第4話 想い出

「はい、ミナモちゃん。こちらをどうぞ。」

「あ、ありがとうございます、サクラさん・・・

 こ、この食べ物は・・・?」

都市に入ったところで早速、手近な屋台で二人分の食事を買う。


「穀物の粉から作った生地を薄く焼いたものに、

 お肉と野菜を挟んだ料理だよ。このままぱくって食べるの。

 それじゃあ、いただきます。」

「い、いただきます・・・」

ピタとかサンドとか、呼び方や細かい作り方の違いは、色々とあるようだけど、

それだけこの辺りの地域で、同じような食べ物が広まっているんだろう。


「どうかな、ミナモちゃん。お口に合う?」

「お、美味しいですけど、お肉がたくさん・・・・・・」


「あはは、随分と小食なんだね。

 ・・・それで、前にこういうものを食べた気はする?」

「いえ・・・多分、初めてだと思います。」


「そっか。これはミナモちゃんが知ってるのと違ったかもしれないけど、

 もう一つ、試してみたい料理があるんだ。

 でも、少し時間がかかるから、晩御飯ってことでいいかな?」

「はい! そもそも私、これだけでお腹いっぱいになりそうですし・・・」


「そっか。じゃあ、私はもう一つ食べてから、準備を始めるね。」

「えええ・・・!?」

ミナモちゃんがすごく驚いた顔をしているけど、

私、そんなにたくさん食べているかな?




「ここは、遠方から運ばれてきた品が多く集まる所だよ。」

「は、はい・・・さっきまでよりも、混み具合が落ち着いていますね。」

商業都市を歩く間、人の多さに目を白黒させていたミナモちゃんが、

少しほっとした様子を見せている。


「うん。やっぱり人気の商品が多い所は、賑やかになるから。

 ここは逆に、数は少なくても、

 特定のものに入れ込む人が集まりやすいかな。」

「た、確かに、真剣に見ている感じがします・・・」

商品の質をじっと見極めようとするお客さんと、

それに何も言うことはない店主。独特の雰囲気がここにはある。


「さて、私もここで良いものを選ばないとね。」

「あ、あの、何を買おうとしているのか、聞いても良いですか?」


「うーん・・・今は内緒にしておこうかな。

 ミナモちゃんには出来上がったもので、しっかりと感じてほしいから。」

「は、はい・・・! サクラさんが言うのでしたら、

 私もあまり見ないようにしておきます。」

「あはは、それが良いかもね。」

商品からぷいと目を逸らすミナモちゃんに、笑みが零れつつ、

私は自分でもたまに買っている、それらの品を多めに購入した。




「サラさん。今日から親族のミナモちゃんが来ているんですけど、

 部屋は一緒でいいので、二人の宿泊でお願いします。」

「あら、随分と可愛い子だね。もちろん構わないよ。」


「は、初めまして。ミナモといいます・・・」

「ふふっ、宿の主人にそこまで気を遣わなくても大丈夫だよ。

 私はサラだ。こちらこそよろしくね。」

買い物を終えたところで、商業都市に来た時はいつも泊っている、馴染みの宿へ。

ミナモちゃんは初めてでも、きっと落ち着ける場所になるだろう。

そして、もう一つお願いをしなければ・・・


「それで、サラさん。料金は払いますので、厨房とお鍋を二つ貸してもらえませんか。

 どうしてもミナモちゃんのために、作りたいものがありまして。」

「ほう・・・? まあ、サクラちゃんなら構わないけれど、

 他の客用の料理に、差し支えない範囲にするようにね。」

「ありがとうございます!

