第41話 血に塗れたわたしは君を──

〜☆〜☆〜☆〜☆〜☆

「ルル、ありがと。もう、大丈夫」


 わたしはゆっくりとルルの身体から離れてそう言う。泣き止んで冷静になるとなんだか恥ずかしくなって、ルルの顔から視線を外す。

 でもルルの裸が見えて、わたしは直ぐに真横に顔を向ける。するとカーヤが起きる様子が見えた。


「戻りましょう」


「うん」


 そうしてわたしたちは起きたカーヤと一緒にべベルグへの帰路についた。わたしたちが止まっていた宿屋の前にはファイルがいて、わたしたちの姿を見ると駆け寄って来た。


「お父さん!」


「カーヤ、遅かったじゃないか」


 カーヤはファイルに抱きついて離れようとしない。その様子を見ながら、ルルはゆっくりとファイルの元へ近付いて頭を下げた。


「ファイルさん、ごめんなさい。実は──」


 ルルはそう続けて事の経緯を話した。魔法という要素は言わずに、ただ不可解な事件に巻き込まれてしまったと。そして、わたしが相手を皆殺しにしたことも言わなかった。


 神妙な面持ちで聞いていたファイルは、しばらくの無言の後、こう話し始めた。


「取り敢えずは、君たちとカーヤが無事で良かったよ。それが全てだよ。

 だから、ありがとう。うちの子を守ってくれて」


 ファイルはそう言ってわたしたちに頭を下げた。そして穏やかな顔で笑って見せて続ける。


「今日は疲れただろう。宿に戻って休もう」


「……うん」



〜☆〜☆〜☆〜☆〜☆


 べベルグでの大変な一日を終えて、わたしとルルは宿に戻った。カーヤとファイルは別室だから、今はわたしとルルの二人。


 もう外はすっかり夜で、街の灯りが薄らとこの部屋を照らしている。

 小さい部屋に大きなベットが二つ。少し手を伸ばせば触れれる距離にルルの横たわる背中が見える。


(……ルル)


 なんでだろ。さっきまではあんなに不安で怖かったのに、今は違う。


(あんなに泣いたのは初めてだっけ? 昔のことはよく覚えてないや)


 目を閉じると川でのルルの姿や言葉を思い出す。

 すると少し顔が熱くて胸が落ち着かなくなる。これを嫌だとは不思議と思わないけど、ルルに抱き着いた時の安心感や温もりを求めているみたいで。


(あの時みたいに、触れると落ち着くかな)


