第2話 私は剣士

「今向かっている『商業都市』というのは、どんなところなんですか?」

突然の出会いを経て、歩き出してから少し経った頃、

ミナモちゃんが尋ねてくる。


周りはまだ、辺り一面の草原だけど、

もうしばらく歩けば、遠くにその輪郭も見えてくるだろう。


「うん。その名の通り、たくさんのお店が並んでいてね。

 買い物のために訪れる人はもちろん、都市に住んで商売をする人も多いから、

 活気がありすぎて、驚くくらいだと思うよ。」

「そ、そうなんですか・・・まだ思い出せませんが、

 そこまで言えるほどの場所は、記憶を失う前の私も知らないかもしれません。」


「それなら、色々思い出した後にも、楽しめるところになるかもね。」

「はい・・・!」


「・・・だけど、人がたくさんいるってことは、

 中には盗みとか、もっと危ない人攫いとか、企むようなのも居てね・・・

 私みたいな剣士のお仕事も、色々あるんだよ。」

ミナモちゃんには、まだまだ聞かせたくない話ではあるけれど、

これから行く先を思えば、伝えないわけにもいかないだろう。


「剣士というのは、そういう悪い人達をやっつけるお仕事なんですか?」

「いや、都市の近くに危ない生き物が出たりしたら、それを討伐することも多いよ。

 それから・・・剣士といっても色々だからね。

 ただ強さだけを目指す人もいるし、悪い人達にお金で雇われる人もいるんだよ。」

「そ、そうなんですか・・・」

ミナモちゃんに、暗い顔を見せてしまったかな。

でも、私が剣士である以上、いつかは知られることだ。


・・・そして、その時は思ったよりも早く、

最も後ろ暗い一面を映す形で、迫っているらしい。



「ミナモちゃん、急にごめん。

 今言った危ない人達が、この先にいるみたい。」

「えっ・・・!?」


まだ姿は見えないけれど、気配は確かに感じられる。

数は十を下らないくらい、その殺気がここまで漂ってくるようだ。


つまりは、それを隠せない相手ということだけど、

今、私が気にすべきものは、そこではない。


「い、言われてみれば、

 なんだか向こうのほうが、恐い気がします・・・」

「うん。だから、ミナモちゃんの安全のために、ちょっと準備させてね。」

「は、はい・・・?」

剣を腰に移し、戸惑うミナモちゃんを背負ってから、

荷物袋から紐を取り出し、落ちないように私の身体と結び付ける。


「これで良いかな。ミナモちゃん、苦しくない?」

「はい、大丈夫です・・・そ、その、サクラさん。重くないですか?」

「ううん。荷物を持って移動するのには慣れてるし、

 ミナモちゃん、すっごく軽いよ。都市に着いたら、ちゃんとご飯食べようね。」

「えっ・・・? は、はい。ありがとうございます。」


ミナモちゃんの声が、少し明るい響きになる。

この後すぐに始まることを思えば、今だけでも・・・

いや、出来ることなら全てが終わった後にも、そんな風にいてほしいけれど。



「これを頭から被ってて。それから、なるべく動かないでね。」

「え・・・?」

最後に取り出すのは、大きめの布。

身体をすっぽり包んでもらい、私が注意して動くようにすれば、

依頼か何かで、荷物を背負っているようにも見えるだろう。


「危ない人達に、姿は見られないほうが良いし・・・

 ミナモちゃんにはまだ早いものも、きっとあるから。」

「は、はい・・・・・・」

そして私は、待ち受ける気配のほうへと歩みを進めた。



「待っていたぞ、『風斬り』!」

「ふうん、随分なお出迎えだね。」

そこに見えたのは、気配通りの十数人。

伏兵の存在は感じない。


「俺達の邪魔をした落とし前は、ここでつけさせてもらうぞ!」

「ああ、この前の依頼で討伐した、盗賊の残党ってところだね。

 悪いことをしたら、捕まるのは仕方ないと思うけどなあ。」

「うるせえ・・・! やるぞお前ら!」

