第30話 もう二度と違わぬ誓い②
〜*〜*〜*〜*〜*
どこを見ても赤い光景が目に入る。もうこの状況はどうしようもないと、普通だったらそう思うけど。
私の隣にはこの人がいる。この人の魔法の力に私は助けられてきた。
私は不安そうに服を掴む子どもの手を掴んでこの人の隣に並ぶ。私を真っ直ぐに見つめるこの人を視界に入れて考える。
この火は今も燃え広がっていっている。この人がここに来たということは、元凶のセンサさんは何とかなったと思うことにする。でも強風によって
「この火、魔法で消せますか?」
私は
「出来ないことはないと思うけど……」
この人はそう何とも言えない曖昧な答えを零す。
「けど、何?」
「魔法は想像しなきゃだから。全体を一気に消せる想像が難しいし、元の山がどうだったかも想像しなきゃだから…」
この人はそう言い訳するように小声で話す。
「もう元がどうとかの問題じゃないでしょ」
「そうじゃなくて!このやまごと消しちゃうかもしれないし…」
「そんなことが……」
出来るわけないと言いかけて、思わず口を止めてしまう。私自身も魔法で火を消せなんて現実味のないことを言ってるし、それ以上に有り得なくないと思ってしまった私もいた。
これじゃあ、どこまでも平行線だ。こんな状況もうどうしようもないというのに。私は魔法なんて何も分からないのに。頼るものがそれしかない。
「……魔法って案外不便なんですね」
私は
「何でも出来ちゃうから……」
「……出来てないじゃん」
この人は、魔法は、いつも
「結局、出来ないってことでいいの?」
「……難しいよ」
「もう二度と何でも出来るって言わないで」
「お姉ちゃん……」
その時私の手が強く掴まれる感触に振り向くと不安そうな目をした子供の姿があった。
「ごめんね、大丈夫だから」
私はそう子供に精一杯の笑顔を向けて話す。
「ルル……」
「考えてるから! 貴方も少しは何か考えてよ」
この火を
火の中に誰かがいる気がする。小さな女の子が私を見上げる。
(分かってるよ……、ルル)
私が心の中でその子に答えた時、不意に一陣の風が吹いた。その子を掻き消して一瞬割れた炎の先に大樹が見えた。それを見た瞬間、頭の中に何かが引っ掛かる。
「あの大樹……。ねぇ、あの大樹を壊せる?」
私が勢いよくこの人に尋ねると、突然のことで一瞬目を丸くするも直ぐに頷く。
「そういうのは任せて。でも、何をするの?」
「あの大樹の中には大量の雨水が溜まってたから、壊してそれを放出する。でも量によっては二次災害になるから、魔法で水を操って。出来るだけ山肌を削らずに火だけを消すみたいに」
私がこれからやることをそう説明する。でもこの人は私の話を聞いて気難しそうに顔を歪めた。
「これも無理なの? じゃあ、何が……」
ついさっきも見たようなその表情に、私はつい悪態をつくことを我慢出来ない。
「違うよ。ちょっと、頭の中でそれを想像してるだけだから」
「出来るの?」
この人はそう言うけれど、状況も状況なので私は急かすように聞いてしまう。私が疑われた時に何も出来ないと告げたことが今も心に残り続けているから。
この人は不意に私に顔を向けた。そして私の顔をじっと捉える。それは私に何か言おうとして、でも結局は何も言って来ない散々私に見せて来た顔だ。
「何? 何かあるなら言ってよ」
「……ルルはその想像は出来てる?」
「うん。何となくだけど」
私はそうこの人に答えた。若干漠然とした返答になったけど、言った通りに何となくの想像した絵みたいなのは頭にある。
「じゃあ、ルルも手伝って」
不意にこの人が放った言葉に少し面を食らってしまう。意味は分かるけど意味がわからない。
「手伝って何を……」
「魔法」
この人はそうはっきりと言った。その表情は真剣そのもので、私はまた悪態のような言葉が出そうになるけれど飲み込んでしまった。冗談で言ってる訳はないのは分かるけど、今の私には困惑しかない。
「魔法なんて私は……」
「ナラさんが言ってたでしょ。この結びはわたしとルルの
「そんなこと、急に言われても」
「わたしは多分、ルルほど上手くその想像は出来てないから、ルルがやった方がいいよ。わたしもちゃんとルルのこと助けるから」
「だから、私は魔法なんてどうすれば良いのか何も……」
この人の言ってることは分かる。ナラさんが話していたことも非現実的過ぎたけれど理解は出来た。でも今まで何も経験のないことを突然やれと言われたら誰だって否定的になってしまう。
「魔法は
「でも……」
魔法の存在なんてもう肯定はしてるつもりだ。でもまだ実感なんて何もない。今まで見てきた非現実的な現象を否定なんて出来ないし、だからといって現実にあるものだと肯定も出来ない。そんな私がこの状況で突然やれと言われても困る。人の生死が掛かっているのに。
「ルル! わたしのことは信じられないと思うけど、この魔法の力は何回もルルを助けたでしょ! だから、信じて。わたしじゃなくて、魔法を」
この人を初めて見た時、とても綺麗な人だと思った。黒白の不思議な髪と透き通るような青い目を携えた大人びた顔立ち。でも中身は無邪気で自由奔放な人だった。最近は見なくなったそんな面影を思い出してしまう。その彼女が自信に満ちた表情で私に手を差し出す。
