(6)仮初と純粋な調整者

 

* * *




 暗がりの中、二人の男女が、女を前にして階段を下りていく。

 僅かな明かりを頼りに、石でできた階段を歩くと、こつこつと靴音が響いた。


 階段をひたすら下りていた栗色の髪の娘テレーズは、斜め上を見あげた。天井は塞がれており、真っ暗だ。


 資源団の建物を出たあと、鐘塔に移動し、その近くにあった厳重に施錠された入り口から、地下へと向かっている。

 そこは円を描いた巨大な空洞だった。中心には鐘塔を支える台座のようなものが一本伸びている。

 その台座はとても長く、壊れずによく立ち続けられているなと感心させられる光景であった。

 空洞の半径は、鐘塔の広場程度であった。そこを壁伝いに作られたらせん状の階段をぐるぐると回っていく。


 揺れた時は、腰を屈めて壁を掴んでやり過ごしていた。

 入る直前に手の拘束も解かれていなければ、あっという間に足を外して、落ちていたかもしれない。


「さて、底部に着く前に説明をしよう、君の役割を」


 しばらく黙っていたキラトが口を開く。テレーズがもう逃げられない場所まで連れてきた上で、話したかったのだろう。


「まず、君は自分の両親がどこの育ちかは知っているか?」

「アスガード都市だと聞いています」

「その通りだ。君のお母さんは資源団の優秀な職員だった。仕事を進めていくうちに、彼女は団の関係者だった男と恋に落ちたらしい」


 キラトの声だけが空洞内に響いていく。


「ある日、レソルス石の調整者の資格の有無を確かめる試験を受けた。そしたら彼女は調整者の資格があると出た。途端、失踪したんだ。役目を放棄して逃げるってやつだ、無責任な奴が時々いた。だが、一年くらいたった頃に、調整者になりますって申し出てきた」


 不可解な行動である。調整者がどれだけ大変な立場かはわからないが、そのまま逃げていればよかったのではないかと考えてしまう。


「あの、だから調整者って、何ですか?」


 話を続けられる前に、最低限言葉の意味だけは確認したい。

 キラトはああっと、声を漏らす。


「調整者と言うのは、レソルス石を掘り起こしてもいいかなどを石に尋ねる人間のことだ。どうやら石は生きているらしく、人によってはその声が聞こえるらしい」


 キラトは伝えられたことをそのまま言っているようだ。

 あまり理解できていないようだったが、テレーズにはすんなりと頷ける内容であった。

 石に触れた時、温かみを感じたことがある。生きているのではないかと思ったことさえあった。


「君のお母さんは戻ってから、調整者としての勤めを果たしてくれた。しかし、実は純粋な調整者ではなかったから、長くは続かなかった。本当の調整者は男と恋に落ちた際にはらんだ、お腹の子どもだった。それがテレーズ、君だ」


 キラトの話から断片的な会話や出来事、経験がすべて繋がってくる。


 音もない静かな場所で、石に対してそっと囁いたことがあった。その時、石が言葉を発した気がしたのである。

 よく聞こえなかったが、代わりに光って、反応してくれたことがあった。


 他にも石の力を引き出すために、石が何をして欲しいか、漠然と感じることができていた。あれらの行為が普通ではないということは、兄から教わっていた。


 なぜ、兄や他の人ができなくて、自分にはできたのか。それは自分が調整者だったからに他ならない。

 ふと、聞き漏らしてはいけない内容があったことに気付いた。


「母は長く続かなかったというのは、もう、その――」

「死んだよ。表向きは病死だが、本当は石と対話し続けての過労死。仮初かりそめではなく純粋な調整者だったら、そんなことにはならずに済んだ。生まれたばかりの子どもを守りたかったから無理したなんて、馬鹿馬鹿しい。さっさと子どもを差し出せばよかったんだ」


 振り返ると、キラトが鋭い目でテレーズのことを射抜いてきた。言葉が詰まる。自分のせいで母が死んだと言われても、否定はできない。

 キラトは淡々と話を続けていく。


「察しているだろうが、これから行く場所は、レソルス石の本体がある場所だ」


 ぼんやりと底面が見えてくる。


「調整者は石の掘り起こしが可能かどうかを確認した後、自ら掘って、それらを地上に持って帰っていた。だが、ここ五年くらい、仮初ですら調整者が出ておらず、掘れていない状況だ。ただの人間ではまともに会話ができず、掘ることもままならないのさ」

「それでも石は供給され続けているのでは?」


 石が途絶えたなど、聞いたことがない。


「表向きはな。だが、石が届いたとしても、一回使ったのを人の手で再利用した石だから、劣化品のはずだ。それに貧困層にはそれすらも渡せず、石が行き届かなくなっている」


 それは初耳だった。テレーズが今まで使っていた石は、特に違和感なく使えている。たまに都市から供給される石も、昔と同じように使えていた。


「ただ、君は純粋な調整者だから、もしかしたら勝手に石を調整して、元通りに使えるようにしているかもしれない」

「え、まさか」


 思わず声を漏らしたが、あり得ない話ではなかった。


「今更どちらでもいい。掘り起こしも大切だが、今すぐやって欲しいことがある」

「何をやらせたいの?」

「石と対話をして、地震を止めろ。君にどれくらいの負荷がかかるかは予想がつかない、もしかしたら死ぬかもしれない。だが、ここで君がやらなければ、都市が終わる」


 直後、激しい揺れがテレーズたちを襲う。同時に鐘が荒ぶりながら鳴っていく。不協和音が気持ち悪い。


「やはり今晩が限界だったようだな。間に合ってよかった。――さあ、着いたぞ」


 キラトが階段の一番下に到着する。テレーズもそれに続いた。

 中心にあった塔の台座の根本は大きな半球形に広がっており、そこに扉があった。それをキラトは持っていた鍵を使って開けた。


 重々しい扉が開かれる。

 そこにあったものを見て、テレーズは目を大きく見開いた。



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