(3)守りから攻めへ

(なんだ、この威力。こんなひょろっとした男が出せる力か?)


 マチアスが石に乗っ取られた男の攻撃を受け止めた瞬間の、抱いた感想だった。

 まるで巨漢や大型の熊の魔物を相手にしているかのような、威力である。


 テレーズが袋を抱えて、その場から離れたのを確認すると、力を移動させながら、硬直状だった剣をするりと離した。

 男の刀の切っ先が地面に落ちる。

 衝撃で地面にうっすら切れ目が入っていた。

 ひゅっと息を飲みつつ、背中に回った。


(駄目だ。本気で攻めないと、俺が殺される)


 テレーズが打開策を生み出すために、せめて数分は稼ぎたいと思っていた。

 だが、それを考慮するための、余裕は生まれそうにない。


 攻撃を受け流しながら、マチアスは男の背中をとる。

 しかし、敵は顔の向きを変えずに、右手で持った刀を横から勢いよく後ろに振ってきた。


 のけぞりながら、それをかわす。

 背中に目でもついているのではないか、という勢いで、的確に狙ってきた。


 敵が体を向ける前に、マチアスは剣を突きだして追撃する。

 だが、軽々と刀で弾かれた。


 さらに敵は刀を両手持ちに変えて、一気に振り落としてきた。

 それをかわしそこない、左腕が切られる。


 男は攻撃の手を緩めずに、次々と刀を振ってくる。

 それを下がりながら、剣で受け止めるので精一杯だ。

 じっくり敵の出方を伺いたいが、この連撃では無理だ。


 ふと、額に水滴がついたのに気付いた。

 顔を上げると、目を大きく見開いて、慌てて後ろに飛びのいた。


 動かない男の頭上に、巨大な氷の固まりが落ちてくる。

 彼は見向きもせず、片腕を真上につき上げた。瞬間、氷は粉々になって消えていく。


 マチアスの視界の端では、テレーズが手を広げて、両腕を前に突き出していた。

 唇を軽く噛んでいる。

 男は口元に笑みを浮かべた。


「石を調整できるとは言っても、その程度か。操るというのはこういうことだ!」


 男が地面に勢いよく刀を突き刺すと、そこを起点として地割れが広がった。

 戦闘を見守るために、出入り口付近にいたルルシェが、慌てて移動する。

 地割れは部屋の出入り口を真っ二つにしながら、走っていった。

 あのまま突っ立っていれば、足をとられて、落ちていたかもしれない。


「ふむ、少し外したか。あまり使い手としてはいい人間ではないようだ」


 彼は生身の体を慣らすかのように、右手を開いたり閉じたりする。

 マチアスは地割れを飛び越えて、意識が他に向いている男の頭上に剣を振り下ろした。

 敵はそれを片手で持った刀で、軽々と受け止めた。


「それよりも、まずはお前からだったな!」


 マチアスの剣を押しのけて、笑いながら刀を振ってくる。

 そこで下がりそこない、右わき腹を切られた。血がシャツの表面に滲み出てくる。

 致命傷ではないが、攻撃の手が鈍くなるのは避けられそうにない。


 痛みに耐えながら、奥歯を噛みしめて、次の攻撃を受け返す。

 途中、テレーズが再度氷の固まりを出したり、地面を緩くしたり、様々な事象を試みて奇襲をかけていたが、男は軽く目をくれるだけで、当たりはしなかった。

 やがて彼女は打つ手をなくしたのか、追撃をやめた。


「所詮は無駄な足掻きを」


 たしかに彼女の攻撃は当たらず、表向きは無駄な行動だったかもしれない。


 だが、マチアスにとっては、貴重な時間だった。

 攻撃を緩められた僅かな時間を使い、敵の動きを少しでも分析できたのだ。


 男の攻撃は力と勢いがあるだけで、中身は意外と単調ということに気付く。元の体が戦いに慣れていないため、複雑な動きができないのかもしれない。

 しかも、体力がないのか、徐々に動きが悪くなっていた。


 接近されたところで、マチアスは切っ先で刀を弾く。

 それまでは刃の中腹あたりで行っていた行為を、若干位置をずらす。

 男は返され方が今までと違うのに気付き、やや眉をひそめる。


 その間にマチアスは片手で剣を操り、突きをしながら、攪乱していった。

 相手は後退しつつ、かわしていく。

 マチアスは途中で一瞬攻撃の手を止めた。

 それから思いっきり踏み出して、突きをする。


 敵は鼻で笑いながら受け流す。

 そして真横に踏み込んだマチアスを悠々と切ろうとした。


 だが、マチアスが目潰しの砂をまく方が先だった。

 砂が目に入ると、男は動きを止め、目をこする。


 その隙に背後に回り込み、鞘で背中を思いっきり叩いた。

 男の体がのけ反る。

 もう一回殴ると、耳に通るような声が入ってきた。


「――マチアス、ありがとう。準備はできた」


 振り返ると、凛とした佇まいのテレーズが弓に矢をつがえていた。

 その先端は石の固まりがくくりつけられ、青く光っている。


「石よ、その者から退きなさい」


 テレーズが射ると、矢は男の体と接触した。

 男は悲鳴をあげながら、体を屈める。すると体から赤い霧のようなものが出始めた。

 やがて赤いものが抜けきると、キラトは糸が切れたかのように倒れ込んだ。


『調整者、せこい真似を……!』


 赤い霧の固まりから、声が聞こえてくる。テレーズはさらにもう一本つがえた。


