(2)真昼の悲劇

 * * *




 マチアスが警備団に入団した時に、ギルベールと出会った。

 そして、当時からの上司であったヤンの指示によって組を作り、市内の巡回や事件の捜索など、出かける際は二人で行動するようになった。


 当初は粗暴な言動をし、卓上の仕事から逃げようとしていたギルベールに、苦手意識を持つこともあった。

 だが、彼の力は現場で発揮されるもので、いざ事件となると、優れた洞察力、的確な判断力と行動力で、いくつも解決していった。


 彼と共にいたマチアスも、その力を吸収するかのように、成長していった。


 その功績を認められ、約三年たったところで、都市外から出る馬車などの護衛を勤められるようになった。

 それは警備団員として大役の一つであり、ある一定水準の信頼と腕がなければできないことだった。

 先輩のおかげだと散々言ったが、彼は決して自分のおかげとは言わず、マチアスの努力の結果だと、笑顔で言ってくれた。


 そんな彼はたまに気になる振る舞いをしていた。

 レソルス石の話題になると仕事でなくても食いつくところ、時折手帳にメモを取っていることだった。

 マチアスは何気なく手帳の中身について尋ねたことがあったが、さらりと受け流されてしまった。


 誰でも人には言いたくないものはある。マチアスだって、家族のことは詳しく話したことはない。

 手帳の存在は気になるが、いつか話してくれるのを待つことにした。




 ある日、レソルス石を研究している学者が殺される事件が街区内で起こった。

 二人は殺人の担当ではなかったが、一刻も早く解決せねばならなかったため、応援でその捜査に駆り出された。


 学者の死因は、背中を向けた際、後ろから刃物で刺された末の失血死。

 部屋の中にあった本などは床にぶちまけられ、荒らされた様子から、強盗の仕業ではないかと思われた。


 だが、ギルベールはその推測を聞き、首を傾げていた。学者の財布はなくなっているが、机の上に置いてあった高級時計は手つかずのまま。

 もし、物盗りによる犯行ならば、少なくとも目に付く金品くらいは奪っていくはずである。


 だから、彼は強盗に見せかけた、周到な計画殺人であると考えたのだ。

 その考えを元に、殺された学者と親しかった資源団の職員の家を訪ねたが、時すでに遅く、彼は手首を切って自殺した後だった。


「すべては闇の中ですね……」


 マチアスは布を被されて運び出される職員の遺体を見ながら、肩を落とした。

 けれども、腕を組んでいたギルベールは首を横に振った。


「いや、時が動き始めた。これから似たような事件が続出するかもしれない」

「そんな物騒なことを言わないでください。……その台詞、どういう意味ですか?」

「……なあ、マチアス。レソルス石って無限の産物だと思うか?」

「無限に近いものじゃないですか? 使い切ったものは資源団が回収して、再利用していると聞いています」


 マチアスは何気なく手持ちのレソルス石を眺める。

 警備団から支給されている石は、使えなくなったら団の総務担当が回収し、それを資源団に返しているらしい。

 家庭で使用しているものについても、最寄りの資源団の分署で回収していた。

 ギルベールは周囲に目配せしながら続ける。


「再利用したものは、多少は性能が落ちるもんだ。効力が一番高いのは、取れたての石。――それを言い続けていたのが、この前殺された学者。そして今回殺された職員は、レソルス石を管理している部署にいた人間。つまり、おおもとの石とは近い人間だった」

「だから言い争って、学者は殺されたんじゃないのですか? そして職員も捕まると思ったから、自殺した」

「違うな。職員の方もこっそりと聞いた話では、石を有限と見て、今後の改革に乗り出そうとしていたらしいぞ」

「えっ……」


 それはつまり――二人は第三者に殺された可能性がある――?


