第二十二話 領主フォルクスの依頼

 突然の挨拶にナズナが戸惑った。


「ふ、フレイさん!? 堂々としすぎじゃありません……? あの、フォル様、この人はですね……」

「よい、知っている。フレイはネジェの友達だからな」

「えっ?」

「え」


 なんとかフレイの存在を誤魔化そうとしていたナズナは、唖然とした声を上げた。フォルクスとフレイを交互に見る。

 その視線と合ってしまう前に、フレイはさっと彼女から顔を背けた。ややこしい話になる予感がしたからだ。

 案の定、ナズナはフレイに詰め寄った。


「フレイさん……ネジェと友達なんですか? 友達だったんですか!?」

「……まあ」

「なんで言ってくれなかったんですか!」

「いや、聞かれなかったから」

「聞かれなくても教えてくださいよ! そうしたらもっとネジェの話とかできたのに! それに、ネジェの友達ならわざわざ忍び込まなくても……」

「ん? なんだ、ナズナは知らなかったのか?」

「はい! 今初めて知りました!」


 ナズナは大きく肯定した。吊り上がった眉は抗議するかのようだった。


「そうだったのか。俺はてっきり、ネジェの用で来たのかと思ったが」

「違うんですよ、フォル様。フレイさんはですね、わたしの依頼のために……」

「ごほん! そんなことよりフォルクスさん。魔物の資料を見せてもらいたいんだけど」


 咳ばらいを一つ、フレイは話の腰を強めに折ると、フォルクスの持つ書類に興味を示した。彼にナズナとの関係を知られるわけにはいかない。その意味も込めて目の前に立ったナズナの肩に手を置くと、ナズナはハッとしたように身体を跳ねらせた。

 眉を上げたフォルクスは、一瞬不審げな目を向けたものの、それ以上は深く聞くことはせず、フレイの願いに応えるように手にした紙束に目をやった。それからいくつかの紙を手に取り、吟味する。そのうちの一つをフレイに差し出した。


「お主が探しているのは、この魔物だろう。カルム村を襲い、教会を襲い、現在俺たちが追っている魔物でもある」

「へえ、これが……」


 受け取った資料を、ナズナも隣から覗き込んだ。

 フォルクスが選んだその紙には、黒いインクで羽の生えた人型の影のようなものが描かれていた。絵の横に、魔物の特徴と思われる単語がいくつか並んでいる。

 人型の魔物。群れを成す。空を移動。出現場所の共通点は不明――


「確かに、見たことのない種類だね。特殊と言われるのもわかる。でも、どうしてこれを俺に見せてくれるのかな」


 顔を上げ、フレイは訊ねた。

 これはまさしく、フレイが欲しかった情報だ。クレイス家が隠している魔物の詳細。しかしそれを、当主自らが提供するとは思わなかった。

 当然の問いかけに、フォルクスは一つ頷く。金の瞳は相変わらず穏やかだ。


「うん。実は一つ、頼みがあってな」

「頼み?」

「ああ。ネジェから、お主は探偵だと聞いている。そして、先ほどの話では行方不明の子供を探していると」

「聞いてたんだね。そうだよ。クレイス家が捜索をしてくれないと、依頼人は言ってた」

「それは違う。探しているが、見つからないのだ。カルム村に住んでいた住人の半分がな」

「なに……?」


 初めて聞く情報に、フレイは眉をあげた。どういうことだと続きを促せば、フォルクスは手に持っていた紙束に視線を落とす。


「四月二十五日。カルム村は魔物に襲われた。住人の半分が死亡。そしてもう半分が行方不明、と報告されている」

「行方不明? ということは、死体すらないということか?」

「ああ。生存が一切わかっていない。綺麗に抹消されている。こんなことはいままでになかった」

「公にしてない理由はそれか。ちなみに、他の被害は? 魔物の被害は増えてるんだろ?」

「お主は勘がいいな。推測通りだ。ベッセル教会はリートスの結界があったおかげで皆無事であったが、他の被害場所でもその場に居合わせた何人かが行方不明になっている。原因は不明だ」

「……そう」


 妙な話だ。フレイは人型の魔物の絵を睨みつけるようにして、思考を巡らす。

 フレイも、何度か魔物を目にしたことがあった。けれど魔物は、見境なく人を襲う。喰うわけでも愉しむわけでもない、ただただ殺すのみ。そのため、死体は必ず残されていた。

 攫った、ということだろうか。一体、何のために?

