスターラビットの群れに気付いた距離、私はかなりの期間練習して、やっと出来るようになったくらいだから、

 初めてでそれは本当にすごいよ。」

「え、ええ・・・?」


「まあ、それは役に立つものではあるけれど、

 強すぎる力は必要以上に注目されたり、時には変な目で見られることもあるんだよね。

 それに、昨日襲ってきたような人達には、知られないほうが有利だから、出来ることを何もかも他人に教えるのは、お勧めできないよ。」

「わ、分かりました・・・! サクラさんにしか言いません!

 もちろん、風魔法のことも。」

「うん、ありがとう。」

少しばかり重い話ではあるけれど、すぐに返ってきたミナモちゃんの言葉に、心が温かくなった。



「話を戻して、次はミナモちゃんにファスターラビットを捕まえてもらおうかな。

 魔法の腕の見せ所ってやつだよ。」

「は、はい・・・! あっ、でも、最初はサクラさんと同じことをしてみても良いですか?」

「うん! もちろん。」

実際に試してみないと、分からないことはたくさんある。

傍目には失敗する可能性が高くても、これは良いんじゃないかな。


「・・・・・・・・・あっ・・・!」

そろりそろりと、群れに近付いていったミナモちゃんだけど、

手が届くだいぶ前に気付かれて、一匹が逃げ出し、そのまま全体が走り去ってゆく。


「やっぱり、サクラさんと同じようには出来ないです・・・

 うさぎさんも、遠くへ行っちゃいました。」

「まあまあ。今日が初めての依頼で、いきなり同じように気配を消せたら、私がびっくりだから。

 それに、ミナモちゃんには魔法があるよね? 相手がどこにいるか感じる力も。」

「はい・・・! 逃げた方向は分かりますし、

 どうすれば良いか、少し考えたいと思います。」

ミナモちゃんが群れを追いつつも、手に水魔法を浮かべ、あれこれと想像を巡らせているようだ。

相手に気付かれないよう注意はしつつ、どんな解決策が生まれるのか、楽しみに見守ることにした。




「うさぎさん、ごめんなさいっ!!」

「~~~!!!!」

少し経った後、私の目に映るのは、

降り注ぐ水の柱に追い立てられた、ファスターラビットの群れがこちらへと駆けてくる光景。

うん、どうしてこうなった。


いや、この種の動物としては珍しくないけれど、

雨が苦手なはず・・・という情報は、確かに伝えた。

ただ、雨よりも遥かに恐ろしそうなものが、

あのうさぎさん達を襲っていることが、少し予想外というくらいで。


「さあ、ここへ入ってください!」

向かってくる何匹もの相手に向けて、コの字型に作られた水の壁を、ミナモちゃんが設置してゆく。


「~~!!!」

しかし、どこか必死な形相に見えるファスターラビット達は、

高い跳躍でそれを飛び越え、遠くへと逃げていった。



「そ、そんな・・・・・・」

その後ろ姿を呆然と見送り、ミナモちゃんががくりと肩を落とす。


「最初のやり方は良かったかな。

 でも、相手を驚かせすぎちゃったかも。」

少し後方で、結果のほどを見守っていたところから、私は足を早めて歩み寄った。


「それと、ミナモちゃんの努力は無駄にしないからね。」

「・・・!! サクラさあん・・・!」

水の壁に気を取られている隙に、捕まえた二匹のファスターラビットを示すと、

ミナモちゃんが泣きそうな笑顔で駆け寄ってくる。


「驚かせてしまってごめんなさい・・・ひゃっ!?」

手の中のうさぎさんに微笑みかけたけれど、

威嚇した表情を向けられてしまったのは、まあ仕方ないか。




「・・・やっと、大人しくなってくれましたね。」

また少し経って、再びミナモちゃんの感知に捕捉された、

数匹のファスターラビットを取り囲むのは、四方にそびえ立つ水の壁。


いや、さっき跳んで逃げられたことに、残念な思いをした影響だろうけど、

私達の背丈よりもだいぶ高くないかな? これは。


「そんなに脅えなくても大丈夫ですよ、攻撃なんてしませんから。」

水の囲いの中でぶるぶると震える相手に、ミナモちゃんが微笑む。


いや、そのうさぎさん達からすれば、

現在進行形で攻撃に準ずることをされている気がするけれど、

ミナモちゃんの初依頼としては、大成功に終わりそうだから良いか・・・


人目のあるところでは注意するよう、もう一度しっかり伝える必要があるけれど、

ミナモちゃんの力は、想像以上の大きさで、花を咲かせる時を迎えているようだ。

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