「……何?」


 無意識にわたしの手がルルの方へ伸びた時、背中を向けたままにルルの声が届いた。


「え?」


 予想もしてなかった声に、思わず心臓が大きく跳ねる。飛び出た声も少しぎこちなかったかもしれない。

 ルルは背中に目でもついてるのかな、と悪いことしたみたいにドキドキしてる。


「結び。もやもやしてる」


「ごめん……じゃないよね。その……、カーヤのこと。どうしたらいいかなって」


「……本当に?」


 その言葉にまた大きく心が動揺する。なんでこんなに動揺しているのか分からないけど、嘘はついてないからうん、と返事する。


「あれは怖がられるのも無理ないよ」


「でも……」


 ついさっきまでは普通に話せてたからこそ、今のままなのは嫌だと思う。


「助けられたなら、それで良いでしょ」


「……うん」


 わたしの小さな返事にルルはこちらに顔を向ける。


「……なに、嫌なの?」


「嫌と言うか……。折角仲良くなれたのに、このままでお別れしたくない……」


「面倒くさい」


「ルル、酷い……」


 あまりにも明け透けなルルの言葉に、わたしは思わず文句が飛び出る。

 眉をしかめた面倒くさそうなルルは、すっと表情を戻してわたしをじっと見据えた。


「なら、向き合えばいいでしょ。まだ時間はあるんだし」


「……うん。そうだね」


 ルルはそっぽを向くようにわたしに背中を向けてしまう。その背中にありがとう、と小さく呟く。


「……ねぇ、ルル。あの本の中でわたしも見たよ。多分、ルルのこと……」


 わたしは少し迷いながらも、あの本の中で見たことをルルに話した。断片的過ぎてあまり理解は出来てないけど、きっとルルにとって辛いことなのは分かった。

 こんなこと、少し前は話せなかったけど、ちゃんとルルに話とかないとと思ったから。


「……なら、分かったでしょ。私は優しくなんてない」


 わたしに背を向けたままにルルはそう話す。その声色は何か後悔してるようにも思えるし、これ以上話を広げるなと警告してるようにも聞こえた。

 だけど、わたしは少しだけ踏み込む。向き合うって、決めたんだから。


「ルルは……、ううん。ルルがよくうなされてるのは、あれが原因?」


「……あれは、私が忘れてはいけない罪だから」


 わたしの質問への明確な返答ではなく、ルルは呟くようにそう言った。

 その呟きにわたしは何を答えるべきなのか迷ってしまって、少し居心地の悪い空気に掛ける言葉を失ってしまう。すると、ルルが少し身じろぎをしてから小さな声を発した。


「もしかして、私がうなされてる時も結びは反応してるの?」


「……うん」


 一瞬、正直に答えるか迷ったけど、わたしは素直に答えた。ルルはまた大きく身じろぎをして、探るような声でわたしに尋ねる。


「どんな感じ?」


「腕の中でなにか虫みたいなのが動き回ってるような感じ……」


 実際に腕の中で虫が暴れてる訳ではないけど、なにか例えるならそんな強烈な気持ち悪さに襲われている。

 だからいつもルルより先に寝れないことが多い。それについてはルルを守るためには全然都合が良いと思えるけど。


「……気持ち悪そう」


「慣れてない時は吐きそうだったよ」


「慣れたんだ」


「……ううん。あれは慣れないかな」


 わたしは正直な感想を口にする。あの気持ち悪さは慣れれるようなものとは思えない。でも、それぐらいの辛さをルルが抱えているのなら、わたしも一緒に苦しみたい。文句を言う権利なんて、傷付けたわたしにはないから。


