第11話

フロースは辰馬がぱくりと飲み込まれ、水の中に落ちて行った姿を見て年相応に、子供らしくはしゃいだ。


「やった……やった!僕が倒した!僕が聖女様の仇を取ったんだ‼」


ぴょんぴょんとその場で飛びながら、はしゃぐ彼女は頬を赤らめながら興奮していた。


「聖女様……きっとこんな僕のこと褒めてくれるよね!やった!やった!」


フロースは水の中で蛇にとらわれながら、必死に息を止めている辰馬を見てニンマリと笑う。


「苦しいでしょ?苦しいよね!僕に嫌がらせする奴はみんなこうやって殺してきたの‼」


フロースがくるりと指を回せば、水中の蛇は男を飲み込んだまま、辺りを泳ぎ回る。


その水圧にあてられたのか辰馬は空気をブハッと吐き出してしまった。


「どうやって殺そうかな~?水圧で圧死させる?それともぎりぎりで息を吸わせて沈めてを繰り返して殺す?やっぱりミンチがいいかな~?」


彼女がルンルンと言った様子で首をかくかくと曲げていれば、ふと彼女の胸元にかけてあったゲニウスがチャリンとなった。

それに気を留めた彼女は、しばらくゲニウスを手の中で転がした後、ぎゅっと握って、まるで少女が遊ぶ人形を見つけたようなあどけない表情で言った。


「そうだ。僕がされて嫌だったこと、全部やっちゃえ」


フロースは肩にかけていた毛糸で編まれた花の飾りが特徴的なポーチから荘厳な装飾が施された小さな短剣を取り出し、それを辰馬を飲み込んでいないほうの水蛇に渡した。


「いい?このナイフでちょっとずつ、ちょっとずつおじさんの体に傷をつけていって」


それに頷いた蛇は短剣を口にくわえて水の中へと消えていった。


「殺しちゃだめだよー!とどめは僕がさすから~!」


陽気な声で水面に叫べば返事をするように、水面がゆらりと蛇が這ったように揺れた。

それに満足そうに息をついた彼女はしばらく水の上に立ちながら、指で水をはじく。

その姿は確かに子供の姿のはずなのに、どこか大人びて見えた。


「聖女様……僕、これでまた幸せになれる人間に一歩近づけた?」


そうぽつりとつぶやいても、その声は波紋となって洞窟の中に木霊するだけだった。

フロースは水をいじる手を休めて、鏡のようになった水面を見る。そこには紅水晶のような桃色の瞳、そして水に溶け込んでしまいそうな蒼色の髪を持った少女が泣きそうな目をしてこちらを覗き込んでいた。

フロースはハッとして涙をゴシゴシと袖で拭い、自分の目の端をツーンと吊り上げてみる。

するとそこには数年前の自分が写っていた。


「聖女様……」


フロースは昔にあったはずのすすけた記憶に思いをはせていた。

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