今日も笑顔で

アーエル

第1話



私の妹は私のものなら何でも欲しがった。

庭で拾った石でも、プレゼントを飾っていたオレンジ色のリボンでも、プレゼントを覆っていた包装紙でも。

それを贈ってくれた幼馴染みの婚約者ですらも。

それでも婚約者であるセドリックは、妹のモニカではなく私キアラ・レイファンを選んでくれる。


「モニカ。君のような心根の腐った根性最悪な毒婦を僕は愛せない。愛したいとも思わないし気持ち悪い。君はそれこそ泥沼の底に溜まったヘドロに生まれるべきだったと思うよ。いや、ここまでいやしく周囲を不快に堕とすのだから、今から沈んできたほうがいい。安心してね、死亡届は僕が出してあげる。そうだな、『腐食脳につき常識欠落、生活能力欠乏、将来性の失望によってヘドロを母体と勘違いしたことによる回帰本能』」

「ひっ酷いですわ!」

「そうだよ、セディ。こんな人外生命体に脳を侵食されている患者に真実を伝えたところで、脳を侵している本体が正しく処理するはずがないじゃないか」

「ドグマ様ぁ~♡」

「ほら、見かけと声だけはかわいいんだから。その点だけでも誉めてあげなきゃ」


こんなモニカにはドグマという婚約者がいます。

公爵子息で美形で優しい。

…………ただし口を開けば猛毒を吐く。

女性たちは向けられる笑顔で何も気付かない。

脳の神経が正常な処理を拒否るからだ。


〈いま、バカにされたんだよ⁉︎ わかってる? って言われたんだよ⁉︎ 誉められたんじゃないよ⁉︎〉


そんなモニカの情報処理を司る正常な精神が幻のようにとびだして、必死に本体モニカに訴えている姿が見えるようです。

ちなみに私たちは幼馴染みだ。

だからこそ、男性二人はモニカの見かけに惑わされることもなく、私はセドリックとドグマの呼吸の度に吐き出される神経性の毒にも免疫ができている。


ちなみにセドリックから贈られたのは植物の本。

薬草に関する図鑑です。

私は医師になったセドリックとドグマの専用薬師やくしだ。

そしてここは私専用の薬草園にある、一段高くなっているガゼボ。

花を楽しむために用意されたこの場所で、婚約者二組のお茶会の真っ最中だ。


「ポットのお茶がなくなりましたわね」

「お姉様、私にもお紅茶ください」

「私、あなたの侍女ではないわ」

「酷いですぅぅぅ。ドグマ様、お姉様がいじめてきますぅぅぅ」

「うん、いまのはモニカが悪い」

「なぜですかぁ」

「存在が悪い、頭が悪い。いるだけで空気が悪い、頭が悪い。態度が悪い、頭が悪い。性格が悪い、頭が悪い。根性が腐っている、頭の中が腐っている。生まれたこと自体が悪い、頭が悪い。結論、歩くヘドロは今すぐ泥沼に沈むべきだ」

「でもセディ。すべてを鋼鉄で覆ってガチガチに固めれば、モニカの顔と声でなんとか誤魔化せるよ」

「ドグマ様……?」

「うん、モニカのその顔も声もかわいいよ」

「うわあ、ありがとうございます。そういってくれるのはドグマ様だけですぅ~」


そりゃあ、そうだろう。

私たちは誰もそう思ってはいない。

家族の私でも、幼馴染みとして付き合いの長いセドリックも、婚約者のドグマでさえもそうなのだから、赤の他人なら尚更だ。


「キアラ、このリボンもらってもいいか? 代わりにセディが似合うリボンを用意しているから」

「ええ、どうぞ」


畳んだ包装紙の上に置かれた金色のリボンを手に取ったドグマが、モニカの後ろに回る。

金色のリボンを長い髪に適当に絡めると、頭のてっぺんに大きくリボン結びをして飾る。


「ほら。イカレ頭によくお似合いだ」

「ドグマ様ぁ、ありがとうございまぁす」


〈誉めてないよ! ねえ、バカにされたんだよ。イカれてるって言われたんだよ? なんでそんなになの?〉


うーん、この精神モニカが必死すぎて可哀想なんだよね。

この子が見えるのは私たち3人だけ。

残念ながら本人モニカには見えておらず、精神モニカの必死な忠告も何もかもが無駄なのだ。


それでもいつかはマトモになるだろう。

母も若かりし頃はモニカと同じだったと父たちは言う。

それに、モニカには理解あるドグマが寄り添っている。

私もセドリックもモニカを見捨てることはない。


おバカな子ほど可愛い。


私たちはモニカを囲んで微笑む。

モニカは私たちにとってなのだ。

事故で長い間ずっと昏睡していたため、17歳の身体に5歳児の知能しかないとしても。


「ゆっくりでいいから大人になってね」

「はぁ~い」


分かっていないながらも無邪気に微笑むモニカ。



母の実家には水神の住む湖がある。

そこに落ちた子どもはモニカのように10年間昏睡する。

無邪気な魂魄たましいが、子どもを好きな水神の心を癒すからだと言われている。

その代わり、母やモニカには【水神の加護】が与えられる。

母は病むことのない健康な身体を。

モニカには


「育たない知能だよな」

「こんなのと結婚しても大丈夫か?」

「平気、平気。研究対象者を間近で観察するいいチャンスじゃないか。なあ、モニカ」

「はい! 私も愛してますぅぅ、ドグマさま~」

〈分かってる!? いまだって言われたんだよ! ねえ、ねえってば!〉


…………周囲を癒やす笑顔だと私たちは思っている。



〈水神さまぁぁぁ! この子、ちっとも成長しませぇぇぇぇんっっっ!!!〉

「大丈夫、大丈夫。私たちは結婚しても一緒に過ごすから、ね」

「そうそう、ここはキアラとセディが住んで、隣が俺たち。病院を併設しているし、キアラの薬局もある」

「何かあったら、モニカ専用の特別室もあるから」

〈あそこは独房ですよねぇぇぇぇ!?〉

「「ハハハハハ」」



今日も私たちはモニカを囲んで、ほうら笑顔だ。




〈了〉

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