(2)悲劇の真相
情報の流入が終わると、テレーズはその場で膝と両手を床につけた。
顔を伏せた状態で、激しく呼吸をする。全身で汗をかいていた。
「おい、どうした。さっさと調整しないか」
キラトはその様子をうろんな目で見下ろしていた。
テレーズは服をぎゅっと掴んで見上げる。
「真昼の悲劇は、どうして起こしたの……?」
「こんな時に聞く話か?」
「今、聞く必要がある! 貴方が仕掛けた以上のことが起きていたのなら、石が暴走した可能性がある。もし石が勝手に動くようなことがあれば、私がここで調整しても無駄よ」
言い切ると、キラトは口を閉じた。
やがて腕を組み、天井を見上げながら目を細める。
「……あの日、私は部屋にある書類を燃やすつもりだった。君の産みの母親と親しくしていた男が、あの部屋で警備団に突き出す資料を集めていたのだ。そこで突き出される前に、火災を起こして、消失させようとした」
「爆破じゃなくて、火災を起こすだけだった? 嘘でしょう?」
実際に起きたことと、話している内容の規模がまったく違う。
火災であれば、時間帯や方法によっては、死傷者を出さなかったかもしれない。
しかし、現実は大規模な爆発が起き、無差別に多くの人が亡くなっている。
キラトを睨み付けたが、彼は神妙な顔つきになっていた。
さっきまでの刺々しい雰囲気とは少し変わってきている。
「信じてくれないとは思うが、話させてくれ」
テレーズは言い返せず、黙り込んだ。
それを了承と見たキラトは話を続けた。
「着火方法は、レソルス石に熱を持たせることだった。部屋を訪問した職員が部屋の中にそれらを滑り込ませて、瞬時に強い熱を出させた。あまりに強い熱を発した傍に紙があれば、そこから発火する。資料だけが燃えればよかったから、部屋全体に火が回る前に、誰かに気付いてもらうつもりだった」
彼はゆっくり歩き出す。
「そこで君のお兄さんが見回りをしている時間帯を狙った。こそこそ動いていたのは知っていて、そこから警備団の人間だというのは調べ済みだった。異常があれば、行動が早い彼なら対処してくれると思った。だが、熱を強く持たせた瞬間、石は勢いよく弾け飛び、連鎖するようにして多くの石が次々と爆発してしまったらしい」
「多数の石が? レソルス石がそこら辺に転がっているわけないでしょう!」
「使える石じゃなくて、既に使い終えた石が反応したと思われる」
キラトは長く息を吐き出した。
「建物の耐久性を高めるために、使い古された石を再利用という名目で、埋め込むことがある。それは道や橋、外灯にも同じことをしている」
「その話は……聞いたことがある」
レソルス石は見えないところでも、多くの場所で活用されている。
何かを起こす力はなくても、普通の石以上に耐久力があるのは、実証されているからだ。
この都市が形成される際に、石が所々で使われたのは有名な話だった。
当時、適当な資源が他になかったせいもあるだろう。
都市を囲む壁、特に内壁は贅沢にも大部分がレソルス石でできているそうだ。
「つまりあの爆発は、きっかけは人為的でも、拡大したのは偶然、いえ、石のせいだっていうの?」
キラトは首を縦に振った。
「それについてはエリアーテも同じ考えだ。それが市民に知られてしまうと、どの石も危ないと思われ、各地で混乱が生じてしまう。だから原因は不明としたのだ」
たしかに、話を聞いている限り、都市が爆弾を抱えていると思われてもおかしくはない。
「だから、今はまず地震を止めるべきなんだ。建物の倒壊を防ぐためもあるが、もし地震の影響で石の連鎖反応が起きたら、それこそ手がつかなくなる。そうなる前に調整者の力が必要なんだ!」
キラトの真の目的を聞き、都市を守るために自然と石に手が伸びる。
だが、石と対話できるかわからない、できたとしても地震が止まるかわからない。
幾多の不安を抱きながら躊躇っていると、追い打ちをかけるかのように、振動が襲ってくる。
何もしないよりはした方がいい――そう思い、覚悟を決めた矢先、突然キラトがその場に膝を付けた。そして大きな声で笑い出した。
キラトが顔を上げたのを見て、背筋に悪寒が走った。とっさにポケットに手を突っ込む。
「はははは、なかなか勘が鋭い人間がいるものだな! 石が暴走した可能性に気付くとは! 調整者、俺の一部にならないか?」
「何を言っているの? 貴方の一部になるなんて、できるはずがないでしょう!」
テレーズの鼓動が速くなっていく。この男はさっきまでとは雰囲気がまるで違う。
よく見ると、キラトの瞳がうっすらと赤くなっているのに気付いた。時間がたつにつれて、その赤さは明らかになる。
「できるんだよ。この男のように、石に魂を捧げればいいんだ!」
意味を理解しかねる前に、男が一瞬でテレーズの間合いに入ってきた。
すぐさま取り出した石を彼の顔に投げつける。石は即座に光り、男は光から逃れるために目を閉じた。
その隙に離れようとするが、移動しかけたところで腕を捕まれた。
「話が終わっていないぞ、女」
身の毛も凍るような声で囁かれる。そして勢いよく引っ張られ、あっという間に背中をとられて、首に腕が回された。男は絞めつけてくる。
「う……」
男の腕を掴んだが、びくともしなかった。
