(6)再会

 あれだけ騒々しかった部屋の中は、あっという間に静かになった。

 一息つき、テレーズは胸をなで下ろす。乱暴な男たちだったが、マチアスが的確に立ち回ってくれたため、大きな被害は出なかった。

 マチアスが男を結ぶために縄を手に持ったのを見て、声をかけた。


「手、大丈夫? 私が結ぼうか?」

「別に見た目ほど酷くないから、大丈夫だ。例えテレーズが結んだとしても、すぐに解かれるだろう。スカラットさんと一緒にいてくれ」


 強がりにも見えたが、場に慣れている彼の指示に従った。

 テレーズは言われたとおり、スカラットの傍に寄り、先生には椅子に腰を掛けてもらった。膝を折って、先生と視線を合わせる。


「ご無沙汰しています、先生。大丈夫ですか? 怪我されていませんか?」

「問題ないよ。あの部屋に放置させられただけだからな」

「すみません、私のせいでご迷惑をかけてしまい……」

「テレーズのせいではない。……狙われた理由は、身に覚えがないようだね」


 憂いの表情で尋ねられる。テレーズは躊躇いながらも頷く。

 理由がわからず、餌として誘拐された先生にはたまったものではないが、嫌な顔一つされなかった。

 先生は黙々と男たちを縛っていくマチアスに目を向ける。


「彼は……」

「警備団の方です。行きの馬車で一緒になり、顔見知りになったんです。誘拐事件を見過ごせないと言われ、助けを借りました」

「そうか。頼りになる人間と知り合えたのだな。――さて、終わったようだよ」


 縛り終えたマチアスが寄ってくる。彼はスカラットに向かって、軽く頭を下げた。


「初めまして、警備団のマチアス・ポアレと言います。ご無事で何よりです」

「ポアレさん、初めまして。助けてくれて、ありがとう。侵入経路などの位置取りは、貴方によるものだね。さすが警備団だ」

「いえ、もっとすんなりと事を進めたかったのですが、乱戦に巻き込んでしまい、申し訳ありません」


 マチアスは再度深々と頭を下げる。次に視線をテレーズに向けた。


「これから警備団に連絡を入れて、こいつらを引き取ってもらう。おそらく話を聞かれることになるし、さすがにこうなった以上、今後の行動にも制限がでるだろうが、いいか?」


 問いかけられて、少し間を置いた後に頷いた。

 理由はわからないが、二回も狙われた。今後、勝手な行動をして、他の人に迷惑をかけたくない。


 最低限、スカラットには現状を伝えることができた。

 知識を広めるための研究の手伝いや、調べ物があり、都市に来たが、しばらくは大人しくして、様子を見る必要があるだろう。

 物事を進める前に、確認してくれた彼の気遣いが有り難かった。


 テレーズから了承を得たマチアスは、通信用で利用している石を取りだし、耳と口元に添えた。微かに光った石から声が聞こえてくる。


『あー、この声はマチアスか。こんな時間にどうした。帰ってきたばかりなんだから、ゆっくり休めよ』


 軽快な調子の男性の声が聞こえてくる。


「実は男性の誘拐事件に遭遇しました。諸事情があり、先に突入して五人捕まえたので、夜遅くに申し訳ないのですが、引き取りをお願いします」

『は? 昼間も捕まえて、他の連中に頼んでいたよな。いったい何があったんだ?』

「帰りの馬車で同乗していた女性が、何者かに狙われているのです。そのせいで今度は彼女と親しい男性が誘拐されました。自分はたまたま彼女と知り合いになったため、成り行きで救出することになったのです」