さっきから一人だけ喋っている、頭目らしき男の言葉で、

全員が一斉に剣を構える。


「奴は大荷物だ。動きも鈍い! やっちまえ!!」

そして私に向かい、隊列も組まずに駆け出してきた。


・・・荷物を持っていれば遅いなんて、誰が決めたのかな。



「それじゃあ、手短に行くよ。」

「ぐっ・・・!」

相手がばらけている所を狙い、素早く踏み込みながら、

すれ違い様に首元を打ち、気絶させる。


「な・・・!?」

動揺し、私を見失っている間に、もう一人、さらに二人。

母さんから受け継いだこの剣は、こういうことをするのに便利だ。


「い、いたぞ・・・!」

「や、やれ・・・!」

ようやくこちらに気付いた相手方が、次々に向かってくるけれど、

それではさっきと何も変わらない。


その隙を衝いて、気絶させることを繰り返すうちに、

残っているのは頭目一人となった。



「・・・私の動きを見ようとするのは分かるけど、

 仲間にだけ戦わせてるのは、印象悪いよ。」

少しばかり考えてはいる様子だけど、負ける気は全くしない。


おそらくは部下達が優勢、あるいは拮抗していれば、

自分も加勢して、美味しいところを持っていこうとしていたのだろう。


「う、うるせえ! だが、しっかりと見させてもらった。

 お前の剣は大して切れもしない、なまくらだ。

 そんな奴を恐れる必要はねえ!」

「・・・分かりやすい挑発だね。でも、ちょうど良いか。」


こういう手合いを分からせるのも、効果はあるだろう。

向かってきた相手の動きを見切り、剣を握る手に力を込めて、一閃する。


「な・・・・・・」

「それで、誰の剣がなまくらだって?」

「ひいいい・・・・!」

相手の剣が真っ二つになったところで、微笑みかければ、

脅えた顔で後ずさり始めた。


「おっと、逃がさないよ。あなたも眠っててね。」

「ごふっ・・・」

すかさず距離を詰め、一撃を落とせば、

私以外に立っている者はいなくなった。




「ミナモちゃん、お待たせ。もう大丈夫だよ。」

気絶した相手を後ろ手に縛り終えたところで、

背負ったままのミナモちゃんに声をかけ、地面に下ろす。


「す、凄かったです、サクラさん。」

「・・・見てたの?」


「ごめんなさい。この人達には見付からないよう、隠れていたつもりですが、

 サクラさんが頑張っているのに、目を閉じたままでいるのは、

 何か違うような気がしまして・・・」

「そっか・・・ミナモちゃん。見ての通り、これが剣士のやることだよ。

 近付くのが恐いとか、受け入れられないと思うなら、

 遠慮なく言ってくれていいからね。」

形はどうあれ、私は戦うことを生業にする存在だ。

母さんにもよく教えられたっけ。覚悟しなければいけない、って。


「そんなことありません!」

私の考えていたことを吹き飛ばすように、

出会ってから一番強い調子で、ミナモちゃんの声が響いた。


「サクラさんは、私を守ろうとしてくれたじゃないですか。

 本当はもっと簡単に勝てるのに、私を背負ったまま、

 揺れないように気まで遣って、戦ってくれたじゃないですか。

 それを恐いなんて、絶対に思いません!」

真っ直ぐに私を見ながら、泣きそうな表情で、精一杯の思いをぶつけてくる。

この子には敵わないなあ・・・という思いが芽生えた。


「あっ、ごめんなさい。大声を出してしまって・・・」

「ありがとう、ミナモちゃん。」

「わっ・・・ど、どういたしまして?」

小さく口を押さえる姿を、思わずぎゅっと抱きしめる。


私がこれまで重ねてきた、そしてこれからもきっと増えてゆく、

戦いの跡が消えることはないけれど、

この温もりが共に在るなら、どこまでも歩いてゆける気がした。

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