第4話
気を取り直したかのように男は扉に向かいながら一旦煙を吐く。
扉の前につくと、男は迷わずノブに手をかけた。
血で赤く染まり、神官の遺体が寄り掛かった白い扉を、遺体を蹴りながら開ける。
そして蹴った遺体をその部屋の中に投げ入れ、危険がないことを確認するとゆっくりと部屋の中へと入ってきた。
白を基調とした内装に一人が寝るにしては大きすぎる蚊帳のついたキングベッド。天井の真ん中には大きなシャンデリアが吊られ、天井全体には翼の生えた天使たちが描かれている。
男の視線は部屋の奥に1つだけある窓に向けられていた。
まるで生糸のように滑らかな金髪、ペリドットを埋め込んだような淡くも透き通った緑眼。その幼くも、年相応な健康的で白く艶のある肌には、不釣り合いな金糸があしらわれたブラウスと分厚い黒革で作られたパンツを身に着けた少年が立っていた。
窓の前で少年はただ静かに男を見つめる。
男が部屋の真ん中までくると少年は身を守るように、壁にへばりついた。
「驚きすぎて声も出ねぇか。チビが一人。扉の前のあの厳重さを見てもお前が世界の種で間違いないんだろうが……案外あっけねぇな」
男は一瞬憐れむような目を少年に向けた後、短剣をもう一本取り出し、床を踏み込む。
少年を見ながら人のよさそうな笑顔で、短剣を構えた。
「安心しろ、まだ子供だ――あいつらとは違って痛みなく逝かせてやる」
彼の足が床を蹴り、少年の首めがけて短剣が走った時だった。
「いやいや、あっけなかったら意味ないだろ」
そう声が聞こえて、火花が散り、短剣が弾かれる。
男はハッとして後ろへ飛び退り、少年の後ろに気配もなく立っていた人物の顔を見て目を見開いた。
「どうした、死人にでも会ったような顔して……あーあ面倒くさ」
ニンマリと笑った唇が襟巻から覗いて、土塊色のサングラスと横で結った黒髪が顔を隠す。
血がしみ込んだ着物も羽織もすべてが男のものと一緒である。
しかし少年はその分身に向けてあの名前を呼んだ。
「ウル!」
「お前も
男が先ほどとは打って変わった殺気を含んだ視線を自分の姿をした何かに向ける。
「そんな半端ものと一緒にしないでくれ……僕はもっと純粋な存在だ」
「そうか……仮にそうだとして、お前。その後ろのチビをこちらに引き渡す気は?」
「あったら、剣を弾いたりしないでしょ、低能」
「そうか。なら、殺すだけだ」
男は先ほどとは打って変わって獣のような眼光を放ちながら、自分の分身へと目にもとまらぬ速さで、刃を異なった方向から投げる。
しかしその刃は分身に届くことはなく、彼の肌に触れる寸前で止まりはらりと落ちた。
それを見た男はチっと舌打ちをして、またウルと距離を取るように後ろへと飛ぶ。
「あれあれ、もう終わりか?殺すとか、言っておきながら情けないな」
彼が手をポンと叩けば彼の手から男が使ったような刃が飛び出す。
それを見た男は瞬時にその場に伏せて頭上で交差する刃を躱して見せた。
そのような姿に分身はほうと感嘆の声を漏らす。
「すごいね、君自分の技を完全に理解してるんだ。感覚に頼りっきりの天才肌ほどこの攻撃はきついはずなのに、よく耐えられるもんだ」
「あともうちょっとなんだが……チっ」
ウルはそう言いながらも攻撃の手を緩めない。それを適切に躱していく男とウルの戦いはまさに平行線といった状態のように見えた。
しかしそれはただの錯覚だった。
「っつ!?」
男の懐に短剣が入る。それは男の反射神経を持ってしても避けられないほどの。
「あーあ、積んだな」
ウルがハッと笑う。
短剣が男の首元に突き立てられた。
男は苦笑いしながらウルを見つめる。
ただ目の前の敵を排除すると言う機械的な視線。
それを冷静に見据える男は次の体の動きにシフトしようとした。
男が一瞬動かなくなった瞬間に、何十本という短剣が男の体を囲み、肌に触れるか、触れないかと言うところで止まる。
「さぁて、どう料理しようかな」
「……化け物め」
男はあきらめたようにウルを見つめた。
ウルが手で短剣を弄びながら男を見つめていれば、くいっと彼の袖を引くものがいた。
その者の正体に男は目を見開く。
「何、出来損ない」
ウルが眉を顰めながら見つめる先には少年が静かに彼を見上げている姿があった。
少年はフルフルと首を振って何かをウルに訴える。
「はぁ?殺すな?お前頭まで出来損ないなのか?」
それでも少年は少し戸惑うように瞳を揺らしながらも、今度はもっと強くウルの袖をひいた。
「しらない、こいつは殺す‼」
「‼」
ウルがうざったそうに少年を突き飛ばした。
少年はぺたりと尻もちをついた瞬間に辺りにドカンと大きな音が響きわたり――
「やれるもんならやってみろよ、偽物」
ふと後ろから声が聞こえた。ウルははっとして少年を腕の中に匿いながらも、男が振り下ろしてきた短剣を弾く。
「兄弟喧嘩なんてつまらねぇことやめろよ、俺も混ぜて殺しあおうぜ」
クツクツと笑いながら一気に防戦一方となったウルを追いつめていく。
「お前どうやってあの状態から出た!?」
「はぁ?種明かしする手品師がどこにいるんだよ。死んで神様にでも聞くんだな」
ウルが男を囲んでいたはずの短剣はなぜかすべて床に落ちており、それを呼び戻そうとしても短剣はピクリとも動かない。
「っち‼この化け物!」
「誉め言葉ありがとう」
男はさっき自分を追い込んだ自分の技を繰り出す。
「ハっ‼そんなのもう当たらねぇよ!」
ウルがそう言ってさっき男がしたような動きをした時だった。
「なーんてな」
男がいたずらっ子のような意地の悪い笑顔を見せる。
刃はなぜかさっきとは違い、それぞれ違う方向へと交差していった。
下にしゃがむことで避けようとしていたウルは、それに瞬時に気が付き、横へと転がったがその先にも刃が待ち構えていた。
グサッ‼
生々しい音が部屋に響き渡る。
彼自身の分身を男が太刀で一刀両断したのだ。
「あーあ、やっちまった」
ウルの体は半分にされた瞬間に薄れていき、その場から光となって消えてしまった。
静かになった部屋に少し早くなった少年と男の呼吸音が響く。
――男がゆっくりと少年を見る。
少年も先ほどと変わらず静かに彼のことを見つめていた。
男は静かにさっきウルや聖女を殺した太刀を大きく振り上げる。
すると少年が今まで閉じたままだった口を開いたのだ。
「そんなに世界が嫌い?おじさん」
すると男は一瞬だけピタリと動きを止めた。
「おじさんじゃねぇ、俺はまだ20代だぞ」
太刀が少年に向かって振り下ろされた。
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