第十七話 造形魔法と魔法試合
「――よし。少し休憩するか」
炎魔法の威力が弱まってきたところで、レイシスは一旦授業を止めた。
ナズナの足元を凍らせていた魔法が霧散する。はっとしてナズナは、息を荒げながら教師の腕を掴んだ。
「待って先生! もう少し……もう少し続けてください! わたしは、大丈夫ですからっ」
「なんだ、今日は本当にやる気十分だな。だが、魔法の使い過ぎは身体に障る。お前の場合、魔力切れにはならんが……集中力が切れれば、魔法の精度は落ちる。このまま続けててもいい魔法は使えないだろう。休憩は大事だぞ。そら、今の時間を見てみろ」
言われて、ナズナは塀の上、町の方に目をやった。
町の中央には時計塔があった。その時計は十五時過ぎを指している。
気づけば一時間以上も魔法を使いっぱなしで、ナズナは驚きに目を見張った。
「もうこんな時間なんですか?」
「ああ。今日は頑張ったな」
思えば、こんなに魔法を使い続けたことはなかったかもしれない。つい夢中になってしまった。
まだ物足りなさを感じてはいるが、レイシスの言う通り、ナズナは少し休むことにした。
「ふう……ちょっと飲みもの」
正直に言うと、倦怠感を覚えてはいた。魔力はまだ十分にあるが、体力の方が追い付かないのだ。
杖を消し、深く呼吸をする。火照った身体を冷やそうと、ナズナは手から水を生み出した。喉を潤し、それから白い布を作り出して、額の汗を拭う。
「その魔法、便利だな」
不意に、レイシスが布を目にして呟いた。
ナズナはハッとした。慌てて布を消滅させたのは、人前でこういった造形魔法を使うことを禁じられていたからだ。
元素から生まれる炎や水ではなく、魔力から物体を作り出す造形魔法は『月の子』が扱える特殊魔法だった。杖もこうして作り出しているのだが――これは他の魔法使いには使えないため、見られたら異様な目を向けられるとルナールから忠告されていた。
レイシスはナズナを『月の子』だと知っているため、そんな目では見ないとは思ったが、それでも使うなと言われている魔法を見られ、ナズナは動揺してしまった。
そっとレイシスを見上げ、誤魔化すように笑う。
「あー、っと……見ちゃいました?」
「ああ。それが『月の子』の造形魔法か。初めて見た」
「はい……。これだけは得意で、小さい頃から使えるから、つい使っちゃうんです」
「なるほどな。だが、それを使う時も詠唱はした方がいいと思うぞ。必要ないのはわかるが、癖はつけといた方がいい」
「え……この魔法、使ってもいいんですか?」
「駄目なのか? ……ああ、そうか。『月の子』しか使えない魔法だからか。確かに、あまり見られてはいいものではないな。だが、あれだ、杖と詠唱を使っていれば、つい使ってしまっても誤魔化すことはできると思うぞ。例えば……そうだな。空間魔法を使って、どこからか引き寄せた、とか。それなら上級魔法だし、俺も使えるからな」
「そんなことが……いいですね! そうしましょう! じゃあ、この魔法の詠唱も考えないとですね」
まさか、ここでそんな助言を貰えるとは思っていなかった。ナズナは目を輝かせ、手から溢れる月色の魔力を見つめた。
この手から生み出される、物品の数々。その生成には、どんな詩を名付けようか。
「なんの花にしようかな……」
疲れを忘れ、そう考えていたときだ。
「おれはないほうが便利だと思うがな」
そう話しかけてきたのは、いつの間にか近くに来ていたネージュだった。
ナズナは驚いて目を丸くする。
「ネジェ! 帰って来てたんだ」
「ああ。ずっと見てたぜ」
「えっ、そうなの? なんだ、声かけてくれたらよかったのにー。かっこ悪いところ見られちゃったな……」
「そんなことはないだろう。前よりは上達してたぜ、ナズナの魔法」
「ほんと!? ほんとにそう思う?」
「ああ。杖と詠唱なしで使っていたら、もっと面白かったのにな」
「えぇ? そうかなぁ。なしで使う方が難しいんだよ?」
両の手をちらりと見て、ナズナは困ったように笑った。
ネージュからしてみれば、詠唱を省き、杖がないときでも使える魔法は羨ましい限りなのだろう。彼はたまに、詠唱が面倒だとぼやくことがある。
そういうものかと息を吐く彼は、やはり腑に落ちないといった顔をしていた。
「おれにはその難しさはわからん。詠唱を考える方が難しい」
「そっか、普通はそうなのかもね……。ところでネジェ、レイシス先生に用があって来たの?」
話しながら、ナズナはふと、ネージュの視線が時々レイシスに向くことに気がついた。
問いかけると、聞かれるのを待っていたとばかりにネージュは表情を変えた。
「ああ! 実はレイシス先生に頼みがあってな……ん? なあきみ、その頬はどうしたんだ?」
しかし途中で、レイシスの頬の湿布に気づき、訝しそうに眉を顰めた。
