(6)爆発の跡地

 爆発が起きた場所は、六街と七街の境目付近で、内壁がこの場から見えるほどの距離だった。


 空は暗い雲で覆われているためか、重苦しい雰囲気が漂っている。鐘塔は内壁の上から頭が見えるだけだった。

 爆発の被害を受けた建物は、すべて壊され、辺りは更地になっていた。そこにあるのは、あとから作られた慰霊碑のみ。


 テレーズは途中で花を買い、慰霊碑の前でしゃがみ込み、そっと供えた。そしてそこに書かれている自分の兄の名前をじっくり見つめる。


 遺体自体はホプラ街に眠っている。警備団の人たちが、レソルス石を使って急激に冷やし、腐らないように配慮してくれたためだ。

 だが、この地にはまだ魂が残っているような気がした。


 志半ばに命を落とした青年の魂が――。


 天へと召されることを祈りながら、手を合わせて堅く目を閉じた。

 やがてテレーズは目を開けると、ゆっくり立ち上がり、二人の男性の方に振り返った。神妙な面もちの彼らの表情を和らげるために、ハキハキとした口調で話しかける。


「お待たせしました。時間もありませんから、早速辺りを見させていただきます」


 並んで歩くのはマチアス、ヤンは少し遅れて付いていく。

 建物があった更地を右に左にと歩く。草も生えておらず、殺風景な光景が広がっていた。


「いつ壊されて、こんな状態に?」

「建物が取り壊されて整備されたのは、爆発から二ヶ月後のことだ。謎が多かったから、保存する声もあがっていたが、この状態のままにしておくのは危ないという意見があり、さっさと解体を始めたらしい」

「建物の所有者が、そう言ったの?」


 マチアスは目を左右に配りながら、首を横に振る。そして声を潜めた。


「ゼロ街にいる、資源団の職員だ」


 無意識のうちにテレーズは立ち止まろうとしたが、マチアスに背中を押されて、そのまま歩いていく。


「公にはなっていないことだから、聞き流してくれ。……倒壊して、さらに被害が広まるのは避けたいところ。そして事故であるならば、いつまでも残しておく必要がないだろうと言われ、押し切られたのさ」

「事故と決めつけているあたり、おかしな話ね。殺人の可能性もあると、当時の新聞でも散々言っていたと思うけど」

「それはわかっているが……」


 マチアスやヤンなど、現場の人間はもっと調べたかっただろうが、組織に属している以上、上の判断には逆らえない。片付いていくのを悔しい思いで見ていたのだろう。

 今も上から何を言われるかわからない中、二人は付き合ってくれている。僅かな時間でも無駄にはしたくない。


「まあ、当時は色々とあったのよね。とりあえず少しだけ調べさせてもらう」

「なあ、調べるって、どうやるんだ。何も残っていないぞ?」


 マチアスの言い分はもっともだった。ここまで徹底的に何もないとは思わなかった。


「むしろ雑草すら生えていないのは妙だと思う」


 一つの推測だが、この地面の上に薄っすらと何かが覆い被さっているから、草すら生えないのではないだろうか。

 テレーズは肩から下げているポシェットから、薄茶色のレソルス石を取り出した。それを地面に落とす。ついた瞬間、僅かだが明るい光を発した。少しして、石の光は収まる。


「石の残滓は僅かにあった……」


 確かめるように呟く。石と石が接触すると、時折光るのだ。次にレソルス石を持った状態で、地面に触れた。


「石よ、大地に耕しを」


 今度は何も起こらなかった。草も生えないのだから、当然かもしれない。テレーズは石をまじまじと見てから、ポシェットにしまって、立ち上がった。


(外的な要因に対しては、微弱に反応できるけれど、石が自ら働くほどの力は残っていないというところか。当時もこの状態だったら、石が勝手に爆発したかは微妙なところね。誰かが力を与えたのなら、話は変わってくるけれど)


「何をしたんだ?」


 腕を組んで黙っていたマチアスは、我慢できずに聞いてくる。答えたいが表現が難しい。


「ちょっと感覚を使って、確認を」

「感覚……か。説明できそうなら、あとで教えてくれ」


 物わかりのいいマチアスは、あっさり引いてくれた。誰かが聞き耳をたてている可能性があるため、その申し出は有り難かった。


「ねえ、あとはマチアスとお兄ちゃんが被害を受けた場所を教えてくれる?」


 話題を変えて、移動を願い出る。彼は頷くと、橋が近くにある、川の傍まで案内してくれた。灯籠が川沿いに点々と並んでいる。


「この辺りだ。灯籠は爆発があった後、作り直している。これがないと夜道が暗いからな」


 テレーズは目を細めて灯籠を見つめた。


「これを管理しているのは?」

「都市整備を行っている整備団だ。ただ、中にある石の交換は資源団がやっているらしい」

「わざわざ資源団が? 資源団が管理者である整備団に石を渡せばいいんじゃない?」


 疑問を口に出すと、マチアスは内壁の向こう側に軽く視線を送った。


「この川の先に、資源団の建物がある」


 川の上流を見ると、内壁の奥側から水が流れていた。ただし内壁への入り口は、堅い鉄の柵で閉じられているため、迂闊に侵入できないようになっている。

 そして目線を上げると、内壁よりも遥かに高い建物がそびえ立っていた。


「色々と試したくて、石の交換だけは資源団でやっているのだろう」

「試す?」


 マチアスは灯籠を上流から下流まで、目で追った。


「灯籠で変わったことをする時は、まずはここで実験をしているらしい。光る色を変化させるとか、順々に光らせていくとか。実際に成功すれば、他の街区でも行っていくようだ」


 現場での検証は必要だ。だからこういう場があってもおかしくはない。同時に、爆発した石を団が仕掛けた可能性があるとも言えた。


「二人とも、そろそろいいか?」


 黙っていたヤンが近づいてくる。彼の目がいつも以上に鋭い。マチアスも飄々としていたが、テレーズの斜め後ろに立つと、耳に顔を近づけた。


「妙な視線を感じる。これ以上、ここにはいたくない」

「……そうね、わかった。行きましょう」


 視線については、場慣れしていないテレーズでも感じていた。花束を置いたあたりから、誰かに見られている気がしていた。

 ただ、開放的な空間の中、日中であり、三人以外にも歩いている人間はいるため、襲われるようなことはなかった。


(防戦ばかりでは埒があかない。でも、相手が確定していない中、攻撃に転じるのは難しい)


 次に訪れる場所で、有益な情報を聞き出せることを期待した。

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