『つまり人助けをしていたのか。相変わらず感心だな。詳しいことはあとで聞こう。場所はどこだ? 今から行く』


 マチアスが場所を言うと、聞き手の人間が息を呑んだのがわかった。それから何回かやりとりをしてから、通話を切った。

 彼の額にはじんわりと汗がにじみ出ている。


「大丈夫?」

「少し休めば大丈夫だ。これを使うと神経を消耗させるから、体力が減少しているときに使うと、疲れやすくなるだけだ」


 彼は石をしまい、椅子に腰をかけた。平静そうに振舞っているが、明らかに表情は疲れ切っている。

 少しでも早く応援が来てくれることをテレーズは願いつつ、自分なりに周囲に気を配った。


 マチアスが警備団に連絡して、しばらく待っていると、突然鐘の音が鳴った。体の芯から響き渡るような音が伝わってくる。

 テレーズが目をぱちくりしていると、マチアスは懐中時計を取り出した。


「ちょうど午後九時。この場所は鐘塔まで遮るものが少ないから、音が聞こえやすいんだろう」

「鐘はどこにあるの?」

「ゼロ街、いわゆる中心にある街区で、行政機関に囲まれた中央に鐘塔はある。ちなみに、内壁と外壁の間には、北はレソルス石関係の工場や実験地帯が多く、東は工場地帯、西は住宅街、そしてここ、南は商店街が多いのが特徴だ。アスガード都市に長くいるのなら、あとで詳しい地理を教えよう」


 懐中時計を閉じ、彼はポケットにしまった。傷だらけの時計からは、彼が何度も危険な事件に遭遇したことがあることを静かに物語っているようだった。


「マチアスはここに住んで長いの?」

「俺は都市の出身だ。まあ、地理に詳しくなったのは、警備団に入ってからだが」


 テレーズはもっと彼のことが知りたいと思い、会話を続けようとしたが、彼が両手を机について立ち上がったため、会話は途切れた。


 廊下から足音が聞こえてくる。その音の主は近くで止まると、中を伺うかのように扉を開けていく。

 やがてマチアスを視界に捉えたのか、一気に開け放った。現れた三十代半ばの男性は嬉しそうな顔をしていた。


「お、マチアス、いたいた。元気だったか?」

「ヤン部長! すみません、部長自ら来ていただくなんて」

「いや、俺が来る予定ではなかったが、実は現場を見たいという、お方がいて……」


 緊張気味の表情のヤンが扉から離れると、廊下から片手を挙げた四十代半ばの壮年の男性が入ってきた。

 マチアスの顔が一瞬で引き締まる。


「ガスパル団長!?」

「久しぶりだな、マチアス。君の活躍はかねがね聞いているよ」


 警備団を取りまとめている団長が、にこにこした表情で現れた。

 突然の登場に、マチアスは困惑気味な表情をしていた。


「六街の分署に顔を出している時に、通報が入った。帰りがけに様子を見ようと思い、ヤンに頼んで付いてきた。これだけいる男たちに対して、一人で戦ったのか?」

「い、いえ。彼女にも助けてもらいました」


 ガスパルの視線がテレーズに向けられる。穏やかな表情であるが、立つ様子からは隙が見られなかった。つられて姿勢を正す。


「お嬢さんも何か武術を?」

「護身術を少しだけ習いました」

「そうか。私たちも十分警戒をしているとはいえ、物騒なやからもいる。くれぐれも気を付けてくれ」

「わかりました。ご助言、ありがとうございます」


 ガスパルはそう言って、廊下に戻っていった。

 脇に寄っていたヤンが再び前に出てくる。


「急に悪かった、驚いただろう。現場に顔を出したがる人だから、大目に見てくれ。さて、狙われている女性っていうのは――」


 ヤンの視線がこちらに向けられる。彼と視線が合うと、お互いにはっと息を呑んだ。


「もしかしてテレーズちゃん? あいつの妹の?」

「その声、ヤンさんですか? テレーズです、お久しぶりです」

「久しぶり。元気そうだね」


 視線をちらちら向けながら、挨拶をかわす。

 過去に数回だけ顔を合わせたことがあった。だが、二人を出会わせたのが、思い出したくない出来事が契機であったため、どうにも会話がしにくかった。

 ヤンは気持ちを切り替えて、後ろで座っているスカラットに近寄った。


「誘拐された男性は貴方でよろしいですね。警備団六街分署の部長のヤンと言います。事件について、お話を聞かせてください。ただ、その前に病院に行って、体に問題がないか確認してもらいましょう。――おい、案内してやれ」


