(4)手帳に書かれたメモ

 都市はレソルス石に依存しすぎている、というのが他の街から来たギルベールの印象だった。何かにつけて石を利用しているのだ。


 灯りをつけることや熱を帯びさせることは、どこでも使われている手法であるため、それだけで依存していると言っているのではない。

 水道が通っているにも関わらず、石を使って水を出そうとしたり、ちょっとした洗濯物を乾かすだけでも、石で風を起こしていた。

 さらには大規模な工事を行う際、少なくない量の石を利用することで、強固で背の高い建物を造っていた。


 ただ、あまり変わった使い方をすると、石は壊れやすくなる。そのため資源団からは、必要以上に使うことは推奨されていなかった。しかし、人々は便利さを追い求めて、使い続けていたのだ。


 そういう違和感から始まり、ギルベールは資源団についても調べ出したのである。


「今、ぱらっと見たけど、都市の構造も妙だと書いてあるのね。どうして壁で囲まれているのかとか」

「表向きは魔物除けだが、実は人口が増えすぎないための牽制策と聞いたことがある。それは比較的一般人にも知られていることだ」

「そうなんだ。あとは一から八街の人間がゼロ街を知らなすぎるって」

「たしかにゼロ街は独立している雰囲気はあるな。内壁から内部に入るには、適切な身分証が必要だから、一生入らない人間も多くいる。中で何をしているかという情報も、あまり流れてこない。あの壁が閉鎖的な空間を生み出しているというのは否定できない」


 マチアスは鐘塔の手前側にある壁を、目を細めてみた。


「ゼロ街には重要な機関がたくさんあるのでしょう。そこで何をしているのか、気にならないの? せめてもう少し自由に行き来できるような、環境が整っているといいのだけど」


 テレーズは率直な感想を述べる。奇しくもそれは兄の手帳にも同じことが書かれていた。

 生まれも育ちも都市のマチアスは、きょとんとしていた。


「気になるときもあるが、必要な団の分署はこっち側にあるから、俺たちの生活に不都合はないが」

「そうかもしれないけれど……」


 頭をかきながら、言葉が途切れる。生まれ育った環境が違うマチアスに対して、今はテレーズの考えを押しつけたり、話を追求するべきではないようだ。


 気分を変えて、手帳を開き、資源団の動きが書き留められているページを見ていく。

 石の排出の制限をかけ始めていること。そして団の中で二つに考えが分かれているという記述があった。

 穏健派と過激派の文字の間には、向かい合った矢印がそれぞれ書かれており、意見が合わない、と書いてあった。さらに過激派の脇には、「魔物を所有?」という単語まで書かれている。


 他にも、強すぎる石は動物と同様に人間に悪影響を与える、魔物は力が微弱に残っている捨てられた石に触れて生み出される、なども書かれていた。

 だから、石の適切な利用と捨て方が大切なのだと強調されていた。


 それらのページを見つつ、何か自分に関係がある記述はないか見て行ったが、「テレーズは資源団や都市にとって大切な存在」「過激派は体が欲しい」「調整者?」くらいしか、書かれていなかった。


 最後のページには、学者と職員の文字が丸で囲まれ、そこに過激派の仕業? 別の第三者? と書かれていた。直前にあった事件の記述のようだ。

 そして、「石は物言わぬものではないかもしれない」と締めくくられている。


 断片的過ぎて、これではどんな重要なことを掴んだのか、よくわからない。

 それとも何かを知りかけている途中で、メモする前に、志半ばに爆発に巻き込まれたのだろうか。

 これは兄に引き続いて調査をする必要がありそうだ。そうと決まれば行動しなければ。


 ベッドから立ち上がろうとすると、床が揺らいだ。いや違う。建物が揺れているのだ。

 立ち上がりかけたが、ベッドに腰を下ろし、揺れが収まるのを待った。

 マチアスも眉をひそめて、ベッドに軽く手を添えている。立つのは不可能ではないが、揺れが大きくなるのに備えて、その場でじっと耐えた。

 数十秒して揺れが収まると、二人で息を吐き出した。


「私が都市に来てから一番長い揺れだった」

「俺も経験上、この揺れは一番長かった」


 テレーズは窓越しから外を眺めた。皆、地震を察したのか、困惑した様子だった。


「この辺りって揺れやすいの? 私が本で読んだ限り、地震って場所によって起きやすかったりするはずよ。地表から遙かに下にある何かが動くことで、地震は起きるって」

「俺が学校で聞いた限りでは、地震が多いという地域ではなかったはずだ。ただ、百年以上前にかなり大きな揺れがあって、陥没したって聞いている。そのおかげで、レソルス石が発見されたらしい」

「そうか、石って地下に埋まっていたものを発見したのよね。……つまり、この揺れは都市の人たちからしても異常なのか」


 自然界の動きは、読みにくいものである。それゆえ、この揺れがこれで終わらず、さらに大きなものが襲ってくるのではないかという、懸念はあった。

 地震のことが気になりつつも、テレーズは再度立ち上がり、マチアスが回収してくれた自分の鞄の中身を確認しだした。ペンと紙はある。その中に先ほど受け取った手帳をしまい、ほどいていた髪を一本に結い上げた。

 マチアスが慌てて声をかけてくる。


「どこかに行く気か?」

「じっとしていられない。調べられることは調べたい!」


 するとマチアスは腕を掴んできた。


「狙われたばかりだろう! 少しは落ち着いて今後のことを考えよう。それに――」


 彼が話している途中で、テレーズのお腹の音が鳴った。顔を赤くしてお腹を押さえる。


「……どうせ腹、空いているだろう。朝食をとってからにしよう。先輩もどんなに忙しくても、食事はとっていたぞ」


 彼は呆気らかんに言って、支度を始めた。

 焦っていた心が落ち着いてくる。マチアスの言うことに大人しく従った。




 美味しい朝食でお腹が満たされた後、マチアスが警備団の部屋に行こうと提案してきた。実はそこにギルベールの私物がまだ残っているらしい。そこから何か手がかりがあるかもしれないと言ったのだ。

