(7)護衛の任
途中でサモンのところで荷物を回収してから、六街の警備団の分署に向かった。
彼は眠そうにしていたが、今度は嫌みも言わずに、快く扉を開けてくれた。無事に終わったと伝えると、ほっとした表情をしていた。
アスガード都市の街区は、中央にゼロ街が、それ以外は一から八まであり、北西の区画から時計回りに若い番号が振られていた。そこに一つずつ警備団の分署がある。
ちなみにゼロ街には警備団の本部があるとのことだ。
分署は夜遅くにも関わらず、明かりがついている部屋がちらほらあった。当直がいるにしても、多すぎるように思われた。
テレーズは隣を歩いていたマチアスに聞いてみる。
「ねえ、いつもこんなに人が残っているの?」
「俺が都市を出る前から、小さいが事件が続いている。それで報告書を作るのに夜遅くまで残っている人がいたり、夜の当直の数を増やしているそうだ。あとは百周年記念行事の警備計画を練るので、時間を割かれているらしい」
「大変な時期にこんなことが起きてしまって、ごめんなさい」
「だから、テレーズのせいじゃないだろう……」
横目で睨まれる。それを無理に笑って、受け流した。
やや年季がはいった建物に入ると、打ち合わせで使われている部屋に通された。
そこでマチアスと並んで椅子に座り、ヤンが机の向こう側に座って向き合う形をとった。
聞かれたことは、事件の概要だった。
二人でスカラットの家を訪れると、彼は連れ去られ、助けて欲しければ彼女一人で来るようにという書き置きがあったこと。
真っ向から行くのは危険であったため、マチアスの知り合いを頼って、建物の屋根裏から侵入したこと。
そしてそこで交戦となったが、無事に犯人たちを取り押さえられたということを話した。
ヤンは概要を紙に書き終えると、ペン先の逆側である尖っていない部分を軽く額に押しつけた。
「犯人たちがテレーズちゃんを狙ったのは、誰かに指示されたから。その指示した人間を、男たちは知らないと言い張っている。匿名で筆跡を誤魔化した手紙で依頼してきたらしい。昼間の男たちも直接顔を合わさず、依頼を受けたそうだ」
テレーズとマチアスは互いに怪訝な表情をした。
「今、男らと手紙の主との引き渡し場に行かせているが、おそらく誰も現れないだろうな。やり方を見ていると、どこかでこちらの様子を伺っている可能性が高い。テレーズちゃんが確保できていないこともわかっているだろう。……狙われていることに対して、本当に身に覚えはないのかい?」
テレーズはふるふると首を横に振った。心当たりがあれば、すぐにでも話している。
相手側の思惑もわからず、これからも狙われ続けるようなことになれば、安心して寝ることすらできない。
「そうか……。市民を守るのも警備団の仕事だし、未然に事件を防ぐことも大切だ。人をつけることはできるが、あまり人数は割けられない。――マチアス、仕事は溜まっているか?」
話を振られた彼は口元に手を当てた。
「不在の間に、雑務がどの程度溜まっているかによります。机の上を見なければ、はっきりとした回答はできません。ただ、現場の仕事は、定期巡回ぐらいしか今のところないと思います。仕事がなければ護衛はできます」
「わかった。それなら今後、なるべくお前は現場から外そう。しばらくはテレーズちゃんの護衛についてくれ」
その提案を聞き、テレーズは激しく首を横に振った。
「そこまでしていただかなくても、大丈夫ですよ! 気をつけて行動しますから……」
マチアスが横を向いて、眉をひそめる。
「二回も狙われて、何を言っているんだ? 確実に陰湿な奴らに狙われている。万が一、誘拐でもされたら余計に面倒だ。大人しく俺たちの申し出に応えろ」
「でも……」
「テレーズちゃん、お願いだから言うことを聞いてくれ」
ヤンは両手を握りしめて、訴えてくる。
「外に出る際は、なるべくマチアスと一緒に行動して欲しい。宿泊は……よければ団の寮で空いている部屋を使ってくれ。そうすればマチアスへの負担は軽減する」
