第5話
太刀が振り下ろされ、少年の体は真っ二つに割れた。
人形のように力が抜けた体はグシャっと嫌な音を立てながら倒れ、白いタイルの床に赤い血が広がる。
それを確認した男は太刀についた血を払い、鞘の中に収めた。
「すまねぇな。まだ小さいのに」
男はぽつりとそう呟いて、くるりと踵を返すと窓を開けた。青白い月光が部屋に飛び込んできて、部屋に充満していた鉄臭い空気が薄れ、冷え切って澄んだ空気が男の頬をくすぐる。
「俺、まるで魔王みたいだ」
男はぽつりと出たその言葉にフッとあざ笑うかのような笑いをこぼした。
「いや、実際魔王か。世界にとっての正義を俺は皆殺しにしたんだから」
窓のサンに腰かけ、懐に入ったキセルを取り出し、窓にコンと逆さにして打ちつければカスとなった煙草が崖下へと落ちていく。
そして腰につけていた小袋から葉っぱを一つまみ取り出し、先端に詰め込んで火をつけた。
焦げ臭く、しかしどこか懐かしい匂いが辺りに充満し、煙が月に吸い込まれていく。
それをぼーっと見つめながら、黄昏ていた男だったが、そんな彼に声をかける者がいた。
「おじさんは本当に世界が嫌いなの?」
その声が聞こえた瞬間バっと後ろを振り向いた男は目を丸くした。
男の視線の先にはさっき切ったはずの少年が、まっすぐに破れた服を身にまとって、その吸い込まれそうな若草色の瞳をこちらにまっすぐに向けている。
「お前なんで生きて……確かに真っ二つにしたはずだぞ」
男が驚き半分、警戒半分と言った様子で彼に話しかければ、その問いに答えたのは少年ではなかった。
「あーあ、ほんと容赦ない。お前のせいでこいつが一回死んじまったじゃねぇか。あーあ面倒くせ」
頭を掻きながら少年と同じ顔をどこからかひょっこりのぞかせ、少年の横に並ぶ少年の分身。
「お前、その口調……まさかさっき俺に化けてたやつか」
「ご名答~。倒せなくて残念だったね、低能君」
男が懐から短剣を投げようとして、それから少年を守ろうとウルが前に出る。
しかしそれを止めるように少年が叫んだ。
「ちょっと待って‼おじさん!ウル‼」
その言葉にピタリと止まった二人。ウルは信じられないものを見るように彼を見つめていたが、少年は彼を手で優しく押しのけて、真剣そうな顔をしてゆっくりと男の前へと歩み寄る。
「ねぇ、おじさん」
「おじさんじゃねぇって言ってるだろ」
「じゃあなんて呼べばいい?」
「……お兄さん」
「そうじゃなくて名前」
「教えるか馬鹿」
男はそう言うや、否や少年の頭に短剣を突き刺す。
「あ!てめぇ!?」
ウルが今にも襲い掛かりそうな剣幕で床を蹴りそうになったのを少年は手で制す。
「大丈夫、さっきよりは軽傷だから」
そう言って頭に刺された剣を自分の手で抜いて見せる少年。
するとみるみる血が体に戻っていき、切り裂かれた患部も瞬きの間に戻ってしまった。
それを絶望とも、驚きとも取れる顔でじっと見つめていた男は目を見開いたまま固まってしまった。
少年はそんな男を瞳の中に収めて離さない。
「見ての通り僕は死ねない。こんな体だけど、僕には世界を救うっていう使命があるんだ」
少年が話し出してから、ウルは何かを悟ったのか青筋が立っていた手をひっこめ、少年の後ろに静かについた。
「言っておくが、ここで俺を殺すつもりなら俺はどんな手を使ってもお前を殺すぞ。それが俺の生きている理由だ」
「話は最後まで聞け、低能」
「は?」
ウルと男の間に火花が散ったが、それには気にも留めないように少年は話し続ける。
「おじさんを殺すつもりなんてないよ。ウルが殺せないなら僕が殺せるわけないし」
「だからおじさんじゃねぇって」
「……僕は確かに世界を救える。そのためにこの世界に呼ばれたし、みんながそれを期待してる」
男は意味が分からないと言った様子で首を傾げた。
世界を救うはずの少年がどうしてこんなことを自分に話しているのかまったくわからなかったからだ。
「ねぇおじさん、おじさんの生きてる理由って何?」
「は?なんでそんなこと……」
「何?」
首を傾げながら男の声なんて聞こえていないように同じ質問を繰り返す少年。
この一言で少年は引く気がないと男は悟った。
男はあきらめたように咥えたままだったキセルを離し、ため息とともに煙を吐き出した。
「……人類を滅ぼすこと」
伏目がちにそう男が答えれば少年は年相応に、しかし不気味にもその緑眼を輝かせた。
その表情に男はゾワリと背筋の鳥肌が逆立ったのである。
「おじさん、いいことおしえてあげる」
そういうと少年はくるりと踵を返して床に落ちていた絵本と消えた蝋燭を拾い上げる。
絵本を開いて、平和そうに手をつなぐ人々が描かれたページを男に見せた。
「ルナーエが持ってくるのはいつもハッピーエンドの絵本。いつかこんな世界を作れたらいいねって何度も何度も物心ついたときから教えられてきた。でもさ、ウルに教えてもらったんだ。彼女や教会の人たちが僕について知らないこと……」
ウルが指を鳴らせば蝋燭に火がつく。
「僕はね――」
ボッと火が絵本に燃え移り、その絵がどんどん燃えていく。
その光景をただ呆然とした様子で見つめる男。
少年は燃やした絵本を床に落として、窓の前にある備え付けの椅子の上に上って男の顔を自分の手で包み込んだ。
「僕は世界を滅ぼすこともできるんだよ」
パチッと燃え尽きた絵本から飛び出た火花の音が部屋に響き渡った。
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