(5)妹の決意


 ほどなくして、マチアスが所属している部の部屋の前に到着した。彼が先に入り、テレーズも彼に続く。

 部屋の中にいた団員たちに対し、挨拶をしながら進んでいく。彼らも挨拶を返してくれるが、団員でないテレーズのことを不思議そうな目で見ていた。


 奥に行くと、ヤンが椅子に座って書きものをしていた。マチアスが寄ってきたのを見て、顔を上げる。さらにテレーズを見るなり、立ち上がった。


「テレーズちゃん、大丈夫か!?」

「はい。たっぷり寝ましたから、すっかり元気です」

「よかった……。マチアスが血相変えて担いできたのを見て、どうなるかと思った。ああいう戦いは、俺たちの仕事だ。今後は無理せず、任せてくれ」

「わかりました。気を付けます」

「それはそうと……」


 ヤンは首を伸ばし、マチアスに顔を向けた。


「この様子だと、もしかしてまだ言っていないのか? 彼女のためだろう」

「わかってはいますが……」

「言いにくいなら俺から言う。――テレーズちゃん」


 ヤンの声が低くなった。テレーズは思わず背筋を伸ばす。


「俺からの提案だ。一度都市を出て、ホプラ街に戻ったらどうだ?」

「なぜですか?」


 そのような話がいつかは出るのではないかと、覚悟していた。ただ、他人から言われるのであれば、その人なりの理由が聞きたい。

 手を軽く握りしめて、ヤンを見返す。彼は淡々と返した。


「君が狙われているのは明らかだ。何回狙われた? 何回戦った? そしていつから狙われた? 狙われ始めたのは、都市に到着してからだろう。つまり裏で操っている人間は、都市内の者だ」


 それはテレーズも予想していることだ。ホプラ街にいる間は、遠出をして魔物に追いかけられたことはあっても、街中で人間に襲われたことはない。

 ヤンは両手を組み、さらに続ける。


「都市には、スカラットさんの研究を手伝うために来たと聞いた。そんなのいつでもできるじゃないか。今、危険を承知で、ここに居続ける理由としては強くない」

「……もう二つ、都市に来た理由はあります」


 マチアスの顔がこちらに向かれた。彼と視線を合わさずに口を開く。


「産みの母親の消息を知るためと、兄の――ギルベール・ミュルゲが死んだ事件の真相を明らかにするためです」


 ざわめいていた話し声が一瞬で静まりかえった。二年前の事件は、この部屋の中ではまだ新しい記憶のようだ。

 皆がテレーズに注目している。緊張で声が詰まりそうになったが、ペンダントに触れて、心を静めさせた。そして堂々と言い切る。


「私は、兄は意図的に起こされた爆発に巻き込まれて死んだと推測しています」

「何を根拠に」


 ヤンが鋭い口調で即返してくる。


「いい加減なことは言わない方がいい。俺たちだって、必死に手がかりはないか探したが、満足のいくものは見つからなかった」

「相当激しい爆発だったと聞いていますので、物証が残っている可能性は低いでしょう。そんな中、あの爆発をレソルス石が原因かもしれないと仮定し、強く言った人がいるそうですね。その人、今、どうしていますか?」


 ヤンは近くにいた青年に目を向けた。彼は手帳を出し、ぱらぱらとめくる。


「その人物は資源団に仮定を述べたところ、聞き入れられず門前払いされ、都市から離れたそうです。名前はスカラット、レソルス石の関係では著名な学者の一人だそうです」


 マチアスとヤンは目を見開いて、一斉にテレーズの方に向いた。


「テレーズ、その人って、まさか……!」

「ええ、私の研究の先生でもある、スカラット先生のことよ」


 ヤンは机の上に手を置いて、前のめりになっている。テレーズは顔の向きを彼に戻した。


「先生は都市を離れていましたが、数ヶ月前にこっそり戻ってきました。そして再起の準備をしながら、私のことを待っていたのです。当時はでたらめな仮定だと言われて、半ば追放とも言える行為をされたと聞いています」


 ヤンに一歩踏み寄る。


「おかしいと思いませんか、追放ですよ? 的外れな推論だったら、放っておけばいい、たった一人の人間を追い出す労力が惜しいです。けれど、少しでも可能性がある内容だったら、どうでしょうか? 周囲に広まって、そこに疑いの目が向けられる前に、その者を追い出そうと試みるでしょう」


 テレーズは壁に貼られている、都市の地図を眺めた。


「私は先生から推論を聞き、その内容は理に適っていると思いました。すなわち、あの爆発はレソルス石を意図的に爆発させたものであるということを」


 マチアスは手を握りしめながら、テレーズの横に立った。


「意図的ということは、誰かを狙ったというわけか? その人物は誰だと推測する?」


 テレーズは軽く視線を逸らした。可能性の一つとしては兄も考えられるが、今ある情報からは断定しにくかった。


「……わからない。亡くなった人や重傷者の位置、そしてどこで爆発が起きたかなどを判断してから、その人物を探し出すのがいいかもしれない」


 ヤンは団員の一人に目配せする。すると彼は近くにあった引き出しを開き、大きな箱を取り出した。そこから折り畳んだ一枚の大きな紙を出し、打ち合わせ机に広げる。

 それは都市の一角が描かれた地図だった。小さな川が流れ、それと平行するように両岸に三、四階建ての建築物が並んでいる。川の両脇には灯籠が均等に立っていた。

 さらにその地図には罰印や三角、丸などの記号が点々と書かれていた。ある灯籠と建物の間では、多くの罰印と三角が書かれている。


「ここら辺が死者や重傷者が多数出た箇所だ。ちなみにこれがギルベール、こっちがマチアスだ」


 二人は建物よりも、川の傍にある灯籠の近くにいたようだ。ヤンは指で罰印や三角が集中している建物を指した。


「ここで爆発が起きた。爆発があった階は粉々になり、その他の階や近くの建物も、爆風によってガラスが割れ、建物にヒビが入った。それからそう時間がたたないうちに、この建物は崩壊した」