テレーズは黙り込む。状況的に誰かに守られなければならないとはわかっている。
だが、先が見えない状態で守られ続けるのは、彼に申し訳ない。
返答に窮していると、ヤンは立ち上がり、テレーズの肩に手をのせてきた。
「遠慮しなくてもいい。マチアスがいいって言っているんだ。多少は行動に制限をかけざるを得ないが、こいつが一緒なら比較的自由に動けるだろう。それともマチアスが嫌か?」
「そういうわけでは……」
「なら決まりだ。今後の詳しいことは、あとで決めよう。とりあえず今晩は寮の部屋に泊まって、ゆっくり休んでくれ。スカラットさんも少なくとも今晩は病院に泊まると報告が入っている。都市に来たら、彼の家に寝泊まりしようと思っていたのだろう? こんな時に一人で泊まるのは危険すぎる」
反論の言葉が思いつかなかった。諦めて申し出を受けることにする。
今後のことは自分の中で整理してから、きちんと決めていく必要がありそうだ。
寮の部屋は、マチアスの部屋の隣が空いていたため、取り急ぎそこで寝泊まりすることになった。
部屋はベッドと机、椅子があり、さらに小さな個室の中には、シャワーとトイレが備え付けられている。寝泊まりするだけなら、十分設備が整っていた。
部屋の中を確認し、マチアスと別れる前に部屋の鍵を受け取った。
「俺は昼まで休みにしてもらったから、朝は食堂に案内する」
「いや、私一人だけでも行けるって。さっき館内地図を見たけど、食堂は寮内でしょう?」
「顔見知りがいた方が使いやすいだろう」
マチアスがテレーズの部屋の扉を閉めようとしたので、両手でそれを止めた。
「どうした?」
目を軽く見開いた彼に、見下ろされる。俯いていたテレーズは顔を上げて、微笑んだ。
「今日は色々とありがとう。これからも、よろしくお願いします」
マチアスは面食らった表情をしていた。そして横を向いて、頭をがりがりとかく。
「……あ、ああ、こちらこそ、よろしく。――さあ、さっさと寝ろ。今日は戦い続きで、俺も結構疲れているんだ。早く寝させてくれ」
「……そうね。移動の最中も魔物と遭遇したものね。じゃあ、ゆっくり休ませてもらう。おやすみ」
「ああ、おやすみ」
扉をそっと閉めていく。マチアスは最後までそこに立っていた。
締め切ると、彼は移動し、隣の部屋へと入っていった。
テレーズは中に入り、荷物を置いて、ベッドに腰掛ける。弾力があり、快適に体を埋められそうだ。
そのまま横になると、あっという間に睡魔がテレーズを襲った。それにあらがうことなく、布団に潜り込みながら眠りについた。
久方ぶりに自分の部屋に戻ったマチアスは、荷物を床に置くと、椅子に深々と腰を掛けた。
そして大きく伸びをして、息を吐き出す。だいぶ肩が凝っている。適当に肩をぐるぐると回しながら、凝りを解した。
馬車を護衛しているときから、ずっと一人で緊張感を保っていた。それが夜遅くまで続くとなると、身体共にややきつくなっていた。
二人組で行動していた時は、なんと楽だったことか。
肩を解し終えると、改めて今日一日のことを振り返る。
正直に言って、魔物や男たちは、自分から見ればたいして強くなかった。
ただ、戦いに慣れていないテレーズだけで対峙した場合、複数相手では苦戦を強いられ、連れ去られる可能性が高かった。
つまり仲間がいないと見て、仕掛けた襲撃だったのだろう。
なぜ、狙われるのか。
テレーズには身に覚えがないという。
ならば、彼女自身が知らない何かを抱いており、それが周囲の人が欲しがっているのではないだろうか?
鞄の中から、おもむろに一冊の手帳を取り出す。抑えられた赤色の手帳は、かなり使い込まれていた。
それを開き、中をじっくりと読み始めた。
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