 言い掛けたが、ギルベールの睨みと、理性が働いている自分が、その言葉を止めさせた。

 先輩が周囲を気にしていたのは、このせいか。連続殺人とでもなれば、話ががらりと変わってくる。


「……これから、どうするんですか」


 声を潜めて聞いたが、ギルベールは腕をだらんと下げて、大きな声を発した。


「これから? かったりぃ報告書を作らねぇといけねぇだろう? 俺たちが第一発見者だからな。あー、たりぃなー」


 手を頭の後ろに回しながら、歩き出す。マチアスは現場にいた人間に一声かけると、ギルベールに慌ててついて行った。

 何を考えているかわからないのはよくあるが、この言動が演技であるというのは察していた。

 あとで話が聞けるだろうと思い、彼と共に分署に戻った。


 ギルベールの報告書はマチアスの協力のもと、早々にできあがった。

 ただし、さっきの推論は一切書かれていなかった。

 一方で彼は必死に手帳に何かを書き足していた。


 その時、無理矢理にでも、何を調べているのか彼の口から聞いておくべきだった。



 そして数週間後――真昼の悲劇が起きる。



 マチアスとギルベールで、街区内の巡回をしている時だった。

 気配の察知が他の人よりも敏感になっていた二人は、誰かに見られていることにすぐに気付いた。

 人の往来がある通り、そして隣には小さな川がある。見晴らしがいい場所で、何かされるわけがないと思ったが、少し気持ち悪い視線であった。

 二人で軽く打ち合わせをし、奥まったところにある通路に誘い出そうと決める。


 そのとき、何歩か先、そして頭上近くが、激しい光で包まれたのだ。

 ギルベールがとっさにマチアスの前に出る。


 次の瞬間、激しい爆音とともに、二人は爆風によって吹き飛ばされた。マチアスの意識はそこで一瞬途切れる。




 次に意識を取り戻した時には、おぞましい光景が周囲に広がっていた。

 至る所で火や煙があがり、建物が崩れかけている。

 さらに往来していた人々は横たわり、すすり泣き声や叫び声、悲鳴があがっていた。


 マチアスも左腕を中心に激しく傷ついていた。致命傷ではないが、腹からも血が出ている。

 視線を少し前に向けると、そこで表情が凍り付いた。


 爆風を直撃したと思われるギルベールが、か細い呼吸をしながら横たわっていたのだ。

 爆発の影響で皮膚が焼けたのか、ところどころ赤ただれている。他にも全身は酷く傷つき、どう見ても助からない状態だった。


「先……ぱい……」


 どうにか体をひきずりながら、ギルベールに近づく。

 先輩の手に触れると、弱々しい力で握り返してくれた。


「お前は……無事か……」

「はい、血は出ていますが、死ぬような怪我ではありません。それよりも先輩が……!」

「俺は……ここでなくても……殺される可能性はあった。知りすぎたから……。だからそんな顔……するな」


 ギルベールは表情を和らげ、最期にマチアスにこう告げた。


「テレーズを……頼む」


 握っていた手はマチアスの手からこぼれ、地面に落ちた。

 そして辛うじて出ていた呼吸音も聞こえなくなった。


「先輩、ギルベール先輩……!」


 叫んでも、泣いても、ギルベールは戻らなかった。

 それでもマチアスは救助に来た誰かに止められまでは、叫ばずにはいられなかった――。




 やがてギルベールの葬儀を終え、マチアスの傷もおおかた癒えた頃、ようやく職場に顔を出せるようになった。

 そこで先輩から預かっていた鍵の存在を思い出し、彼の机の下にあった小箱を見つけ、それで開けてみた。

 中にはいつも丹念に何かを書き記していた手帳があったのだ。夕焼け時に鐘の音が鳴る中、手帳を開いた。


 はじめのページには手紙が挟まっていた。ギルベールがマチアス宛に書いたものだ。

 驚きつつ、それから読み始める。



『マチアスがこれを読んでいるってことは、俺はもうこの世にいないってことだろう。

 この手帳はとりあえずお前に預けるが、面倒なことになるのは嫌だと思えば、捨てればいい。


 ただ、もし、危険なのはわかった上で俺の意志を継いでくれるのならば、十分周囲には気をつけて中を読み、いつか都市に来るだろう、妹のテレーズを助けて欲しい。

 それがアスガード都市、ひいてはこの国の未来をよりいいものにできるはずだ。』



 突然の壮大な話に、頭が混乱してくる。

 しかし、この手帳が重大な何かを書き綴っているのは理解した。


 とっさに周囲を振り返ったが、誰もいなかった。

 ただ、他の人がいつ帰ってくるかわからない中で読みたくはない。マチアスは小箱を抱えて、自室へと移動した。


 そして、ベッドに腰掛け、手帳の中身を読み解いていった。

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