第9話
――少年は夢を見た。
白い煙の中に彼は立っている。
自分がどこにいるかも、何をしていたかもわからない。
そんな中でふと聞きなれた声が聞こえた。
「ほら、あなた。早くおいでなさい」
白い煙の中から現れたのはさっき殺されたはずのルナーエ。
手を差し出して、自分の側へと来るように手招きをしている。
しかし少年はただ見ているだけで、ルナーエの方に行こうとはしない。
少年が渋っていれば、ふとルナーエが後ろを振り向く。
その視線の先には誰かが立っていた。
見覚えがあるようなないような。
ぼんやりとした存在に目を凝らしていると、その人物が少年に声をかけてきた。
「ほら、こっちにおいで。×××」
その声は温かく、どこか懐かしい。
しかしどこにいるかはわからない。
「誰、誰なの?」
どこかからがやがやと声が聞こえてくる。しかし姿は見えない。
皿や食器、コップ同士がぶつかり涼やかな音が鳴る。
「僕のこと、知ってるの⁉ねぇ答えてよ!ねぇ!」
白い煙の中で走り出してもその音は近づきも、遠ざかりもしない。
少年がしばらく走り続けた後だった。
――ぎゃぁぁぁぁぁ‼
悲鳴が聞こえて辺りがシン……と静かになる。
少年は白い煙の中で歩みをとめた。
「何?何があったの?ねぇ教えてよ!誰か!誰か‼」
白い煙の中で少年が叫んでも誰かが返事を返すことはない。
ふんわりと少年の前に白い煙がもくもくと増えてきて自分の体すらも見えなくなったあと、少年の体は突如としてできた穴へと落ちて行った。
――――
「――、――‼」
少年がゆっくりと眠眼を開けば、辰馬が叫ぶ声が聞こえる。
はっとして目を覚ませばそこは寝た時と変わらない甲羅の上だった。
ただ寝た時とは明らかに違うこと、それは甲羅の上に辰馬の姿が見えなかったことだった。
ネレウスは何かから逃げるように水の中をすごい速度で泳いでいる。
そんなネレウスに少年は甲羅をポンポンと叩いて話しかけた。
「ネレウス、何があったの?辰馬はどこ?」
ネレウスが少年に目配せしたのは水面。その先にあったのは水面が激しく揺れている様子だった。
「追手じゃよ。辰馬が皆殺しにしたはずじゃったのに教会の外にいた奴らが騒ぎを聞きつけてお前さんを取り返しに来たんじゃ」
「え、辰馬、今水の上で戦ってるの?」
「正しくは洞窟の壁を足場にして戦っとるの。辰馬にそんな
少年はそれを聞いた瞬間、胸がきゅっとなる感覚があった。
「……辰馬、負けたりしないよね?」
少年の不安とも、恐怖とも取れるような顔をネレウスはちらりと見て、すぐに前を向く。
少年のその問いに答えることはなく、ネレウスは後ろで揺れている水面を横目に見ながら上を向いた。
「さぁな。奴が敗れたら、代わりの者がお前を殺しに来るだけじゃ」
「……辰馬の代わり……辰馬の代わりなんていないでしょ?」
その言葉にネレウスは眉を下げる
「いいや、いるんじゃよ。そんな考え方、ワシも好きではないがな」
少年の言葉が刺さったのかネレウスはさっきよりも調子を失った声でそう言った。
「好きじゃないのに、ネレウスは辰馬を見捨てるの?」
「まだ見捨てたわけではない。あやつが負けたらの話じゃ」
そのネレウスの言葉に少年は首を傾げた。
「でもネレウスは今逃げてるじゃん」
その言葉でネレウスは一瞬速度を緩める。しかし、ネレウスは頭を振ってまた泳ぎ始めた。
「それはお前さんを取られないようにするためじゃ。逃げられたらそれこそ辰馬の頑張りが無駄になるからな」
「辰馬はそれで幸せなの?」
「……幸せじゃろう。復讐の歯車の1つにはなれているのじゃから」
「ネレウスは?」
少年の言葉が意外だったのか、ネレウスはまた眉をあげた。
「わし?」
「ネレウスはそんな好きじゃない考え方にそって生きるのは楽しいの?」
少年の言葉にネレウスは目を見開いた。
ネレウスは泳ぐ速度をどんどん緩め、ついにはその場で止まってしまう。
「長い間生きているとなんでもかんでも許容できるようになるんじゃよ」
「許容って何?」
「飲み込めると言うことじゃ。たとえ自分が納得いかなくても、その状況を受け入れることができるようになる」
ネレウスが口を引き結ぶ。何かに耐えるように瞼はふるふると震えていた。
「わしにも辰馬と同じような目的がある。無謀で大きすぎる目的がな。大きすぎる目的のために、今まで何人も辰馬のような人間を見捨ててきた。もう戻れないんじゃよ」
「ふーん、年って取りたくないね」
少年はそう言いながら後ろでドンパチと上がっている泡を見ながら少年はドームの壁に張り付いたのだった。
そんな少年の姿を見ながら、ネレウスもまた後ろを振り返ろうとしたが、フルフルと頭を振ってそのまま泳ぎ続けた。
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