怪我

 冬夜と桜並木を歩く。

 

 絵になるなぁ。


 桜が似合い過ぎて、目が追いかけてしまう。

 でも背の高い冬夜をどうしても見上げるので、何度も目が合う。


 幸せそう。


 頬がほんのり染まる。まるで少女漫画のヒロインみたい。いや、ここはヒーローか。あたしの顔も熱いけど、モブとして背景の一部になってそう。


「いいなー」

「冬夜くんみたいな彼欲しい」


 気持ち、わかる。


 聞きたくないけど、拾ってしまうあたしの耳。でも、冬夜みたいな素敵な男の子と幼なじみなのが奇跡の始まりなんだ。そうじゃなかったらあたしなんて、見向きもされない。


「それならあれだよ、彼女の真似するしかないって。身長は低め……は真似できないから、ふわっとした感じのメイクと黒髪に戻してポニテしかないじゃん」


 聞こえないフリをしても、歩き続けても、目線が声の方へ動いてしまう。

 おかしそうに笑い合う女の子三人組は、みんなかわいい。もちろん、あたしよりも。

 だからそんな下らないことをしなくても、本気を出されたら冬夜の心を揺さぶるはず。


 あたしだって、冬夜の周りにかわいい子が多くて不安だ。


 いじめが怖い。でもそれ以上に、冬夜があたしのことを好きじゃなくなるのが怖い。

 そう考えるあたしの足が止まりそうになった瞬間、肩がグイッと強引に引き寄せられた。


「俺は柑奈だから好きなんだ。どんなに真似されたって柑奈以外眼中にねーから」


 いきなりの行動と言動に、ぽかんとしてしまう。そんなのお構いなしに冬夜は周りを威嚇するようにひと睨みして、肩を抱き寄せたまま歩き出す。


「ちょ、ちょっと! そそそ、そんな恥ずかしいこと言わなくても!!」

「あ? まだ俺たちの関係を理解してねー奴がいるみたいだからな」


 嬉しいけど、目立ちすぎ!!


 わざと大きな声で話す冬夜の横腹を軽くなぐったけど、鍛えられた腹筋に跳ね返される。

 小さな悲鳴がいろんな方向から聞こえた気がしたけど、頭はパニックのままだから幻聴だったかもしれない。

 どちらにせよ、現実を受け止めたくない一日の始まりだった。


 ***


「お邪魔しまーす」

「柑奈おそかっ――」


 玄関で別れて、入念に準備をして、冬夜の部屋に来た。

 本当ならもう少しアピールする予定だったのに、あたしが言う前に冬夜が気づいた。しかも、尋常じゃない速さで目の前に来たし。


「腕、どうしたの?」

「えーっと……」


 うっ。本気で心配されてる。


 ちょっとした仕掛けがある。でも冬夜の澄んだ目があたしの良心を刺激してくる。

 よく考えれば恥ずかしいことをする。だから、思わず腕を隠した。


「なにがあったかわかんないけど、包帯ゆるいから巻き直すよ」


 冬夜はほんと、優しい。


 疑いもせずあたしの腕が痛まないように触れてくる。やっぱりこれはやめよう! ちゃんと言葉にしなきゃ! と思ったのに、手遅れだった。


「あたしも……?」


 包帯のすきまから文字が見えてる。

 だからもう、やるしかない。

 でも恥ずかしいからそっぽを向いて、無言で冬夜に腕を差し出した。


「あたしも、冬夜だから好きだよ。今日の朝、はっきり言ってくれて嬉しかった。あたしの彼氏になってくれて、ありがとう……」


 するすると包帯をほどきながら、冬夜がぽつりぽつりと読み上げる。まずい。あたしの肌はきっと真っ赤。もう冬夜を直視できない。

 そんな葛藤が吹き飛ぶほど、強く抱きしめられた。


「柑奈ありがとう! 僕も大好きだよ!」

「まっ、おち、ついて!」

「ごめん! 嬉しくて……」


 さすがに本気出されたら、あたしはつぶされるしかなくて。でもそれぐらい、冬夜が喜んでくれたのがわかって、あたしも嬉しい。ちょっと泣いてるし。こういう所、すごくかわいい。


「じゃあ帰って?」

「なんで!?」


 こんな良い雰囲気なのにひどくない!?


 違う意味で、今度はあたしは涙目。今からいちゃいちゃするんじゃないですか!? って、心の中で叫ぶ。


「僕も男なんだよ? わかってよ」


 大切にしてくれてる。それはわかる。

 でもさ、もう高校生だし、ちょっとぐらい約束破ってほしい。

 冬夜にとって、約束の方が大切なの?


 なんて言えるはずもない。

 あたしも『絶対約束守る!』って言っちゃったし。

 だからギリギリ許されるラインを探っていちゃついてるわけだし。


「……わかった」

「ごめんね」


 悲しそうに見送ってくれる冬夜になにも言えるはずがない。辛いのはお互い様。

 でも、男の子が我慢できるぐらいの魅力しかない自分に問題があるのかもしれない。

 なんて考えたらもっと悲しくなって、振り向かないで自分の部屋に戻った。

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