第12話
僕はスペロ王国の公爵令息だった。しかしその身分はお飾りにすぎない。
僕は僕の父親である公爵と義母のメイドだった母から生まれた私生児だった。
母は僕を産んだ後、しばらくは育ててくれた。
しかし、僕が6歳になった時、母は突然公爵に僕を預けた。
「お母さん、この人誰?」
僕がそう聞けば、お母さんは僕に向かってにっこりと笑った。
「あなたの父親よ」
僕は父親と言われた公爵をじっと頭の先から足の指の先まで見つめた。
綺麗に梳かれ、結われた艶々の黒い髪、立派に蓄えられた顎鬚。僕に似ている所と言えば薄い赤色の瞳だった。
実感がわかなくて、僕がぼうっとしていれば、母は公爵から渡された小さな子袋の中身を確認して懐にしまうと、屋敷の外につながるドアに手をかける。
置いていかれる。直感的に僕はそう悟った。
「お母さん!」
僕は母を呼んだ。そんな僕に母は少しめんどくさそうな顔をしながらも、僕の頭を撫でて言ったのだ。
「あんたがいい子にしてたらいつか迎えに来るから。お父さんと一緒にいなさい」
「本当?本当に迎えに来てくれる?」
「えぇ本当よ。ちゃーんと迎えに来るわ。フロースはいい子だから待てるわよね?」
「っ……うん」
僕は母の目を見てただ頷くしかできなかった。
「いい子ね、フロース」
そう言って母はドアから出て行った。
僕はそれ以上、母になにも言えなかった。
だって母の目は……僕を見てはいなかったから。
僕なんてどうでもいい、面倒くさいという感情が煙草の匂いと共に母からあふれ出していた。
――それが母との最期の記憶。
あとから聞いたことだが、僕は公爵に売られたらしい。
母は公爵家をクビになったあと没落貴族の出身だったため身寄りもなく、金に困っていたらしい。
そんな母の元に公爵の使いが来て、僕を売れば、一生暮らせるほどの金をやると言われ、僕を売ることをその使いが来た日に決めたらしい。
元々僕をお荷物のように扱っていた母だ。
きっと未練なんてなかっただろう。
でも……子供の性と言うべきか、僕は嘘とわかっていながらもその言葉を信じたのだ。母はいい子にしていれば迎えに来てくれると。
その日からいい子になれという母の言葉は僕を縛る呪縛となった。
そんな呪縛を抱えながら、一人公爵家に残された僕は何の力も、後ろ盾もないままこの公爵家で暮らすことになったのだが――もう思い出したくもないほどあれはつらい記憶だ。
母は義母からの信頼が厚かったらしい。
その分裏切られたことが義母はものすごく恨めしかったのだろう。
義母は僕に召使以下の重労働をしいた。
父である公爵は見ないふり。
まぁ当たり前だ。世界は理由のない慈善をくれるほどやさしくない。
同じ公爵家から嫁いできた義母と気まぐれで手を出されたメイドの子供。
どちらが大事かなんて子供でも分かる。
食事や衣服もまともに与えられず、気に入らないことがあれば僕にあたり、最後は満足に治療もされずに地下牢にぶち込まれた。
いい子にしなきゃ、いい子にしなきゃ。
でも何をやっても怒られ、叩かれる。
――楽になりたい。
頭の中に鳴り響くのはその言葉だけで何度舌を噛み切ろうと思ったか。
しかしそんな僕にも一人、いや二匹だけ友達がいた。
それが僕の
それがわかったのは僕が10歳になったころ、
それに気が付いたのは義母の前でバケツの水をこぼしてしまい、地下牢に入れられていた時だった。
お腹が鳴って、手先がかじかんでもう死んでしまうと思った時、ふと紫の光が僕の体からあふれてきたのだ。
まばゆいのにどこか人肌のように温かい、包み込まれるような光。
ルルのような形の円が表れたかと思うと、それはスッと僕の胸に溶け込むように吸い込まれていく。
光が収まると、僕の手先の震えは止まっていた。
何が起きたのかと戸惑っていれば、地下牢の床に溜まっていた水たまりからひょっこりと何かが地下牢を照らす松明を反射しながら顔を出した。
「「ピュー?」」
水たまりから出た小さな水柱が鳴く。
僕が目を凝らしてみればそこには双頭の蛇が水たまりからひょっこり顔を出していた。
僕は目の前の光景が信じられなくて水蛇と同時に何度か瞬きをした後。
「わっ!?」
僕はその場でひっくり返った。
僕のその声に驚いたのか二体の水蛇もピュッと水たまりの中に戻る。
「あ」
僕は少し罪悪感を感じながらまた水たまりを覗き込んでみれば、蛇たちも同じようにそーっと水たまりの中から顔を出した。
ばっちりと目が合う。
また同時に瞬きをする。
それがなんだか無性に面白くて僕はプッと笑ってしまった。
すると蛇たちも嬉しそうに頭を上下させる。
「くっ……はは!お前たち本当に何なんだ!」
僕が手を差し出せば、大人しく這い上ってくる二匹。
手を這う感触がくすぐったくて体をよじりながらその蛇たちを僕の目線まで持ってくれば、二匹そろって僕の鼻にキスをした。
「え⁉」
僕が初めてされたことに顔を赤らめていれば、やってやったと言わんばかりに得意げに頭をそろえて振る蛇たち。
最初はポカーンとしていた僕だったが、だんだん今まで感じたことのなかったいたずら心が湧いてきて。
「やったな~!」
僕も同じように彼ら一匹ずつに頭にキスを落とす。
すると彼らも照れたように体をくねらせた。
「お前たちはこれから僕の友達だ」
そう言えば蛇たちは嬉しそうに交互にはねた。
――それが僕の
でも教育すらまともに受けさせてもらえていなかった僕だったから、突然目覚めたその力が
でも彼らが僕の側にいるようになった頃から、楽になりたいと思う日は減っていった。
約一年間ほどそのことを知らずにその蛇たちと過ごしていたのだが。
しかし幸せは長く続かないと母がいつか言っていたように、ある日事件は起きた。
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