第6話

「……は?」


男が呆けた顔で少年を見つめる。

少年は男のそんな顔をしばらく見つめて、初めてにっこりと男に笑いかけた。

そして男の膝にぴったりとくっついてきて、下から男を見つめる。

その目は純粋そのものだった。


「ねぇおじさん!おじさんの世界を壊す旅に連れてって!」


「は?」


2回同じ言葉を繰り返すほどには、男の頭の中は混乱していた。

少年の頬にはこの部屋に投げ入れた神官の血がべっとりとついており、彼の目の前の人間は親代わりだったであろう聖女を殺し、自分を殺そうとした猟奇殺人者だ。

そんな奴にたとえ嘘だとしても自分の秘密を明かし、一緒に行きたいと言ってくる。

あまりのショックに気をおかしくしたのかとも思ったが、彼の瞳はくすんでおらず

ペリドットのような瞳をきらきらと輝かせながら、そう言う少年に、一種の気味悪さを感じていた。

いつまでも返事を返さない男に少年は首を傾げだしていたが、突然思いついたように手をポンと叩く。


「あそっか!これじゃあおじさんにうまみがないよね!もしおじさんが世界を壊した方がいいって僕に証明出来たら、ウルの質問にも答えられるはずだし、おじさんのお願い叶えてあげられるよ!それならどう?」


「……そんなこと、嘘だったらどうするんだよ」


やっと口が開いた男だったが、混乱している中でも頭のどこかはしっかりと冷静だった。

人はすぐに嘘をつく。男はそれをよくわかっていた。


「でもお前じゃこいつを殺せない。それは事実だろ?」


ウルが少年の横から茶々を入れる。

それは男も感じていたことだったのかグッと言葉に詰まった。


「ねぇねぇ、おじさん!僕に世界を滅ぼす動機を頂戴!」


少年の勢いに気圧され、顔が引きつってきた男の少しだけサングラスがずれる。

すると少年はまた目を輝かせる。


「あ、おじさんの目は紫なんだね。きれい」


紫紺の深く深く吸い込まれそうな紫。

少年の正直な気持ちからその言葉は出たものだった。


「っ!」


しかし男は褒められたにも関わらずさっきとは比にならない殺気を放って少年を突き飛ばそうとする。

だが


「おぉっと、そうはいかねぇよ」


その手をウルが止め、少し突き飛ばされただけだった。


「どうしたの?おじさん?」


先ほど向けられた殺気をものともしない様にひょっこりとウルの後ろから顔を出した少年が見たのは敵を排除する獣のように目を吊り上げさせながらサングラスを押し上げる彼の姿だった。


「見るな……‼」


ドスの聞いた声で少年にそう言うも少年はやはり気にしていないようににっこりと笑っているだけだった。


「うん、わかった!約束するから僕を連れてってよ」


その少年の行動に男は目を見開き、しばらく黙った後、警戒を解いたようで、サングラスをしっかりかけなおし、乱れた服を整えた。

少年は今か今かと男の返事を待っている。

待ちきれない心を代弁するように彼の指は組んで開いてを繰り返していた。

そんな少年を気味の悪いものを見るように横目で見ながらも、服や髪を整えた男は少年の目線に合わせてしゃがみ、ポンと少年の頭に手を乗せた。

期待でふんと少年の鼻がなる。


「嫌だ」


「えーなんで、なんで!?」


少年は駄々っ子のように口をとがらせた。


「逆になんで連れて行ってもらえると思ったんだお前は」


男はそう口で言いながらも、今度は手から出した短剣で少年の首を一瞬の隙に切ってしまう。


「わわ!びっくりするじゃん!おじさんったら‼普通に考えて怖いよ!?」


「普通はびっくりですまねぇんだけどな」


男は少し考えるようにその場で少年を見据えながら、煙を吐き出す。

そして時間が経つたびに顔が険しくなっていったかと思うと、苦虫を嚙み潰したような顔をして何かを決したように頷いた。


「わわ!」


驚いたような少年の声と共に男は少年を小脇に抱える。


「え、連れてってくれるの⁉」


少年が目を輝かせてそう言えば男は「違げぇ!?」と怒ったように言った。


「一旦帰ってお前を殺す方法を考えようと思ったんだがな、それだと警備が厳重になって殺せなくなる可能性が高い。だから持ち帰っていろんな殺し方を試すだけだ!決してお前の気色悪い趣味のために連れて行くわけじゃねぇ!」


突然この部屋の扉から誰かの悲鳴が部屋に響き渡る。


「ル、ルナーエ‼」


聖女の名前を呼ぶその声は悲嘆に暮れており、人影が聖女の死体に走り寄っていく。

背格好は聖女と同じくらいで、まだ若い衛兵のようだった。

しかしそれを気にもしないように少年はただ自分を抱えている男の方だけを見つめていた。


「え、おじさんもしかして……」


男がその声を聞いて、後ろを警戒しながら窓に足をかけると、少年が窓の下を見下ろしながらキラキラとした目で男を見つめた。


「お前、後で後悔しても知らねぇぞ。さっきのウルってやつに頼めば逃げられただろう」


男は呆れたようにそう言いながら懐にキセルをしまって、顎をひく。


「後悔なんて、生まれた時点でしてるよ」


そう少年が言えば、男は一瞬目を丸くして、そのあとフッと笑った。


「俺と同じだな」


「何者だお前!」


後ろで泣いていた男がこちらに走ってくる音が聞こえた。


「舌噛むんじゃねぇぞ!チビ‼」


こちらに向かってきた男の剣が空ぶって、男は少年と共に窓の外の崖へと飛び降りたのだった。

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