ファーストキス

「ねねっ! 冬夜くんってキスが上手そうだけど、どうなの!?」

「キスだけじゃないっしょ」

「まだ昼間ですよー? 夜に話しましょう、夜に。夜。夜かぁ。激しそうだよね、冬夜くん」


 なんてこと聞いてくるんだ!!


 幸いなことに、友だちができた。これでいじめも乗り越えられる! って思ったけど、まだいじめられてない。

 だけどいじめって、いつ始まるかわかんないから気が抜けない。

 でも今はそれどころじゃない!


「えぇっと……」


 中学の時から付き合っててなにもしてないって、絶対変に思われる!

 どうすればいいんだろ!?


「み、みんなの想像通りだと思うよ!!」


 もうこれしかないよね。だって、ほっぺとかおでこにキスだけだし。そんなの、幼稚園児でもしてるよ! とか言われたら立ち直れない。

 だからこれが最善の切り抜け方、なはず。


「「「そ、そっかぁ……」」」


 えっ!?

 なにその憐れむような目は!?


 嘘がバレたのかと思ったけど違った。

『寝不足なら寝ときなよ?』とか、『しんどかったらちゃんと断るんだよ?』とか、『キスマーク、上手く隠してて気づけなかったよ、ごめんね』とか言われた。

 あたしが予想した以上にいろんな想像をされてるっぽいけど、訂正する勇気なんてないので黙っておく。


 ***


「注目!」

「なになにー?」


 今日はあたしの部屋でテスト勉強中。冬夜は頭がいいけどあたしは普通。少しでも油断したらヤバイ。だから、ヤバイ。

 だって、この前の恋バナが頭から離れないんだもん!


「あたしが手に持っているものはなんでしょーか?」


 顔を上げた冬夜に満面の笑みを向ける。


「僕が貸してるダンベルが、紐で繋がってる」

「正解!」

「あのさ、今勉強中だよね? 運動するなら後にしよ? 僕に見えないようになにかしてるなって思ったけど、よくないよ?」


 わかってる。わかってるけど!

 でもスッキリしないと勉強できないから!!


「お願い! 今は付き合って! 終わったら勉強するから!」


 ちょっと必死すぎたかもしれない。

 それぐらい、追い詰められてる。


 そんなあたしの気持ちが通じたのか、冬夜が姿勢を正してくれた。


「僕はなにをしたらいいの?」


 きたーーー!!!


「へへっ。じゃあ立って! 肘曲げて、両手を肩の高さでそろえて。手の平を上にして……、そうそう。で、この紐は握らずに持ってて」


 嬉しくて笑い声がもれたけど、冬夜の気が変わらないうちに作業を進める。


「こうやって持つと重いね。これでなにするの?」

「今から、ダンベルが軽くなるマジックをします!」

「なにそれ。すごい!」


 目がキラキラしてる冬夜に、顔のニヤけが止まらない。好きだよね、こういうの。あたしも好き。だから思いっきり驚いてもらうんだ。違う意味で。


「目を閉じて下さい!」

「これでいい?」

「うん!」


 いざ!


 あたしは急いで隠していた写真を冬夜の手の上へ置いた。そして、彼の足元にクッションを用意する。

 最後に、ハサミをかまえた。


「なにおいた――」


 プツン!


「おわっ!?」


 ボスン!!


「っぷ!!!」


 静まり返ったあたしの部屋。

 ダンベルの紐を切れば、反動で冬夜の両手が彼の顔面にヒットする。もちろん、写真と一緒に。ダンベルはクッションに無事落ちたけど、やっぱり派手な音がしたな。


 ど、どんな反応するかな?


 ゆっくりと顔から手を離す冬夜が、写真を凝視してる。

 次の瞬間、彼は見事に真っ赤になった。


「あっ、あ……」

「びっくりした?」

「ごめん、帰る!!」


 またぁ!?


 中学の時もたまにあった。けど、高校になってから冬夜はすぐに帰ってしまうことが多くなった。だからあともうひと押しなのに、冬夜の理性を壊すことができない。


「だってだって……」

「だって?」


 約束が、とか言うんでしょ?


 先が読めてしまうことが悲しい。でもそのおかげで、あたしの気分も落ち着いた。今日は諦めよう。


「僕たちのファーストキス記念日、記録しなきゃ! この写真の柑奈もかわいすぎだし早く保管しなきゃ!!」

「えっ!?」

「じゃあまた明日!」

「うわぁっ!」


 思いっきり抱きしめられて、固まる。そんなあたしに冬夜は顔が赤いまま手を振って、『かわいすぎる。今日の夢は絶対良い夢』とか言いながら、嵐が過ぎ去るように帰っていった。

 いつもなら寂しい気持ちになるけれど、今日は違う。


 約束じゃなくて、記念日なんだ。

 ファーストキス……。


「へっへへ〜!!」


 嬉しくて変な声が出る。それぐらい幸せだ。

 実際にしたわけじゃないけど、あんなに喜んでくれた冬夜がかわいすぎたから、大満足。

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