風斬りの少女と水月の姫

孤兎葉野 あや

第1章 『商業都市』エルメール編

第1話 出会いは空を越えて

空から女の子が落ちてくるのは、どこの物語だったかな。


嵐に遭って港湾都市に流れ着いた、

遠い島から来た人が語り伝えた話のような気もするし、

陸からでも海からでも行くことができないという、

此処とは異なる世界の人が、残したものだったようにも思える。


いずれにしても、それは読む人をお話の中に引き込んでゆくような、

驚きに満ちた場面なのだろう。


――今、それを現実に見ている私が、目を離せずにいるように。



頭上には魔法陣が浮かび、背中の剣がびりびりと震える。

そこから現れた、私より少し小さいくらいの、

青い髪を揺らす魔法士姿の女の子が、目を閉じたままふわりと落ちてくる。


その魔法を使った人の、強い思いが込められているのか、

守られるようにゆっくりと下降する女の子の身体は、

私が伸ばした腕の中に、ぽすりと収まった。



大丈夫? と声をかけようとしたところに見えたのは、

とても悲しい出来事に遭ったかのような表情。


「いき・・・なきゃ・・・・・・」

それだけをつぶやいて、女の子は完全に気を失った。



「ふざけないでよ・・・・・・」

誰に伝えるわけでもなく、つぶやきが漏れる。

もしも運命というものがあるのなら、

こんな汚れを知らなそうな子に、何を背負わせているんだろう。


周りに気配が無いことを確かめて、その場に膝を伸ばして座り、

女の子の頭をそっと乗せて、意識が戻るのを待った。



*****



「ん・・・・・・」

しばらくの間、気を失っていた女の子が、

小さく声を漏らし、目覚める気配を見せる。


澄んだ宝石を思わせるような、その顔をじっと見つめていたら、

ゆっくりと瞼は開かれ、小さく揺れる瞳が私に向いた。


「おはよう。目が覚めたかな?」

「・・・・・・ここ、どこ・・・?」

出来るだけ明るい調子で呼びかけた言葉に、

まだぼんやりとした響きの声が返る。


「ここは、『商業都市』エルメールから少し離れた草原、ってところかな。

 あっ、自己紹介がまだだったね。私の名前はサクラだよ。」

「サクラ、さん・・・・・・

 私は・・・・・・あれ、私は・・・?」

女の子の表情が、見る見るうちに不安に塗りつぶされてゆく。

もしかして、この子は・・・


「落ち着いて、まずは深呼吸。

 大きく息を吸って、そうしたら吐いて。

 さあ、私と一緒に。」

「すう・・・・・・はあ・・・・・・・」


私に言われるがまま、溺れた手を伸ばすように、

女の子が深呼吸を繰り返す。

・・・少しは、落ち着いてきただろうか。


「あのね、あなたは多分、魔法でここへ飛ばされてきたんだ。

 すごく綺麗で大きな魔法陣が、私の近くに出てきてね。

 そんな風に強い魔力を受けると、一時的に記憶を失う人もいると聞くよ。

 そのうち思い出せるかもしれない。だから、慌てないで。」

「はい・・・」

女の子の瞳に、少し光が戻る。


「それでね、あなたが持っていた杖を見たら、

 もしかしたら・・・と思うものが書いてあったんだ。

 あなたの名前は『ミナモ』じゃない?」

「・・・!! はい、はいっ・・・!

 今なら分かります。私は、ミナモです!」


「良かった・・・! それじゃあ、改めて。

 私はサクラ。あちこちを旅して、修行をしている剣士だよ。

 よろしくね、ミナモちゃん。」

「はい。よろしくお願いします、サクラさん!」

背中の剣を示して言えば、明るい声が返る。

自分の名前を取り戻したその表情は、

先程までよりも、生き生きとしたものに見えた。



「ミナモちゃんのことを、もう少し知りたいと思うけど、

 他に何か思い出したことはある?」

「・・・・・・ごめんなさい。自分の名前以外は何も・・・

 あっ、でもこの杖は、とても大切なものだったように思います。

 サクラさんが剣士なら、私は魔法士・・・だったかもしれません。」


「うん。私の勘だけど、ミナモちゃんはすごい魔法士かもね。

 まあ、今は思い出せないのなら仕方ないよ。

 ひとまず商業都市に行って、落ち着いてこれからのことを考えようか。」

「あの・・・・・・サクラさんと私、ここで会ったばかりですよね?

 こんなにお世話になってしまって良いのですか?」


「いいんだよ。私がそうしたいって思ったんだから。

 それに・・・ミナモちゃんは、なんだか他人という気がしないから。」

「あ、ありがとうございます・・・!

 その・・・他人の気がしないって、私も同じです。

 サクラさんを見ていると、なんだか落ち着いて・・・」


「それじゃあ、決まりだね。一緒に行こう。」

「はい・・・!」

私が伸ばした手を、ミナモちゃんがぎゅっと握る。

それは少しひんやりとして、だけどすぐに温かくなって、

この先もずっと、こうして共に歩いてゆく・・・そんな予感がしていた。

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