 テレーズは了承し、彼の後をついて行った。


 彼は兄の話を終えてから、憑き物が落ちたような表情をしていた。

 意を決して話した時の様子を考えると、どれだけ心に強く留めていたのか、容易に想像できた。

 心優しい青年だと思いながら横顔をじっと見ると、彼はびくっとし、一歩離れた。


「何だ?」

「ううん、何でもない……。マチアスはきちんと休んだ? あの時の戦闘、結構きつかったでしょう。怪我もしていたし」

「怪我はたいしたことない。たしかに神経は使ったが、戦闘時間はテレーズのおかげで短く済んだから、一晩休めば十分だ」


 手を軽く振って、問題ないという仕草をする。そして横顔をちらりと見てきた。


「なあ、良かったら、どうやってテレーズが石を扱っているのか、聞いてもいいか? ここでは珍しい使い方をしているのを、気にする人間はいない。ギルベールさんも時々変わった使い方をしていたからな」


 確かにギルベールとは面白い使い方を一緒に模索した覚えがある。それに警備団では、通信利用などの実績があるため、多少変なことを聞かれても、驚かれなさそうだ。



 過去に、ホプラ街で石を変わった使い方をして遊んでいる時、街の人に見られてしまったことがある。

 その時、たいそう驚かれた。テレーズはまだ幼かったからわからなかったが、兄は彼らの表情を見て、察したそうだ。彼らは――何か恐ろしいものを見たような目をしていたと。


 その後、兄や両親に厳しく注意されたのが身に染みて、自制心が働くようになり、より用心深く扱うようになった。

 石の性質を詳しく調べるようになってからも、それは続いた。


 さらにスカラットと出会い、先生の前で軽い火傷を負ってしまった際、何の予備動作もなく石から水を出した後に、諭されるように言われ、改めて理解したのだ。


『そんな芸当が簡単にできるのは、石を知り尽くした人間、もしくは本能的に石を使いこなしている人間だけだ。滅多にいるものじゃない』


 この程度の石の使い方で何を言っているのだと思いもしたが、あまりにも真剣な表情で言われたため、その言葉が口から出ることはなかった。

 今、思い返せば、スカラットにとっても街の人にとっても〝この程度〟という水準ではなかったようだ。

 そんな苦い過去があったため、こうして気軽に喋れるのは嬉しかった。


「いいよ、私の石の扱い方ね」


 そして得意げに話し出す。


「レソルス石って、自然の産物でしょう? 自然界とも同調しやすいから、石を媒体として、周囲の自然を適当にいじっているの。この前、魔物と対峙した時は、そこにあった水蒸気を凍らせて、武器を作ったのよ」

「簡単に言っているが、とっさにできることか? しかも気体から固体まで一気に性質を変えている」

「知識をしっかり持っていて、理論的に無理でない方法なら、石の力を借りればそれは可能よ。あとはそれを土壇場で出せるかどうかにかかっている」


 マチアスは腕を組んで、首をひねっている。理解できないという表情だ。さすがの彼でも、そういう反応をされるのは、わかっていた。


 人とは違った感覚を石に対して持っていることを知りながら、今まで生きてきた。

 なぜ、自分だけこういう感覚を抱いているのだろうか。

 もしかしたら、石を深く知れば、自分自身が何者かわかるのではないか――そう思い、学者の道を選んだのだ。

 けれども知れば知るほど、己と他人との違いが明確になるだけだった。


「何を言っているか、わからない……よね」


 彼が反応に困っているので、苦笑しながら返してみる。


「まあな。ただ、知識が必要なのはなんとなくわかった。ちなみに、どうやって即座に引き出すんだ?」

「そうね……上手くいえないけど、石と対話する感じ?」

「は?」


 マチアスから間の抜けた声が漏れる。


「……ごめん、感覚的なことだから、説明しにくいかな」


 テレーズは慌てて首を横に振った。ギルベールでさえも理解できないと言われた事柄だ、すんなりわかると言われた方が、驚いてしまう。

 彼は腑に落ちない顔をしていたが、やがて息を吐いた。


「感覚で使っているなら、言葉で表現するのは難しいよな。……それにしても、テレーズは体術ができ、弓の技術もあり、石を応用することで自分の身を守ることができる。いったい何を目指しているんだ? 本当に学者なのか? 実は警備団に入団したいとか?」


 その言葉を聞き、さすがにぷっと吹き出して笑ってしまった。なかなか面白い発想を言う。手を横に振って否定する。


「そんなわけないでしょ。本業は石の応用を研究している学者。他は自衛のために、お兄ちゃんに勧められたことよ」


 テレーズは指を軽く額に当てて、思い出す。


「女だと接近戦は不利だから、魔物相手には弓を使ったらいいんじゃないかとか、石を使って矢に追尾機能を付けたらどうだとか……。全部お兄ちゃんの受け売り。街の外に出たいのなら、魔物を退ける力がないと困るだろうって」


「護衛を雇うという選択肢もあるが、自衛のところに話を持っていくなんて、ギルベールさんらしいや」


 マチアスがははっと笑う。彼の柔らかな笑みを見て、こんな風に笑える人だったのかと気付いた。

 ずっと彼も兄のことを話して、思い出を共有したかったのかもしれない。

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