「魔物は石に強く影響を与えられてできた生き物。あなたもそれと同じ原理のようね。石にはそれぞれ違いがあり、今放ったのは魔物と真逆の性質を持つものよ」


 矢を握る手に力がこもる。


「あなたは意識だけの存在であり、何かに寄生しなければ動くのもままならない」

『だったらどうした。それなら、お前に憑りつくまでだ!』


 石の意識はテレーズに向かって、真っ直ぐ飛んでくる。しかし、触れる直前でペンダントが光り、それを跳ね除けた。


「残念ながら、私には守ってくれる人がいてね、その程度の力で私はあなたには落ちない」


 赤い霧がその場に留まる。その意識がマチアスの方に向かれた気がした。


 テレーズは顔を引きつらせる。

 途端、赤い霧はマチアスに向かってきた。

 マチアスはロングソードを両手で持って、立ち向かう。


『そんなもので切られるものか!』

「やってみなければわからない!」

「駄目、マチアス、逃げて!」


 テレーズが必死に声をあげるが、マチアスは逃げなかった。

 石の意識なんかに支配されるわけがない。

 いや、その前に叩き切ってやる。


 目の前にきた赤い霧を切ったが、それは左右に分かれただけだった。

 次の瞬間、赤い霧がマチアスの体を包み込んだ。


 全身に何かが入り込んでくる。頭の中にねっとりしたものが浸食してきた。

 頭の中を見られているような不快な気分だ。


『ははは、そうだったのか。そんなにあの女が欲しいなら、殺してしまえばいい。そうすれば永遠に自分のものになる!』


 脳内に直接声が響いてくる。

 自分の意識が少しずつ遠のいていく。

 やがて声にならない悲鳴となり、マチアスの意識はそこで飛んだ。






 テレーズはマチアスの体の中に、石の意識である赤い霧が入り込んだのを見て、攻撃の手を止めた。彼は立ち尽くして俯いたまま、一歩も動かない。

 弓矢を下ろし、様子を伺っていると、後ろからルルシェが近寄ってきた。


「テレーズ、どうなったの?」

「マチアスはキラト副団長の代わりに、石の意識に乗っ取られそうになっています。副団長は、今ならただ意識を失っているだけなので、連れ出してもいいと思います」


 彼女は礼を言い、急いで副団長のもとに駆け寄った。

 揺すったり、軽く叩いたりするが、目覚めなかった。仕方なく肩に腕をかけて、引きずりながら戻ってくる。

 ルルシェはテレーズの横で、巨大なレソルス石を指さした。


「一つお願いがあるの。あの石の固まり、テレーズなら壊せる?」


 テレーズは微動すらしないマチアスから視線を逸らさずに、質問を質問で返す。


「調整ではなく、破壊ですか? そもそもあれは壊していいものなのですか? 資源団は石を円滑的に供給する団ですよね。そんなことしたら……」

「だけど、あの石に頼り続けるのは難しいという、未来予測が団内で出ている。それは団長も副団長も、そして一部の学者たちも認めていることよ」


 ルルシェはキラトを度々揺らして起こそうとする。


「たしかに調整という手もあるかもしれない。キラト副団長は石をできる限り長く使いたがっているから、調整したいと主張していた。でも、今の不安定な状態の石の調整をしたら、おそらく調整者は死ぬわ。最悪、失敗して、無駄死にで終わるかもしれない」


 死という言葉を躊躇いなく使われ、眉をひそめる。


「歴代の調整者から話を聞いた限り、レソルス石というのは地殻から吸い取った力を蓄えていた石なの。でも、その吸い出しが上手くいかなくなったせいで、地震が起きるようになった。その現象は、石が限界ということを暗に示しているそうよ。たとえ、今回調整を試みて、上手くできたとしても、騙しながらも無理に使っていけば、すぐに地震は再発し、都市は崩壊するでしょう」

「だから、その前にレソルス石を壊せということですか。文明が発達したのは、石のおかげなのに、随分と勝手な話ですね。……もし壊せたとして、今後の保証はできているのですか? 突然石がなくなれば、人々は混乱します」


 ルルシェは力強く首を縦に振った。


「ええ、もちろん。一部の地区では石なしで行動し始めている。今のところ大きな混乱はないそうよ。都市外では石なしで十分生活ができているのだから、決して無理ではない。もし、大きな騒ぎになりそうなら、私たちが説明して回る。それについても、根回しはできている」 


 そこまで先を見据えて動けているのならば、彼女に頼まれた通り、破壊を試みても大丈夫そうだ。


「わかりました。何とかやってみます。ただ、確実に破壊できるとは言い切れません。それにマチアスが……」


 石の意識と対抗しているのか、依然として微塵も動かない。

 今の状態でおおもとである石を壊したら、彼の精神がどうなるかわからなかった。

 弓を握りしめる手に力がこもる。


「きっとマチアスは石の意識に勝てるわ。弱い心の持ち主ではないでしょう。心配なら、テレーズが声をかければいいのよ」


 ルルシェが妙に自信を持って言う。彼女に言われたとおり、意識を呼び起こすために、声を張り上げた。


「マチアス、戻ってきて。石の意識なんかに負けないで!」


 だが、反応はなかった。逆に地鳴りがする。

 すぐさま激しい揺れがテレーズたちを襲った。立つのも難しく、その場に膝を立てて、頭を手で覆った。


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