「石との対話? 未だにそんなことができると思っている人間がいたとは、乗っ取った男はたいそう馬鹿な奴だ。もはや対話できる状況は過ぎ去った。レソルス石はただの動かぬ石ではない。お前たちの予想通り、意識があるのだよ」
「あなた……まさか石の意識とでも言うの?」
テレーズは言葉を絞り出して、ちらりと後ろを見る。
さっきまでのキラトではない。魔物と一緒にいた、凶暴な男の方だ。
男は大きく笑みを浮かべている。
「その通りだ。俺はキラトとかいう男が石と対面している時に、意識を乗っ取り、体を借りたのさ。都市を壊すために、この男が一番近そうだったからな」
男はテレーズの頬を軽くつつく。
「地震の原因が、石が不安定であるからと推測した人間たち。それを止められるのは不都合だったから、阻止しようと思った。そんな中、純粋な調整者が都市に来ると聞いた」
首に回る力が強くなる。呼吸が上手くできない。
「唯一石を調整できる人間を生かしてはおけない。到着する前に魔物を放って襲わせたが、死ななかった。都市に来てからは、この男は自ら追っ手を放っていたから、とりあえず様子を見ていた。こいつ、魔物を飼っていたり、裏社会の人間に対して指示を出していたりと、色々とやっていたからな」
都市に来る前に、馬車が魔物に襲われたことは石の意識が差し向けたもの。
その後の路地裏での男たちとの遭遇は、やはりキラトの手によるものだったのか。
そういえば、兄の手帳に魔物を飼っているという記述が残っていた。
もしや、それを知ったために、襲われることを予見していたのか。それとも、石の意識の方で何かを勘づいてしまったのか。
「追っ手をかわしていく調整者がどんなものかと思い会いに行けば、ただの小娘だったとは、笑いものだな。その後、この男はようやく取引をして、お前を誘い出すことに成功した。それに便乗して、今にいたるわけだ」
さらにきつく絞められていく。
「直接殺さなければ、安心できない。余計なことをされる前に、死んでもらおう。お前と同じ、こそこそ動いていた目障りな栗毛の男のようにな。――都市が潰れる前に死ねて良かったな。石に頼りすぎている都市は、地震の衝撃で建物は倒壊するだろう。ついでに連鎖反応も起こして、壊滅状態にしてやる」
「どうして、そんなに滅ぼしたいの……」
「人間たちが愚か過ぎるからだ。有限にあるものを好き勝手に使い、無くなれば欲しいとねだってくる。自然の力で生み出された石を大切に与え続けていたのに、なんと図々しいことか! もう石はなくなるんだよ、お前たち人間のせいでな! その礼だ!」
感情が高ぶった男により、足も地面から離された。
必死にもがくが、まったく動かない。
「はなして……」
悲痛な声が漏れる。意識が遠のき始める。
その時、扉を開けて入ってきた青年が、大きな声で叫んだ。
「テレーズ!」
黒髪の青年がテレーズのことを目で追い、そしてすぐ後ろにいた男を睨みつけた。
「お前、テレーズに何しやがる!」
キラトの意識が僅かにマチアスの方にずれる。
その瞬間、胸元で何かが光り始めた。
それは温かい光であったが、男はまるで熱湯にでも触れたかのように、悲鳴を上げた。
テレーズの首から男の腕が離れ、体が地面に落ちる。
駆け寄ってきたマチアスは、しゃがみ込み、横からそっと抱え込んできた。
優しい温もりに触れて、ほんの僅かだが安堵の息が吐けた。油断すると、気持ちが緩んでしまいそうである。
すぐに気持ちを引き締めて、二人で視線を正面に向ける。
男は顔を手で押さえながら、石の固まりに背をつけていた。
「な、なんだ、その光は……!」
テレーズは胸元を見る。光っていたのは兄から贈られたペンダントだった。
「別の石の意識が宿っている。俺とは真逆の、人間との共存の意志が……!」
怯んでいる隙に、テレーズはマチアスに最低限の情報を伝えた。
「あの男はキラト副団長だけど、今は石の意識に乗っ取られていて、凶暴化している。地震を止められる私を殺し、都市も潰したいそうよ」
「つまり叩くべき相手だな」
こくりと頷く。マチアスに支えられて、ゆっくり立ちあがった。地震の周期が短くなる。平衡感覚が崩れそうだ。
男は両手で顔を覆い、目線を下にして叫んだ。
「くそっ、そんなちっぽけな石で俺に対抗するとは。まとめて殺してやる!」
声を荒げた男の背中から、ぼんやりと赤い霧のようなものが漂っている。
男が使い古した石を持つと、一本の鋭い刀となった。それを両手で持って、こちらに迫ってくる。
「テレーズは下がっていろ。接近戦は得意じゃないだろう」
マチアスに長細い袋を渡され、さらに体を後ろに押される。彼はロングソードを抜いた。
「……すまん、助けるのが遅れた。ルルシェに待てと言われて」
「理由があって、待っていたんでしょう? 来てくれただけで、十分嬉しい。――キラト副団長から石の意識を引き離せるかどうか、試してもいい?」
「頼む。殺したくはない。ただ、時間稼ぎが無理だとわかったら、本気で攻めにいく」
男が駆け寄ってきた。マチアスは両足を開いて、その攻撃を剣で受け止めた。
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