私は無意識に手を伸ばして、思い出したようにぴたりと指先が触れ合いそうな距離で止める。
「……何?」
「わたしの
私はやるなんて言ってないのに、この人はもう決まったことのように告げる。
私はこの人のことが嫌いだ。この人は私の大事なものを奪ったから。でも、それは全部がこの人のせいと言う訳じゃない。前も思ったように、この人の全て自分が悪いんだよと言うような態度や気遣いが嫌なんだ。
「その前に一ついい? 右腕のそれ、痛い?」
「……うん、痛いよ」
私の問い掛けにこの人はそうはっきりと言った。ちゃんと、痛いと答えてくれた。
私はこの人の手じゃなくて右腕を掴む。昨日私が強く傷付けた
「……分かる?」
横からそんな声が聞こえる。一瞬何のことか分からなかったけど、直ぐに違和感に気付く。辺り中から何か気配のようなものを感じる。でもそれ以上に隣から私を覆い尽くすような巨大な気配を感じた。
その気配を何故か私は自分の物のように思ってしまう。
「これが、
私の呟きにこの人は私に顔を向けて頷く。
「うん。ルル、準備はいい?」
正直、準備なんて何も出来てない。未だにどうすればいいのか何も分かっていない。
「大丈夫だよ、ルル」
私の不安な気持ちを察したのかこの人は穏やかな笑みを向ける。その余裕が
「……痛い?」
「え、……うん。痛いけど?」
「痛くても止めないから」
私がそう言うとこの人は困ったように頷いた。
「お姉ちゃん、頑張って!」
私の右手を強く握っている子がそう私たちに言う。きっと私たちが何をしようとしているのか何も分からなくて不安なはずなのに、そんな言葉を送ってくれる。私はその声援に力強く答える。
「大丈夫! 私たちに任せて」
「ルル、やるよ!」
「……うん!」
この人の声を合図に私はより深く集中するために目を
すると私たちを覆い尽くしていた
私はその外音に心が揺さぶられないように集中を続ける。水を幾つもの大きな一つ一つの束にして、地を
私はその想像を明確にした後、現状を確かめるように目を開けた。するとそこには私の想像した通りの景色があった。
「すごい! お姉ちゃんたち、すごい!」
「……うん、すごいね……」
子供の驚きの声が響いて、私も呆気に取られたようにそう呟いた。
水は幾つもの長い棒状の筒のような形状で生き物のように山の地表ぎりぎりを滑って降りて行く。その途中で遮る火の幕を消し去りながら、私たちの視界はより鮮明なものになる。
「ルル、逃げてる人たちは避けるように動かしてるから安心して。大丈夫、ちゃんと出来てるよ」
この人は真剣な横顔を見せながらそう口を開く。
「……その大丈夫って言うの止めて」
「なんで!?」
そうして私たちの横を幾つもの水束が通り過ぎて行き、順調に進んでいると私は思っていた。
「……ルル、出てくる水の量が多いから少し
「大丈夫。分かってきたから」
この人の問い掛けに私はそうはっきりと答えた。この人が
私はそうして自分の身体から感じる
(大丈夫、出来てる)
私はその光景を視界に収めて安堵の気持ちで心を落ち着かせる。このまま何の問題もなくいけそうだと安心した時だった。
「えっ!?」
突然私が操作する
「大丈夫! 集中して!」
何が起こったのか動転する私の耳にこの人の声が届く。すると突然私の目の前の地面が迫り上がり迫り来る水流を防いだ。
「ルル、
「それ、先に言って!」
「ナラが言ってたよ!」
「私には関係ない話だったでしょ!」
私はそうこの人に反発してしまいつつも納得してしまう。私もあの時ナラさんの話を聞いて
流れてしまった水流はこの人の機転で私たちは回避出来た。だけど大量の水が私たちの後ろを地面を削りながら流れ落ちて行ってしまう。私は
「逃げてる人が流される」
「でも、こっちが先だよ」
大樹から流れ出る水はまだ止まる気配はない。それに火はまだ完全に消し去れてはいない。増え続ける水流の操作と木々や地表を避けなければいけない繊細な
(どうしよう、このままじゃあ……)
「フェム様、ルル殿、これは!?」
その時不意に届いた声に振り向くとセンサさんとカグさんがいた。何事かと驚嘆する二人に私は直ぐに伝える。
「カグさん、センサさんも。さっき流れた大量の水で流された人たちを助けに行ってください! この火は私たちで何とか出来るので、お願いします!」
私の突然の言葉に一瞬顔を見合わせた二人だけど、直ぐに状況を理解してくれたのか答えてくれた。
「分かった。センサ、行くぞ!」
そうして直ぐに二人は山を駆け降りて行った。今の私には分かる。センサさんと、そして何故かカグさんも他の人よりも大きな
「ルル、細かいところはわたしに任せて」
「うん」
「……ルル、ありがとう」
不意にそんな声が耳に入って、身に覚えのない言葉に私は横を見る。
「信じてくれて」
私を見ずにこの人はそう告げた。私はその言葉に何も返さずに目の前に集中する。そうして山の下方で二つの大きな
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