「……それは、私もどうしようもないから我慢して。でも、きつかったら私のこと起こしてくれていいから」


「……うん。でも、いいの?」


「いいよ。私は夢なんて見たくない。何で、夢なんて見るんだろうね」


 そう言ったルルの声はとても辛くて苦しそうで、わたしの脳裏にルルードゥナでのルルの泣き顔が浮かんでくる。


「忘れられないから……とかかな。わたしも、ルルが泣いてる夢を見るから」


「あの時の?」


「うん」


 ルルードゥナのどこかの家屋の屋上で言い争いながらルルに押し倒されて、その時に見たルルの表情を夢に見る。

 あの時のルルの表情の意味を知りたいと思ってる。ううん、知らなきゃいけないと。


「……良かった」


「え?」


 ルルの言葉の意味が分からなくて、思わず間の抜けた声を出してしまう。


「苦しむんでしょ? あの時は辛かった。理不尽で何も訳が分からなくて、それ以上に自分が惨めで苦しかった」


 ルルの言葉と共に右腕の結びが反応を起こす。腕を思い切り搾られるような痛みと同時に内側からもやもやとした鬱屈さが全身へと広がってくるような、そんな感じ。


 わたしはその右腕を押さえるように握りしめて、そっと顔を寄り添う。大事な物を抱きしめるように、身体を小さく丸める。


「……うん。ちゃんと苦しむからね」


「痛い?」


「うん。痛いよ、ルル」


 薄暗い視界の先でルルの身体が小さく動く。身に染みるような痛みを抱えながら、君のことをやっと少し知れたことに頬が緩む。

 こんな顔見られたら嫌な顔されそうだと思いながら、ルルを視界に入れつつ惜しむようにゆっくりと目をつむる。


「……疲れてる時、夢みないから」


「うん。おやすみ、ルル」



〜☆〜☆〜☆〜☆〜☆


 気付いたらもう太陽も大分高くて、わたしはかなり寝ていたみたいだ。

 ふと周りを見渡すと横のベットにルルの姿が見えなくて、わたしは寝室を出てルルの姿を探した。

 宿屋の共有スペースを見回しているとファイルの姿を見つけた。ファイルもわたしに気付いたみたいで、にこやかな笑顔で歩み寄って来た。


「おはよう、フェム。ルルはうちの娘と遊びに出掛けてるから、心配しなくてもいいよ」


「……そうなんだ」


 わたしはそう答えながらも、なんだかわたしの心を見透かされたみたいで釈然としなかった。


「君はとても分かりやすいね」


 ファイルはそんなわたしの顔を見て楽しそうに笑っている。


「仕事は上手くいったの?」


「あぁ、もちろん! 君たちがカーヤを見てくれてたお陰かな」


「……うん、でも」


 昨日もファイルとは軽く話しただけで直ぐに寝室に入ったから、ファイルがわたしたちをどう思ってるのか、それが分からない。

 わたしはカーヤを守れたとは言い切れないし、わたしに関しては怖がらせてしまっている。


 わたしは最近つくづく思う。人の気持ちなんて分かりようがないって。この結びで繋がってるわたしたちだって、全然互いのことを知れていないから。


「私は君たちのことを恨んでなんていないさ。君たちが娘の側にいてくれたから、今もカーヤが元気でいてくれてるんだ」


 ファイルはわたしに手を差し出す。それにわたしは戸惑いながらもゆっくりと手を伸ばした。


「さっきね、ルルから聞いたよ。君が魔法という未知の力で娘を助けてくれたことを」


 ファイルの手を握り返しながら、その降ってきた言葉にわたしは警戒するように身を縮めてしまう。

 思わずその手を離そうと腕を引くけど、ファイルはしっかりとわたしの手を握っているから弾き離せなかった。


「私は信じるよ。全く疑ってないかと言われたら断言は出来ないけどね」


 ファイルはわたしの手を強く、でも優しく握る。


「カーヤが言ったんだ。親として、信じるさ。あとね、これだけは伝えたかった。君のこの手は私の大事な娘を守ってくれた勇敢で偉大な手だ」


 わたしは自分の手に視線を下ろす。昨日の出来事なんてなかったように、真っ白な自分の手を。ファイルの大きな手に包まれた小さく見える右手を。


「カーヤが言ってたよ。フェムお姉ちゃんが助けてくれたんだって」


 その言葉にわたしはファイルの顔を見る。わたしのことを気遣った嘘の言葉と疑って。でも、温かな目にそんな疑いも晴れてしまう。


「…………ありがとう」


 わたしはそう答えてファイルの手をしっかりと握り返した。


 向き合うのは怖いけど、自分が傷付くのも怖いけど、もう大丈夫。


「ファイル。カーヤが好きなの、教えて?」



〜☆〜☆〜☆〜☆〜☆


 ファイルからカーヤの好みを聞いて、わたしは小さな紙袋を手に街を歩く。


 中央に佇む開いた本のような建物を視界に入れながら、その周りを彷徨さまよい歩いている。


 結局、あの魔法の本については何も分かっていない。だからあんなことがあった場所にカーヤを連れてるとは思えないから、その周辺を見て回っている。


 知識の街らしく、目に見えるお店には本のお店が多い。そして、一際ひときわ|人が多く集まっている広場につく。

 大きな噴水に子供たちが楽しそうにはしゃいでいる。その噴水から少し離れた場所で、ルルが突っ立ってその子供たちを眺めていた。改めて見てみると噴水の側にはカーヤもいて、子供たちと遊んでいるようだ。


「ルル」


 わたしはルルの側に立って声を掛ける。ルルはチラッとわたしに視線を向けると、返事もなく直ぐに噴水の方へ戻してしまった。


「ルルって子供好き?」


 その穏やかに見える横顔に尋ねる。


「別にだよ。でも、小さい子があんな風に幸せそうに笑っているのを見ると……安心する。ただ、それだけだよ」


「うん、そうだね」


 わたしもルルと同じように噴水で遊ぶ子供たちの様子を眺める。もうすぐ日も沈みそうで、近くなった太陽の光が水に反射してきらきらと輝いている。


 その中で楽しそうに笑っているカーヤを見て、安堵する気持ちと不安な気持ちで少し落ち着かない。手に持っている紙袋に思わず力が入って、わたしは落ち着かせるようにゆっくり息を吸った。


