エピローグ 薄明からのはじまり

(前編)新たな都市のはじまり

 ‟薄明の奇跡”が起きた朝から、資源団と警備団の人間たちは都市中を忙しなく駆け回っていた。

 多くの場所から、レソルス石が光らなくなった、熱を持たなくなった、そして地域によっては水が出なくなった、などの問い合わせが殺到したからだ。


 資源団と警備団の職員が組となり、説明して回っていたが、問い合わせの量は時間と共に増えるばかりだった。


 昼過ぎに資源団のエリアーテ団長と警備団のガスパル団長による合同会見が行われた。

 それを聞いた記者たちによって、衝撃的な事実はあっという間に広まった。


 レソルス石の供給はもはや限界であり、今回の地震をきっかけに、既にある石も含めて使用できなくなったというものだ。

 そのため、マッチやロウソク、ランプ、薪などを配布するので、灯りや熱はそれで耐えしのぐこと、扱えない場合は各地の警備団や資源団に助けを請うように、という話があった。


 市民にとって石の利用で一番馴染みがあったのが、灯りと熱だ。それゆえ、それ関連の対応を優先的に進めているとのことだった。


 一方、新たな資源の採掘が進められているだけでなく、有限の資源に頼らずに、風によって動力や灯りを生み出したりする実証実験を進めているという報告もあった。


 レソルス石が突然なくなり、不自由な暮らしに一時的になったかもしれない。

 だが、持続的に発展するためには、その時々に応じて適切なものに頼り、開発していくことが大切だと切々と説いていた。


 建設現場に関する話もあった。レソルス石は通常の石よりも形を変えやすく、固めれば強固なものになるため、現場では要所で使われていた。

 しかし、レソルス石はただの石になってしまった。そのため、石の性質に頼らないで、設計をし直せという話が出された。

 また、使い古された石に関しても、不明な点が多いため、こちらも使用は控えるようにとのお達しがあった。


 この言葉を受けた多くの建築家や現場では、悲鳴が上がったそうだ。意外と石の効力を当てにしている人は多かったらしい。

 サモンは特に頼っていなかったため、その事実を淡々と受け入れていたそうだ。


 内壁が突如として砂のように崩れ落ちたのも話題になった。

 内壁の構成物がほぼレソルス石であり、それが今回の件で使えなくなったため、形状を保つことができなくなったのではないか、という推論がされていた。

 他の建物については、石の利用は多くて一割程度、それくらいならば壊れはしないという報告もあった。


 他にも色々と質問が出されたが、二人の団長は黙ることなく、的確に回答していった。


 そして会見の最後に、今回の件とは別の話が出された。それは‟真昼の悲劇”の真相についてだ。


 事の発端は、建物の内部にいた人間が石を使って発火させたこと。

 不運にも、その発火によって力の残っていた石たちが反応し、同じような発火が次々と起こり、最終的に爆発という規模に繋がったというものだった。


 起因は人為的なものであるが、それ以降は不幸の連鎖だったため、限りなく事故である出来事だったと結論付けていた。


 記者たちから、なぜ、今更その事実を公にしたのか問いかけられた。

 するとエリアーテは、推測の域であったため、今まで話せなかった。

 だが、今回、鐘塔が壊れた際、似たような爆発が起きた。そこから推測から確証へと変わり、事実公表に踏み切ったと言っていた。


 当初は推測とはいえ隠していたことに、批判の声もあがっていた。

 しかし、二年前の事件の真相が明らかになった驚きの方が多く、資源団たちへの矛先は徐々に薄れていった。




(すべてはエリアーテ団長たちの思惑通りってところか。真昼の悲劇の真相も、嘘と真実を織り交ぜて住民たちを納得させたし、副団長との内部分裂も表沙汰にはなっていない)


 マチアスは椅子に座り、新聞記事を読みながら、今の状況を読み解いていた。


 資源団の副団長が交代し、キラトらは捕まったことが記事の端っこに書かれている。

 石によって操られてはいたが、正気に戻っている時でも魔物を飼い、小さな犯罪に手を染めていたため、捕まえざるを得なかったようだ。


(ガスパル団長とも裏でだいぶ話を付けていたようだから、石がなくなれば、こういう状況になるのもわかっていて、動いていたのだろう)