ナズナと同じ反応だ。今のナズナの視界では、それはもうレイシスの顔の一部と化しているが。
「ナズナにやられたのか?」
「ちょっとなんでわたしなの!? やってないよ! 来たときからつけてた!」
「なんだ、てっきりナズナが魔法を暴走させたのかと思ったぜ」
「暴走もさせてない! もう! ロッシュもネジェも、すぐ人をからかうんだから」
「ははっ、すまんすまん」
笑いながらネージュが謝るが、そこに反省の色は一切見えない。むしろ、頬を膨らますナズナを面白がっていた。
呆れたようにレイシスが肩を竦める。
「それくらいにしとけ、ネージュ。本当にこれはナズナじゃない。まあ、なんというか……俺の不注意でな、気にしないでくれ」
「へえ、きみが不注意で怪我するとは、珍しいこともあるんだな。逆に気になる」
「そんな大したことじゃない。ただの……隣人トラブルだ」
「隣人トラブル?」
思ってもみなかった回答に、ナズナとネージュの声が重なった。顔を見合わせ、首を傾げる。
しかし話したくないのか、レイシスはそれ以上は答えようとしなかった。
まあいいか――聞いておきながら、ネージュはもう興味はないとばかりに話を打ち切った。
そして改めて、教師にこう提案――もとい、お願いをした。
「先生、おれと試合しようぜ」
その言葉に、レイシスはげっ、と顔を顰めた。
対してナズナは、きょとんと二人を交互に見た。
「試合?」
「ああ。学校の授業に魔法試合、というものがあってな。教師と魔法の手合わせをして、実力を見てもらうんだ。おれはそれを申し込みに来た」
「待て。今はナズナの授業中だ。これは仕事でだな……」
「だが休憩中なんだろう? それに、学生は放課後、教師に頼んで課外授業を受けることができるって聞いたぜ。問題ないと思うが」
「問題大ありだっ」
声を荒げてレイシスは抗議する。しかしネージュはすまし顔だ。引く気はないらしい。
こうなったら、レイシスは断れないことを、ナズナは知っていた。
彼にとって、ネージュは生徒という立場ではあるが、クレイスという家を背負っている人物でもあった。血は繋がっていないとはいえ領主の息子であり、その領主にこれでもかというくらい溺愛されている。そんな少年の申し出を、断れるものはいない。領主の上である、王のような立場でない限りは。
それがわかっているからこそ、ネージュは強く出られている。
彼は大人に負けず賢かった。赤い目にじっと見つめられると、レイシスは諦めたように深く息を吐くしかない。どんなに断りたくとも。
「っ……わかった。その申し出、受ける。受ければいんだろ? で、しかも今からしたいんだな?」
「ああ!」
「ナズナ、悪い。授業はここで終いになりそうだ」
「いいですよ」
ナズナは一つ返事で頷いた。選択肢のないレイシスには同情するが、ネージュの試合という言葉を聞いて、そちらに興味が移ってしまった。
ちなみにレイシスがネージュとの試合を嫌がるのは、怪我をさせると領主からの圧が怖いからである。
(魔法試合……なんか、すごそう)
魔法試合という響きに、ナズナはワクワクと胸を弾ませた。魔法のぶつかり合いを間近で見られることはそうそうない。魔法を上達させるための方法が見つかるかもしれないし、見たことのない魔法も発見できそうだと、期待を込めてレイシスとネージュを見上げた。
「試合、頑張ってくださいね! レイシス先生。ネジェも! いっぱい魔法見せてください!」
「何でお前はそんなに楽しそうなんだ……言っとくが、こいつとの試合は長くなる上に、規模がでかい。見学するのはいいが、巻き込まれないように気をつけろよ」
「はいっ! ねえねえネジェ。あの魔法使ってよ。本に乗ってた、特大魔法」
「あの爆発するやつか? してもいいが、うまくできるかわからないぜ?」
「じゃあ、わたしの造形魔法でお手伝いしようか?」
「待て待て待て、何を物騒なことを考えてる! ナズナ! 間違っても試合に入って来るんじゃないぞ!」
「はあい。冗談ですよ」
必死な形相で止められ、ナズナは笑みを漏らしつつ返事をした。ネージュに笑いかけると、彼は楽しそうに肩を竦めてから、杖を片手に庭の端に歩いて行った。
「特大魔法はまた今度だな」
レイシスも杖を構え直し、位置についたネージュと向き合う。
試合の合図はナズナがすることになった。レイシスに教えてもらい、二人の間に立つ。
手のひらを広げ、腕をまっすぐ前に伸ばす。その腕を振り上げたときが、試合開始だそうだ。
ナズナから見て、右側にレイシス、左側にネージュ。二人に視線を送り、ナズナは確認を取る。
先にネージュ、続いてレイシスが頷きを見せた。
二人の準備が整うと、ナズナは息を吸った。
「それでは――試合、開始!」
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