「……でも、どこかの誰かさんは怖がらせてるけどね」


 ふと横からそんな声が届いて、わたしはルルに視線を向ける。わたしを睨むように目を細めたルルは顔は正面に横目にわたしを見ていた。


「ルルって、わたしにだけ意地悪だよね」


 わたしは少しばかりの抵抗とそんな不満を口にすると、ルルはしっかりとわたしに顔を向けてきっと睨み付けてくる。


「結び。また変な感じ。遠慮しないのは良いけど、私のことも考えてよ」


「……ごめん」


 わたしが謝ると、今度は口を結んで不満そうな表情を見せる。


「……冗談。それはお互い様でしょ。カーヤちゃんとどうするか、考えたの?」


「ファイルから好きなの聞いたから、それを渡そうかなって」


「……人頼み」


 わたしなりに考えたんだけど、ルルはまた意地悪なことを言う。今度はわたしが不満げに目を細めてルルに聞く。


「だめかな?」


「ううん。ちゃんと考えたなら、別にいいよ」


 ルルがわたしにそう答えながら前に足を進め出す。その背中を見送っていると、ふと立ち止まったルルがわたしに振り返る。


「ほら、向き合うんでしょ?」


「……うん」


 わたしはルルと一緒にカーヤの元へと歩く。それに気付いたカーヤは表情を綻ばせて走り寄ってくるけど、わたしと目が合った瞬間に足を止めてしまう。

 そして側に来たルルの身体に隠れてしまった。


「カーヤ、その……」


 用意していたはずの言葉を頭が見失う。決心してきた心がぐらぐらと揺れて、声が喉元で詰まったように塞いでしまう。


 あの時と一緒だ。ルルードゥナを出た時のわたしみたい。少しは成長出来たと思ったのに、わたしは結局……。


「カーヤちゃん。この人ね、最低なんだよ。自分の都合で色々な人の人生めちゃくちゃにしてきたし。あと、本当に子供みたいで無知で自分勝手で世間知らずで」


「ルル!? 急になに……」


 突然始まったルルの罵倒に思わず声を出して抗議する。けど、そんなわたしにルルが一瞬だけ向けた表情はどこか穏やかに見えた。


「でも、それ以上に色んな人を助けてきたの。わたしもカーヤちゃんもそうでしょ?」


 ルルが穏やかな表情でカーヤに微笑みかけながら、その小さな手を取る。


「言ったでしょ? 大丈夫だよ。この人は悪い人じゃないよ」


 そう声をかけながら、カーヤの小さな身体をゆっくりとわたしの前へ差し出す。


 少し不安そうに顔をうつむかせたカーヤはぎゅっと身体の前で自分の手を握っている。

 その様子を見つめながら、さっきのファイルの言葉を思い出す。


『カーヤが言ってたよ。フェムお姉ちゃんが助けてくれたんだって』


 その言葉を胸に、ゆっくりと息を吸ってからカーヤと向き合う。


「カーヤ。その……これ、カーヤにあげたくて……」


 わたしはそう言って紙袋をカーヤに差し出す。おずおずと受け取ったカーヤは、不安そうにわたしに目配せをするから、ゆっくりと頷く。

 そして紙袋を開けて中の物を手に取ったカーヤの表情がぱぁっと輝く。


「これ! わたしが欲しかったの!」


 わたしがカーヤに渡したのは、小さな木彫りの人形だ。ファイルがこの人形をふとお母さんに似てると言ってから、口には出さないけどずっと欲しがってそうだったらしい。


 カーヤはその人形を手にしながら、本当に嬉しそうにくるくると踊るように回ってはしゃいでいる。

 その様子を穏やかに眺めていると、目の前のルルが口を開ける。


「物で釣るのはどうなんですか」


「……やっぱり、ルルはいじわる」


「ほとんどファイルさんのお陰でしょ」


 そう言われるとぐうの音も出ないわたしはねるように顔を逸らす。その一瞬の間、ルルが少し笑っていたように見えて視線を戻すと、カーヤがまたわたしの目の前に立っていて。


「フェムお姉ちゃん、ありがとう」


「ううん。わたしはただ買っただけ──」


「助けてくれて、ありがとう! あとね、助けてくれたのに、怖がってごめんなさい」


