第5話 過去について
何か恐ろしいものが、私達の後ろから追いかけてきます。
周りにいた人達は、幾人かずつそちらのほうへ向かっては、
二度と戻ってくることはありませんでした。
お母様が私の手を引き、ついには私を抱え上げ、
一緒に逃げようとしてくれましたが、
恐ろしい何かはどんどん迫ってきて、
私達は、今にも飲み込まれそうになりました。
「ここまでね・・・」
お母様が、何かの魔法を使います。
それはとてもとても強い光で、私を包みました。
「お母様・・・!」
この光は、今はお母様も包んでくれていますが、
いつかは消えてしまうでしょう。
もしも、そうなったら・・・!
「ミナモ、どうかあなただけでも生きて。
・・・元気でね。」
お母様が私に向けた、最後の笑顔と共に、
目も開けていられないほどの光が弾けました。
「いき・・・なきゃ・・・・・・」
薄れゆく意識の中で、私はそれだけをつぶやきました。
*****
「ん・・・・・・うん・・・・・・」
「ミナモちゃん、大丈夫? ミナモちゃん・・・?」
「・・・・・・っ、
あ・・・・・・サクラ、さん・・・」
「ミナモちゃん、良かった・・・!
随分とうなされていたけど、悪い夢でも見たのかな?」
「・・・っ!」
また脅えた表情を見せたミナモちゃんを、ぎゅっと抱きしめる。
「大丈夫。夢の中までは行けないけど、私が絶対に守るから。」
「はい・・・ありがとうございます・・・」
その呼吸が落ち着くまで、私の胸に顔をうずめたミナモちゃんの頭を、
出来るだけ優しく撫で続けた。
「あ、ありがとうございます、サクラさん。
もう、大丈夫です。」
「そう・・・まだ元気なさそうだけど、無理はしないでね。」
「はい・・・その・・・色々と、思い出したことがあります。」
「待って、焦らなくていいから。
まずはご飯食べて、落ち着こう?」
「ご飯・・・あっ、せっかく作ってくれたのに、
あまり食べられなくて、ごめんなさい・・・」
「そんなこと、気にしないで。もともとミナモちゃんのために作ったものだし、
食べられないわけでもないからね。」
「えっ・・・・・・?」
ぽかんとした表情のミナモちゃんの前に、荷物袋から取り出すものが一つ。
「これが私の野営用のお鍋。そこへ残ったおにぎりとお味噌汁を入れて、
魔道具で火・・・は危ないから、ぎりぎり熱いくらいにして温めるよ。」
「あ・・・・・・だんだんいい匂いがしてきました。」
「そこに、サラさんからおまけでもらってきた、卵を落とせば・・・!」
「・・・っ! な、なんだかお腹が空いてきました。」
「うんうん。まずは元気になることが大事だよ。どうぞ召し上がれ。」
「はい・・・いただきます・・・」
温かくなった雑炊を器に入れて、ミナモちゃんに手渡す。
一口食べて、その顔がほころぶのを見ると、
作って良かったという気持ちでいっぱいになる。
「あの・・・サクラさん、一緒に食べませんか?
一人で食べるより、私はそのほうが好き・・・です・・・」
うん。天から舞い降りたという、愛らしく美しい存在が描かれた絵や物語があるけれど、
目の前にいるミナモちゃんが、そうなんじゃないかな。
「ごちそうさまでした。本当に美味しかったです、サクラさん!」
「私も、ごちそうさまでした。ミナモちゃんの口に合って良かったよ。
それと、思い出したことは、好きな時に話してくれればいいからね。」
「はい・・・! 今なら落ち着いて話せる気がします。
聞いてくれますか? サクラさん。」
「うん、もちろん!」
そうしてミナモちゃんは、明るい話ばかりではないけれど、
思い出したことを一つ一つ、しっかりと私に語り始める。
「なるほど。魔法を勉強していたこと、お母さんがとても優しかったこと、
そして・・・何かから逃げて、魔法でここに飛ばされてきたこと・・・か。
嫌なことまで思い出させちゃって、ごめんね。」
「いいんです。忘れたままでは、いけなかったと思いますから。」
ミナモちゃんの笑顔は、寂しさを隠しきれてはいないけれど、
それ以上に、前を向こうとしているのが伝わってきた。
「ところで・・・サクラさん。
たくさんお世話になって、こんなことを聞くのは失礼かもしれませんが、
私がいた場所や、もしかしたら私自身について、何か知っているんですか?」
「・・・!」
少しだけ不意を衝かれた気持ちになる。
ミナモちゃんは賢い子だ。
「あっ、嫌だったらごめんなさい。
でも、屋台で売っていたものを私が知らなかっただけで、
おにぎりやお味噌汁、雑炊まで行き着くのは、何か確信があったのかと・・・」
「・・・そうだね、どこから話したものかな。」
隠し通すつもりではなかったけれど、
私のことについても、ミナモちゃんにもっと教える必要がありそうだ。
「私の母さんは、海を渡ったずっと東の出身でね。
この辺りに移ってきてからは、剣の道や生きるための心得を私に教えながら、
旅をしていたんだ。」
「サクラさんの、お母様・・・」
「母さんが向こうにいた頃、私はまだお腹の中だったらしいから、
私自身は東の地を歩いたことは無いんだけど、
さっきのおにぎりやお味噌汁の作り方、他にも色々なことを教わったよ。」
「だから、サクラさんも知っていたんですね。」
「うん。ミナモちゃんの名前が、東の響きを持っていることもね。
まあ、それを言うのなら私もだけど。」
「はい・・・! そのおかげか、私がほとんど何も思い出せない頃から、
サクラさんの名前を呼ぶだけで、少し落ち着く気持ちでした。」
「あはは、それは良かった。」
二人で笑い合ったところで、これから話すべきことを思い、
私は表情を引き締める。
「そして・・・ここからはミナモちゃんにとって、もう少し大事な話になるよ。
『港湾都市』で東のほうをじっと見つめながら、母さんが教えてくれたことがあるんだ。
こっちに渡ってきたのは、やがて訪れる戦乱を避けるためだって。」
「・・・!!」
「もしも母さんの言う通りに、東で何かが起きているのなら、
ミナモちゃんがここへ逃がされたのも、その影響かな。」
「・・・私も、そう思います。
その、サクラさん。私がまだ忘れていることに、繋がりそうな情報は・・・」
「・・・・・・ごめん、ミナモちゃん。
何も知らないわけではないけれど、私が話しても推測にしかならないんだ。」
「推測、ですか・・・?」
「私がミナモちゃんに会ったのは、誓ってこれが初めてだし、名前だって昨日まで知らなかった。
だから、もうすぐ思い出せるかもしれないことを、自分の中途半端な知識で歪めたくない。
それが今の正直な気持ちだよ。」
「そう・・・ですね。やっぱり、私自身が思い出さないと・・・」
「うん、それが一番いいと思う。
もちろん、教えなきゃ危ないって感じたら、その時はすぐに言うから。」
「はい・・・! 大丈夫です。
私はサクラさんのことを信じていますから。」
少し勝手なことをしているかな・・・という気持ちもあったけれど、
すぐに返ってきた真っ直ぐな言葉に、
私は何があっても、ミナモちゃんを守ってゆこうと心に誓った。
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