第3話 狼煙と衛兵
荷物袋に入れていた、いくつかの材料を混ぜ合わせ、魔道具で火をつける。
程なくして、色のついた煙がもくもくと上がっていった。
「サクラさん、これは何かの合図ですか?」
「うん。盗賊をたくさん捕まえたけど、私達だけでは都市に運べないからね。
商業都市を警備する人達に向けて、合図をしてるんだ。
しばらくすると、ここに来てくれると思うよ。」
「えっ・・・! すごく便利そうですね。
都市の近くにいる人は、みんなこういうことが出来るんですか?」
「ううん、違うよ。この仕組みをたくさんの人に配るのは、ちょっと大変かな。
私がこれを持ってるのは、都市の依頼で盗賊の討伐に参加してたからなんだ。
そこそこの成果を上げられたみたいで、何かあれば使ってくれ、ってね。」
「そうなんですか・・・! サクラさん、すごい人なんですね。」
「あ、ありがとう・・・
いや、さっき狙われたのは、そのせいかもしれないけど。」
ミナモちゃんのきらきらとした視線が眩しい。
照れくさいけど、ここで『そんなこと無いよ』って答えるのも、少し違うかな。
程なくして、騎獣に乗った警備隊がこちらにやってくる。
中には、依頼を通して顔見知りの人もいたので、怪しまれることも無さそうだ。
「『風斬り』のサクラ殿ですね。」
「はい・・・」
今、そこに転がっている盗賊達にもなぜか広まっているけれど、
二つ名というのは、どうも慣れない。
かといって、止めてほしいと全員に言って回るのも無理があるし、
もう私自身にはどうしようもないものだ。
気を取り直して、盗賊の残党に出くわした経緯と、
全て討伐済みであることを報告する。
「わあ・・・」
ミナモちゃんはというと、私が話している隣で、騎獣を物珍しそうに見ていた。
都市の警備隊と共によく見かける、ライドリザードと呼ばれるこの動物は、割と大きめではあるけれど、
小さい頃から飼われて、人に慣れているそうだから、急に近付いたりしなければ大丈夫かな。
「なんだか、優しそうです・・・」
うん、見た目は恐いという人もいるらしいけど、
そういうところに気付けるのは良いと思う。
「成程、承知しました。盗賊排除のご協力に感謝致します。
ところで、そちらの女の子は? まさか盗賊に捕らわれて・・・」
ミナモちゃんのほうを気にしつつも、警備隊への報告を終えると、
予想通りではあるけれど、質問が飛んでくる。
「いえ、この子は私の親族で、一緒に旅をすることになりましたので、
近くまで迎えに行ってきたところです。
ミナモちゃん、ご挨拶しようか。」
「は、はい! ミナモといいます。よろしくお願いします。」
詳しいことは伏せつつ、怪しまれないように説明すると、
少しぎこちない調子ながらも、ミナモちゃんが合わせてくれた。
「サクラ殿の親族! それは失礼しました。
では賊の護送は我らに任せ、お二人は都市へ向かわれるのが良いでしょう。
今回の御礼は、別途させて頂きますので、ご安心を。」
「ありがとうございます。それではお言葉に甘えて、先に行きますね。」
警備隊にお礼を言って、最後に簡単な手続きを済ませる。
「また明日、依頼所に伺いますので、何かありましたらその時に。
じゃあ行くよ、ミナモちゃん。」
「は、はいっ!」
ミナモちゃんの手を引いて、この場を後にすれば、
今度こそ商業都市の門はもうすぐだ。
*****
「さあ、ミナモちゃん。ここが商業都市の入口だよ。」
「お、大きな門ですね・・・」
そこへ近付くにつれて、落ち着かない様子が見えていたけれど、
私達二人が横に並んだよりも、ずっと広いその光景を前に、
ミナモちゃんがぽかんと口を開けている。
「うん。この場所はたくさんの荷物や、
それを運ぶ大きな動物を連れた、商隊の人達が通るからね。
そんな時に困らないよう、広く作られているんだよ。」
「そ、そうなんですか・・・」
さっきの警備隊が乗っていたライドリザード、
それよりもずっと大きな、荷車を牽くギガントオクスや、
砂漠を行く商隊に好まれるというグランドキャメルだって、
これなら安心して通過することが出来るだろう。
「まあ、もちろんただ広いだけじゃなくて、警備の人達も多めにいるけど。」
「た、確かに・・・・・・
私、ここはきっと初めてですけど、大丈夫でしょうか。」
列をなす都市への来訪者を、衛兵が一人一人確認してゆく様子に、
ミナモちゃんが不安そうな表情を見せている。
「大丈夫。私は都市の依頼を受けているから通行証もあるし、
さっき話してた警備の人に、一筆書いてもらったからね。
行くよ、ミナモちゃん。」
「は、はい・・・!」
その手を引いて、都市に入る人達の列に並べば、
特に怪しまれることもなく、二人で中へと進むことが許可された。
「ほ、本当にすぐ入れました・・・!
やっぱり、サクラさんはすごいです!」
「あはは、そこまで大げさじゃないよ。
そもそも、一人一人を厳しく確認なんてしていたら、
あの列がもっとすごい長さになっちゃうからね。」
「そ、そうなんですか?
周りの人達よりも、サクラさんと私のほうが、早く終わった気が・・・」
「まあまあ、気にしないで。
それより、たくさん歩いたんだし、早速ご飯を食べに行こう!」
「は、はいっ・・・!」
今のミナモちゃんにとっては、たくさんのことが初めてだろう。
そこから前へと進む道標に、その危機を斬り払う存在に、私はなれるだろうか。
そう思いながら、繋いだままの手を引いて、私達は商業都市を歩き出した。
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