 背後に構えていた青年が、スカラットを立たせて、外へと連れて行く。

 テレーズはスカラットと軽く挨拶をして、その背中を見送った。彼らと入れ替えに、外で待っていた警備団の人間たちが中に入り、拘束していた男たちを運び始める。

 テレーズは邪魔にならないよう、廊下に出て、端に寄った。

 マチアスも白い布を持たされて横に立っている。それを見て、彼から白い布をひったくる。


「止血する。手袋を取って、手を出して」

「自分で適当に縛るから、いいって……」

「これを縛るくらい、私の力でもできる。私のためだと思って。……私のせいで傷ついたんだから」


 押しても駄目なら引いてみる。マチアスは渋々と手袋を外した。血が固まり始めていた手袋の下には、二本の血の線が走っている。

 テレーズは青色のレソルス石を取り出し、軽く叩いてから、それを彼の手の上にかざした。何もないところから、水が少しだけ流れてくる。

 それを使ってじっくりと血を洗い流していると、水がしみたのかマチアスが顔をしかめた。

 だが、心を鬼にして、血糊がとれるまで続ける。やがて綺麗に洗い終えると、水を出すのをやめ、白い布でしっかりと縛り付けた。


「これで完成っと」

「……ありがとう。まさか水まで出すとは思わなかった」


 マチアスは白い布が巻かれた手を上下に返してみる。動いたり、ずれたりはしなかった。


「さっきの攻防でも思ったが、レソルス石の扱いにけているんだな。水を出したり、電撃を起こしたり。普通の人間なら思いつかないことばかりだ。まるで魔法使いみたいだ」


 テレーズは目を瞬き、にこりと笑う。


「素敵な言葉をありがとう」


 そして手すりに背中から寄りかかった。


「小さい頃に兄と一緒に石を使って遊んでいたら、色々とできることに気付いてね。日常使いから護身用まで試してみたの。体術だけだと、男や魔物と力量の差があるから、かなわないことが多い。だから、石で何かできるようにしたらどうだ? って、兄に提案されたの」

「お兄さん……か。弓の扱いも上手いよな。昼もあの距離で外していなかったし。素直にすごいと思った」


 テレーズは首を横に振る。手すりに寄りかかっていたのをやめ、半回転して手すりに腕をのせた。


「矢は射られるけど、的中させられたのは、レソルス石のおかげよ」


 マチアスが目を丸くして、顔を横に向けてくる。

 今まで話す必要もなかったから、兄以外に言ったことはなかった。だが、狙われていると知った今、自分ができることを知ってもらった方がいいかもしれない。

 テレーズは右手を開いたり、閉じたりする。そして、意を決して口を開いた。


「実は矢の先端に――」

「おい、二人とも、連れ出しが終わったから、悪いが署で話を聞かせてくれないか?」


 話そうとした矢先にヤンに遮られた。

 彼は二人が話し込んでいるのを察したのか、軽く口を開いていた。そしてにこやかな表情でその場から去ろうとしたのを見て、二人で慌てて止めた。


「部長、事件の話をするんですよね、早く行きましょう!」

「記憶が薄れないうちに、話したいですし!」

「いい雰囲気そうだったから、俺は邪魔かと思ったが……」


 再び下がろうとしたのを見て、すぐさま声を張った。


「そんなことはありません!」


 二人同時に声を発したため、思わず二人で顔を見合わせた。あまりのぴったりさに驚き、三人でぷっと笑い出す。

 笑い始めると、張りつめていた空気が徐々に緩んでいった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る