 考えても、その答えは出てこない。魔物に関しては、今も謎な部分は多かった。


「……それで、フレイさんに頼みっていうのは、何なんですか?」


 それを問いかけたのは、今まで固唾を呑んで話を聞いていたナズナだった。不安げにフォルクスを見上げている。その目は、フレイの身を案じているようだった。


「ああ、そうだったな。フレイの方はもうすでに予想がついているかと思うが……その魔物を探し出す手伝いをしてほしい」

「魔物を? どうしてフレイさんに?」

「なに、利害の一致だ。こうして同じ魔物を追っているのも何かの縁だろう。人手は多い方がいいからな」

「お断りするよ。こっちは子供を探す依頼の方で忙しくてね」


 ばっさりと、フレイは切り捨てるように言い放った。君の手伝いをする気はないと。

 ネージュから言われたならば考えていたかもしれないが、フォルクスの提案には頷けなかった。

 フレイは彼にあまりいい印象を抱いていない。まだ成人してないネージュに魔物退治をさせ、ナズナを軟禁しているのだ。良く思う方が難しいだろう。

 フォルクスは、そんなフレイの答えに目を細めた。では、と言い直す。


「依頼ということにしようか。報酬は……そうだな、今日のことを黙っている、でどうだろうか。この執務室に侵入したことはもちろん、ナズナと会っていることも言わん。お主のことだ。ナズナが、他の者には見られてはいけないということには気がついているのだろう?」

「……!」


 フレイよりも先に、ナズナが反応した。息を呑み、身体を震わせる。桃色の瞳が大きく揺れた。

 彼女を取引材料にされ、フレイは押し黙った。

 卑怯だと思った。やはりフォルクスと言う男は、優しい人ではない。

 けれど、フレイはそれを声には出さなかった。出せばナズナが罪の意識を持ってしまうだろうと思ったからだ。今でさえ、顔を真っ青にし、どうすればいいかわからないと視線を彷徨わせている。

 その瞳がフレイを映したと同時に、答えは決まった。


「彼女が何者なのかは知らないし、興味もないよ。俺が彼女と出会ったのは偶然だ。取引の道具にするのは、どうかと思うよ」

「すまんな」

「……でも、報酬は悪くない。今日のことだけでなく、今後も、俺のことは見逃してくれると嬉しいかな」

「ふむ、それはお主の返事次第だな。して、どうする?」


 見定めるような視線に、フレイは真っ直ぐ答えた。


「わかった。その依頼、引き受けるよ」

「助かる」

「フレイさん……」


 ナズナが申し訳なさそうにフレイの袖を掴んだ。

 まるで自分が不利な取引をしたかのように顔を歪める彼女に、フレイは笑いかけた。堂々と言ってみせる。


「俺が、彼の提案に乗っただけだよ。君が何かを気にする必要はない。まあ、乗せられたのは癪ではあるけどね」


 ナズナは目を瞬かせた。

 思ったよりも強い言葉が出てしまい、少々驚かせたようだ。フレイ自身でさえ、溢れた感情に一瞬戸惑いを抱いた。が、聞こえているはずの当のフォルクスが相変わらず真意の読めない微笑を浮かべていたため、気にしないことにした。


「で、だ。具体的にどう手伝えばいい? 君たちが捜索しても見つけられない魔物を、俺一人で探させるつもりじゃないだろ?」

「それならもう案はある。お主を見たときに思い付いたのだ」


 そう言ってフォルクスは細い指で、ある一点を示した。それは、フレイのカーディガンの左ポケットだった。

 眉を寄せ、フレイはポケットに手をやる。


「なにかな」

「そこに、魔力の込められたものを入れているだろう」

「魔力?」


 なんのことだろう。フレイはポケットに手を入れる。

 そこに入っていたのは、依頼人、アルバから預かったネックレスだった。行方不明の娘、リリーの所有物であり、彼女を見つけたら返して欲しいと言われているものだ。預かっていたことをすっかり忘れていた。


「これは、ただのネックレスだよ。依頼人から借りた……」


 そう、説明しようとしたフレイの言葉は途中で途切れた。フォルクスが金の瞳を光らせ、睨め付けるようにネックレスを凝視していたからだ。

 その口が重く動く。


「それだ。そこから強い魔力を感じる。異常なほどのな」

「強い魔力? 何も感じないけど」

「そうか。だがそれが、今回の事件の有力な手がかりになることは確かだ」

「このネックレスが、魔物の居場所を教えてくれるとでも言うのかな」


 半分冗談を言うようにそう訊いた。そんなわけないだろ、と笑い飛ばそうとするかのように。

 だが、それはできなかった。あまりにも真剣な表情を見せられてしまったからだ。

 怪訝な顔をするフレイに、フォルクスは告げる。


「その通りだ。ネックレスに込められている魔力がな、人型の魔物が発した魔力と酷く似通っているのだ」

「リリーの持ち物と、魔物の魔力が同じだって……?」

「ああ。お主を選んだのは、それを持っていたからでもある。これから追跡魔法を使う」

「追跡魔法……確か、魔力の痕跡を追う魔法だったね」

「そうだ。そのネックレスの魔力が示した先に、人型の魔物がいる。そこに、お主の探す子供の手がかりもあるやもしれん」


 フレイは左手の重みを握り締めた。

 リリーが落としたとされるネックレス。ただの彼女の所持品かと思っていたが……これが残されていたことには、何か別の意味があるのかもしれない。


「わかった。俺からもお願いするよ。その魔法をかけてくれ」

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