 そう言って可愛らしく頭を下げたカーヤに、わたしもならうように頭を下げる。


「……わたしも、怖がらせちゃってごめんね」


「仲直りの握手、しよ!」


 そう笑顔でカーヤが小さな手を差し出して来る。それを、その手をわたしが手に取っていいのか迷って、でもわたしはゆっくりと優しく握る。


「うん、仲直り」


 そうして笑顔でカーヤと握手していると、カーヤの側にしゃがみ込んだルルが何か耳打ちをした。すると、満面の笑みでカーヤがわたしに向かってこう言う。


「フェムお姉ちゃんはわたしよりも子供なの?」


「え!?」


 突然のことにわたしは驚くことしか出来ないでいると、カーヤの真横でルルは楽しそうに言う。


「そうだよ。カーヤちゃんの方が先にお礼も謝罪も出来て偉い」


「じゃあ、わたしの方がお姉ちゃん?」


「もちろん。あんな人、もう呼び捨てでいいよ」


 そう言ってルルが変なことをカーヤに言い出す。


「ルル、変なこと言わないでよ!」


 わたしがそう声を荒げると、カーヤが楽しそうに笑う。その横でルルも楽しそうに笑っていて、その様子に心が和らぐ。胸がなんだかいっぱいになったように、良い意味で落ち着かない。わたしもきっと、二人と同じように笑えている。


 わたしが見たかった光景が目の前にあって、今わたしは、その中に入れてるよね?



「……まだ、自分のこと責めてますか?」


「え?」


 再び噴水に戻ったカーヤを見守りながら、ふとルルがわたしにそう尋ねてきた。


「人を殺してしまったからって、自分は悪いことしたとか、考えてそう」


 わたしはチラリとルルの表情を見てから、ルルの左腕にある結びに視線を移す。


「結び……、また変な感じ?」


「……見てよ、カーヤちゃんを」


 ルルの声にわたしは前を向く。噴水の広場でわたしがあげた人形を手に楽しそうに笑っている。それを見ながら、横からルルの声が聞こえてくる。


「本当に馬鹿で無駄なお人好し。あんな最低な奴らで心苦しめる必要なんてないよ」


 ルルの言ってることは分かる。今だってあの人たちの行いを許すことなんて出来ない。


 目に映る光景には、楽しそうな子供たちとそれを見守る親の姿が見えて……。


「……でも、あの人たちにも」


「でも、じゃない。もういない人じゃなくて、今いる人のことを考えなよ。貴方のお陰で今後助かる命があるんだって。なにより、私とカーヤちゃんが助かった。それで十分でしょ?」


「……うん、ありがとう。ルル」


 日が暮れそうで、空が夕焼けに染まる。


「そう言えば、次の目的地分かったよ。色々あって忘れてた」


「じゃあ、明日には出発しましょう」


 わたしたちが見守る中、カーヤが元気よく手を振ってくる様子が見える。わたしたちがそれに応じていると、ふとルルの横顔が寂しそうに見えて。


「寂しい?」


「ううん。ちょっと、前のことを思い出しただけだよ」


 そう言いながら、夕焼けに照らされたルルがどこか物憂げに目を細める。


「……やっぱり、寂しいよ。会えなくなるのは」


 また会えるよ、って言いそうになってわたしは口をつぐんだ。

 ルルの寂しそうな目がカーヤではないどこかを見ているようで、きっとそれはわたしが奪ってしまったもののはずだと感じたから。


 わたしは、また会えるよ、なんて言ってはいけない。


 右腕の結びが痛い。それを噛み締めるように、わたしは君の傍に立った。



4章 血に塗れたわたしは君を──少し知る 了



〜*〜*〜*〜*〜*


 珍しく悪夢にうなされずに目が覚めた。隣のベットで静かに眠るフェムの寝顔を見ながら、私は呟く。


「いない人じゃなくて、今いる人をって。何を偉そうに言ってるんだろう、私。ねぇ、ルル」

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