 それじゃあ、ミナモちゃんを部屋に送りますので、すぐに戻ってきます。」



「サクラさん、私のために色々してくださったようですが・・・

 大丈夫なんですか?」

「いいのいいの。この宿には、母さんと旅をしてた頃から、よく泊っていてね。

 サラお・・・姉さんには、何度かお願いを聞いてもらってるんだ。

 ちゃんとお礼もしてるから。」


「・・・・・・なんでしょう。

 とても恐い出来事から、危うく逃れたような気持ちなのですが。」

「よく気付いたね、ミナモちゃん。

 それをやっちゃうと、しばらく口を聞いてもらえなくなるから、

 十分に気を付けてね。」

「は、はい・・・」

うん。せっかく取り付けた厨房の使用許可が、

吹き飛んでしまうところだったね。



「これは、穀物の一種だったかね。私も調理したことは無いけれど。」

「はい。お鍋で炊いて柔らかくするんです。

 そして、もう一つのほうにはこれを・・・」

ミナモちゃんを部屋へと送り、私が来るまで誰も中に入れないよう伝えてから、

買って来た材料を持って、宿の厨房へ。


「・・・海藻のようだね。港湾都市では出回ると聞くが、

 この辺ではあまり見かけない気がするよ。」

「そうですよね。母さんの受け売りですけど、

 最初にこれを煮てから、この調味料を入れると美味しくなるんです。」

「ほう・・・? こっちも独特の匂いだね。」

「はい。でも慣れると、これが落ち着く味だと感じることもあるんですよ。」


サラさんも興味津々といった様子で、少し手伝ってもらいながら、

ミナモちゃんのための料理を作ってゆく。

私も経験は多くないけれど、美味しく出来ていると良いな。



*****



「お待たせ、ミナモちゃん。」

「はい・・・! すぐ開けますね、サクラさん。」

部屋の扉をこんこんと叩き、名前を呼ぶと、

すぐに返事が聞こえ、ぱたぱたと走って来る音が響いてくる。


「お帰りなさい、サクラさん。」

かちゃりと扉が開き、嬉しそうなミナモちゃんの顔が覗くと、

今まで無かったような気持ちが、生まれる気がした。


「これが、サクラさんの作ったご飯ですか・・・」

「うん。中は開けてのお楽しみだから、

 まずは入って、椅子に座ろうか。」

「はいっ・・・!」

蓋をした大きなトレイを、ミナモちゃんが覗き込んでいるけれど、

まずは戸締りをして、机の上も片付けてから、向かい合って椅子に座る。


「それじゃあ、召し上がれ。」

「・・・・・・っ!!!」

蓋を取り、よく炊けたご飯とお味噌汁の香りが広がると、

ミナモちゃんの表情がはっきりと変わった。



「あ・・・あ・・・・・・・これ、私、知ってます・・・」

「うんうん。好きなものから食べていいよ。」


「はい・・・いただきます・・・・・・」

ミナモちゃんが夢うつつの様子ながら、

おにぎりを手に取り、ぱくりと口に含む。


「ん・・・・・・・・・」

そして、もくもくと食べ進めるうちに、

その意識が夢の中へと、大きく流されていったように見えた。



*****



――さあ、食べなさい。

  魔法のお勉強を頑張ったのだし、疲れたでしょう?


優しくて、とても温かい声が響きます。



――いいのよ。お食事の時間以外にこんなことをするのは、本当は良くないけれど、

  自分の娘にくらい、この手で作ったものを食べてほしいもの。


ああ、そうです。

どうして今まで、忘れていたのでしょう。


吸い込まれるように、お盆の上にあるおにぎりを、一口食べます。

甘くて、少し塩辛くて、美味しい・・・



――ふふっ、口に合ったようで良かったわ。

  いい子ね。ミナモ・・・


「お母様・・・・・・」

嬉しそうに響く声に、私はつぶやきました。


「・・・!」

それに応えるように、私の身体を温かい感覚が包みます。

少し固くて、だけどとても優しくて・・・

あれ? お母様じゃない・・・?



「・・・・・・サクラさん?」

私はようやく、我に返りました。


懐かしい食事を作ってくれたところだったのに、

迷惑をかけてしまったでしょうか。


「いいんだよ。私はミナモちゃんのお母さんにはなれないけど、

 代わりにずっと、こうしていることは出来るから。」

「ありがとうございます・・・・・・う、ううっ・・・・・・」


サクラさんの腕に抱きしめられたまま、

その胸に身を預けると、涙が溢れてきました。


そうして、温かい手に撫でられながら、

私はいつの間にか、眠りに落ちていったのでした。

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