冬夜くんと遊ぼう

ソラノ ヒナ

香水

「舐められたら奪われるっ!」


 気合い入ってますね。


 今日は高校の入学式。今は自分の教室に移動中。クラス一緒なのにね。

 隣でブツブツ呟いているブレザーがよく似合う彼は、あたしの幼なじみで彼氏の冬夜とうや

 付き合ったのはいつから? って言われると、たぶん中学生から、って答える。

 そんな曖昧な感じになるほど、ずっと好き好き言い合ってて、当たり前のように彼氏彼女になったから。


柑奈かんな、男はみんなケダモノだ。僕から離れちゃダメだよ?」

「はいはい」


 誰も近寄ってこないって。


 だってこんな大男が番犬のように目を光らせていたら、近寄れない。中学の時はまだ理解してくれる友だちばかりだったけど、ここは高校だから変な目で見られるだろうし。


 冬夜はかっこいいから、いじめられなきゃいいな……。


 よく、少女漫画である話。

『何であんな女が冬夜くんと仲良いの?』

『彼女!? あれが!?』

『余裕で奪えるんじゃない?』

 とかとか、言う人だっているはず。いや、いるんだ。そう思っておかないと、いじめに耐えられない。

 それぐらい、中学までのほほんと生きてきたから、これからの生活が怖すぎた。


「緊張してる?」

「平気」


 冬夜には気付かれないように前だけを向く。

 心配し過ぎて保健室に担ぎ込まれたら、それこそ今以上に注目の的になること間違いなし。

 頭痛がしてきたけど、教室に着いたから冬夜に笑顔で手を振って、自分の席へ向かった。


 ***


「なんでなんでー!!」

「だってだってー!!」


 思わずハートのクッションを投げつける。でも見事にキャッチした冬夜は反抗してきた。


「『柑奈の彼氏は俺だ。手を出そうとする奴は覚悟しろ』なんて、自己紹介で言う人いないから!!」


 自分のベッドに飛び込んで、まくらに顔を埋める。

 冬夜は外では俺なんて言って、わざと怖い人を演じる。

 あたしや家族の前だと僕。そのままでいいのに。


 恥ずかしい。

 あり得ない。

 ちょっと嬉しかったとか知られたくない!


「でもさ、柑奈はかわいいし、僕の予想以上にかっこいい奴が多くてさ! 柑奈によそ見してほしくないし!」


 しゃがみ込み冬夜が、今は小型犬のようにギャンギャン騒ぐ。

 でもそれが原因じゃなくて、彼の言葉に思わず睨みつけた。


「あたしのことかわいいって言うの、冬夜だけだし。それに何度も言うけど、よそ見なんてしないから」

「柑奈はかわいいよ!!」


 そうじゃない!!!


 冬夜がちゃんと話を聞いていないので、今日試そうと考えていたイタズラを仕掛けてやることにした。


「いつもかわいいって言ってくれてありがとう。でもさ、じゃあなんであたしの変化に気づいてくれないの?」

「変化?」

「そう。今日つけてる香水、違うんだよ?」


 不思議そうな顔をしてる冬夜へ、あたしは体を起こして手招きする。首元をちょっとはだけさせて、ここだと言わんばかりに誘い込む。


 香水、変えてないけどね。


 冬夜とお揃いの香水なのに、つけた人によって香りって変わる。だけどすぐ嘘に気づかれるだろうから、一瞬でやり遂げないと。


 あと少し。


 切れ長の目を伏せて、冬夜が近づいてくる。なんでこんなことをしているのか忘れそうになるぐらい、ドキドキする。


「……ん? いつも――」


 ちゅっ。


 はっずかしい!!!


 冬夜のおでこにキスをして、思いっきり距離を取る。どうだ。これがカップルドッキリだ!

 予想通り動きが止まった冬夜だけど、この瞬間がたまらなく好き。魂の抜けたような顔とか、かわいい!


「こんなこと、冬夜にしかしないから! 冬夜が一番、かっこいいから!」


 言っちゃったー!!!


 叫びたい。今すぐに。

 でも冬夜が落ち込むぐらいなら、どんなことをしても元気づけたい。


「ドッキリ大成功!」

「帰る」

「えっ!?」


 怒った!?


 あたし以上に距離を取って、冬夜が無表情で歩き出す。入学初日にこんなことになるなんて、バカなことしなきゃよかった。


「これ以上ここにいたら、その……」


 泣きそうになったけど、冬夜がしゃべってくれる。だから今度は何もせず、ちゃんと聞く。


「柑奈のこと、襲っちゃいそうだから!!」


 襲ってほしいよ!


 走り去る冬夜を止めることができない。

 結婚するまで清い交際をする。

 それがお隣、冬夜の部屋のベランダとあたしの部屋のベランダを繋ぐ橋をかける条件。

 あたしと冬夜の両親は交際を認めてくれたけど、こんな条件のせいでちゃんとしたキスもまだなんて。

 悲しくなって、ちょっと泣いた。

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