「爆発はここだけですか?」

「ああ、そう聞いている。だから、もし狙われている人物がいたのなら、内部にいた人間だろう。この建物は部屋の貸し出しが始まったばかりで、当日、中にいた人はそこまで多くなかった。十名もいなかっただろう。内部にいたと思われる人間で気になるのは――」


 ヤンが青年から手帳を預かり、中身をなぞっていく。


「資源団と懇意にしていた人間がいたらしいってところだ。その人物を尋ねていた資源団の職員もいたようだ」

「その人たちは――」

「即死だった。遺体の損傷も激しく、関係者の証言と僅かに残っていた遺品から、その人物たちと判断した。判断できなかった人物については、身元不明で処理している」


 爆発の衝撃を受け、さらに壊れた建物の中にいたとすれば、まともな形を留めている方が無理な話だろう。身元不明者も含めて、死亡者はその建物に集中していた。

 少し離れたところにある川の近くでも、ギルベールをはじめとして、被害が出ている。遮る物がなかったため、そちらにも爆風が及んだと思われた。


 テレーズが横目でマチアスを見ると、彼は顔を青ざめて、地図を見下ろしていた。軽く裾を引っ張ると、彼は顔を上げた。ヤンも怪訝な表情をしている。


「どうした、マチアス。顔色がよくないぞ」

「すみません。当時はいろいろあって、記憶が抜けていたんですけど、たしか俺……、建物ではなく、灯籠から遮るようにして、先輩にかばわれたのを思い出しました」

「何だって? それは本当か? 建物と少し方角が違うだろう?」

「太陽の光が灯籠に当たって、眩しいなと思った矢先だったので、おそらく……」


 マチアスは髪を片手でかきあげながら、悪態をつく。


「くそっ、どうして今になって思い出すんだ。もしかした爆発した場所は二ヶ所以上あるかもしれないっていう、重要なことなのに」

「私に当時のことを話してくれたから、冷静にその時の記憶も呼び起こせたんじゃない? 事件直後は気が動転しているものよ」


 俯きかけていたマチアスの肩を軽く叩く。彼は噛み締めながらも、顔を上げた。

 テレーズは改めてヤンを見据えた。


「私もレソルス石を調べている学者の端くれです。現場に行けば、何かわかるかもしれません。そして先生から話を聞けば、新たな発見があるかもしれません」

「あの現場は、昼間でも人通りは多くない。裏道に連れ込まれれば、何をされるかわからない。危険な目に遭うかもしれない場所に、お兄さんは行くことを許すと思うか?」


 ヤンは手を振りながら、必死に止めようとしてくる。しかし、テレーズの心はもう決まっていた。


「兄が最終的にしたかったのは、この都市を守ること。それは国を守ることに繋がるからです」


 少しだけ口調を強め、声を大きくして、部屋中に聞こえるようにした。


「私はあの爆発の原因を二年たった今でも、調べなければならないと思っています。あれだけ甚大な被害を及ぼしたにも関わらず、何もわからなければ、次があるのかないのかも判断できず、市民は安心して日々を過ごすことができません」


 一歩詰め寄り、意思を固めて言い切った。


「都市を守る警備団として、迷宮入りにしたくない事件ですよね?」


 それは切り札ともいえる言葉だった。怒り出す人間もいるだろうが、誇り高い人たちであれば、真摯に受け止めてくれると思ったのだ。


 あれだけ言い返していたヤンが口をつぐんだ。部屋の中が再び静まり返る。

 やがて沈黙を破ったのは、テレーズの横にいた漆黒の髪の青年だった。


「……部長、俺が彼女を守ります。危険だと思える場所には近づきませんし、万が一の時は彼女だけでも逃がします」

「その言葉、私は受け入れられないけれど」


 横目でじとっと見ると、マチアスがテレーズの手を握りしめてきた。


「それだけは受け入れて欲しい。ギルベールさんのためだ」


 力を込めて握ってくる。きついという印象よりも、包み込みたいという感じの握りしめ方だった。


「……わかった、努力する」


 彼の熱意に押されて、やむを得ず返事をすると、マチアスは急いで手を離した。

 黙っていたヤンがやれやれと息を吐き出した。そして自分の席に戻っていく。


「今日行きたいところは、現場とスカラットさんのところか?」

「はい。終わりましたら、兄の遺品も回収したいのですが」

「わかった。遺品はいつでもいいから持っていってくれると助かる。今日なら半日は都合を付けられる。俺もスカラットさんの様子を見たいから、少し付き合おう」


 ヤンは椅子にかけていた上着を羽織った。だいぶ使い込まれた服である。

 マチアスもヤンの行動に押されて自席に行くと、ネクタイを締め、上着に手をつけた。


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