(7)安全な代物ではない

 スカラットが入院している病院に移動し、個室の前に行くと、ヤンが廊下に立っている警備団の青年と挨拶をかわした。


「ヤン部長、お疲れさまです。何かご用ですか?」

「彼の知人の女性が会いたいと」


 テレーズは軽く頭を下げた。青年も会釈をする。


「ああ、お弟子さんですね。どうぞ。今は朝食を終えて、ゆっくりしています」

「ありがとう」


 ヤンは扉を叩いて開ける。白髪が目立つ壮年の男性が、ベッドの上で上半身をあげていた。本を読んでいたのか、手元には閉じかけの本が見える。

 彼はヤン、そしてテレーズとマチアスを見て、目を大きく見開いた。


「ヤンさんだけでなく、テレーズとマチアス君まで来て、どうしたのですか?」

「彼女がスカラットさんにお話を聞きたいということで、同行しました」


 促されたテレーズは、近くにあった椅子を寄せて、腰をかけた。長居するという意思表示である。扉に目をやり、閉じていることを確認した。


「早速本題に入ります。……教えて欲しいことがあります。先生、昔、言っていましたよね。かつて都市にいたが、諸事情の関係で、いったん離れざるを得なかったと。それって真昼の悲劇が関係しているんじゃないですか?」


 スカラットをじっと見つめる。彼は軽く目を伏せた後に、先ほど読んでいた本を引き寄せた。それをテレーズに差し出す。


「あまりその話を都市の中でしないでくれ。どこで誰が目を光らせているか、わからないから」


 本を受け取り、題名を見る。『奇跡の石と技術の発展』、著者は資源団の人間だった。


「その本はなかなかよく書かれている。しかし、根本的なところが載っていない。石は無限にあるわけではなく、有限であり、いつかは使い果てるということ。そして――決して安全な代物ではないこと」

「……それは、暴発するということですか?」

「使い込まれすぎた石をさらに使おうとして、稀に砕け散ることがある。その量が多ければ、爆発のような現象が起きると推測できる」


 スカラットはランプを手元に持ってきて、今は光っていないレソルス石を指で触れた。


「だが、仮にあれだけの規模を起こすとすれば、よほどの量がないと無理だ。ざっと計算しても、人が抱えられる量を遙かに超えるだろう。そんなもの、並の人間が所有できるものではない。そして扱える人間も存在しているとは思えない」


 少し遅れて石が光り出す。


「だから私の案は却下され、資源団から妙な噂を流すなと厳重注意された。しかし、私はその仮定を捨てきれなかった。そこで、さらに調べを進めたいと思い、都市を離れたのだ」

「調べは進んだのですか?」


 スカラットは固い表情で、首を縦に振った。その表情のまま、腕を組んでいるヤンに顔を向ける。


「……ヤンさん、私のわがままを一つ聞いてくれませんか。私を家に戻してくれませんか? 医者に聞いた話では、検査したところ、体に異常はないため、戻ってもいいと言われました。ただ、警備団の部長から入院を延ばして欲しいと言われたと聞きました。それはヤンさん、貴方のことですよね?」


 名指しされた部長は腕を組んだまま、仁王立ちしている。黙っているため、近くにいたマチアスが声をかけた。


「部長……?」

「どうして戻りたいんですか」


 ヤンは視線をスカラットに向けたまま問いかける。


「あの事件に関する石についての資料を、今一度整理したいからです。また都市から追い出される前に」


 苦笑いしながらスカラットは返答する。ヤンは眉をひそめた。


「どうしてまた追い出されると思うのですか?」

「私のことを面白く思っていない人間がいるからですよ。実は病院でその者と会ってしまってね、私が都市に来たということが、知られてしまったのです。戻ったという噂がすぐに広まるでしょう。……私も若くない。覚悟して来たのに、何もせずに追い出されるのは御免です」


 きっぱり言い切られると、ヤンは難しい顔をした。少しして彼は一言断ると、部屋を出た。警備の人間と話しているようだ。程なくして彼は戻り、スカラットの前で首肯した。


「わかりました。ご自宅に戻るのを認めましょう。ただし、護衛は付けさせて頂きます」

「ありがとうございます。ずっと家に引きこもっていますので、護衛までは……と思いましたが、護衛がいないと認めてもらえないようですね。わかりました、よろしくお願いします」


 話している途中でヤンがあからさまに険しい顔をしたため、言葉を撤回したようだ。

 スカラットはテレーズに顔を向ける。


「整理し終わったら、是非テレーズに聞いて欲しいのだが、それはできるかい?」


 テレーズはマチアスを横目で見た。


「彼と一緒ならば、それは可能です。私も一人で出歩くなと言われていますので」


 今の状況を考慮すると、この回答が妥協点だろう。本来ならば一日でも早くホプラ街に戻るべきだ。だが、スカラットの強い望みを察して、次の機会に、と言いにくかった。

 ヤンの顔色を伺うと、彼は頭を抱えていた。


「兄妹揃って、己の意志を突き通そうとするよな……」


 そして頭から手を離すと、何度も頷いた。


「ああ、わかったよ。ただ、話を聞く際は、あらかじめ連絡してくれ。そしたら少し人を出す。それと一週間以内にしてくれ。それ以降だと、百周年記念の警備の準備も本格化して、人を出せなくなる」


 テレーズはスカラットと顔を合わせて、にこりと微笑みあった。


「ありがとうございます、ヤン部長。さすが兄が頼りにしていた上司ですね!」

「そこで調子に乗るな、テレーズちゃん! 自分の立場を自覚してくれよ。俺たちの仕事を増やしたくないのなら!」

「はい、気を付けます!」


 厳しいことも言うが、何だかんだ甘く、他人想いの優しい上司である。

 スカラットはこれから退院手続きをすることになったため、テレーズたちは邪魔にならないうちに病室から出て行った。

 新しい事実を知れるかもしれない期待が、俯いていたテレーズの心を上向きにさせた。



 分署に戻り、テレーズは兄の遺品が入った箱を受け取った。

 遺品は仕事の時に使っていた文房具が主だ。有益な情報が書かれているメモがあることを当てにしたが、残念ながらそのようなものはなかった。


 箱を抱えて部屋に戻ると、遺品にあったペンを使って、手帳の中身を解読し始めた。バラバラになっていた単語を、まずは区分ごとに分けて関連性を繋いでいく。

 さらに知識が足りない部分については、図書館で本を読んで、知識を深めていった。

 その間、マチアスは仕事の書類を持ってきて、一緒に並んで作業にあたっていた。一人でいるよりも、心なしかはりきってペンを進めることができた。





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