 違う団同士ですぐさま部隊を組むなど、よほどの準備がないとできない。

 マッチやらランプも事前に準備していなければ、あれだけ大量に出てくるわけがなかった。


「石の効果が無くなって、地方にも影響がでているらしい。都市ほど依存率は高くないから、あまり騒ぎにはなっていないが、説明するとなると、だいぶ時間がかかりそうだな」


 新聞を閉じながら、横を向いて喋りかける。視線の先には、栗色の髪の女性がベッドの上で眠っていた。

 脇にある棚の上には、二つに割れたペンダントが置いてある。


「テレーズ、そろそろ目覚めないか? 寝ているのも飽きただろう?」


 反応はない。マチアスは立ち上がり、彼女の頭をそっと撫でた。


「ギルベール先輩、間違っても彼女を連れて行かないでくださいよ」





 鐘塔の崩壊が終わり、テレーズの涙が収まった頃、マチアスの傷の応急処置をしてから、二人は地上への階段をゆっくり上りだした。

 長い道のりだが、日の光がある方向に進むのは、闇に向かって下りるよりも、気持ちは上向きだった。


 その途中、捜索隊と出会った。ヤンとルルシェもおり、生きていたことをおおいに喜んでいた。

 あれだけの崩壊をどうやってやり過ごしたのかと聞かれたが、適当に受け流しておいた。信じてくれる事象でもないからだ。


「石は破壊できたと思います。灯り、つけられませんよね?」


 テレーズが確認のために聞くと、ルルシェは頷いた。

 目の前で試したが、石はまったく光らなかった。石の核となるものを破壊したせいで、すべての石の意識も消えたのだろう。


 捜索隊は二手に分かれ、二人を保護する部隊と、レソルス石の残骸を確かめるために下へ向かう部隊に分かれていった。

 マチアスたちは彼らの支えを受けながら、ようやく地上に出た。

 空はもはや薄明ではなく、澄み渡るような青空が広がっていた。それを確認したテレーズは、その場で意識を失ってしまったのだ。


 そんな彼女を病院に担ぎ込んでから、もう二週間近くたっている。

 曇天が続いていた空は、嘘のように毎日青空が広がっていた。





 マチアスが個室の外に出ると、ちょうど廊下でルルシェと行き会った。

 彼女がテレーズの部屋を指したので、首を横に振る。そして、彼女を連れて、共用で使える部屋に移動した。


「調子はどう?」

「悪くない。激しい動きをしなければ、動いても大丈夫だと言われた」


 軽くわき腹をさする。今も包帯は巻いてあるが、だいぶ傷口は塞がっている。


「体もそうだけど、精神は? 乗っ取りかけられていたけれど、もう元気なの?」

「……それについては一晩寝れば、それなりに回復するさ」


(テレーズから想いを言われて、全部吹き飛んだなんて、ルルシェに言えるか……)


 視線を軽く下に向ける。顔が赤くなっていないのを願うばかりだ。


「ふうん。鍛えている人は違うのね。テレーズも私より体力はあると思うけど、さすがに調整するので、体力が尽きかけたみたいね」


 どうやらルルシェはマチアスの狼狽など気付いておらず、話を進めていた。

 マチアスもそれに合わせて、相槌を打つ。


「調整って、石が脳内に語りかけてくるのに対して、それを脳内で語り返すんだろう? 地上に戻る間にテレーズから話を聞いた。それって、すごく器用なことだよな」

「そのようね。調整者は通常の調整、いわゆる対話を数時間したあとは、半日は寝続けていたという記録があるわ」


 空いていた椅子に向かい合わせで座ると、茶封筒に入っている紙の束を一式渡された。


「実施報告書と今後の検討材料。時間がある時に読んで、意見を聞かせてちょうだい」

「なんで俺の意見なんか……」

「今後、警備団たちが都市の外に出て、今回の件について話をして回る予定でいるの。外を見たことがある貴方から、何かいい意見をくれるかなと思って」

「まあ、俺は他の街はいくつか訪れている方だが……。というか、どうしてルルシェがその話を持ってくる? 資源団の仕事は?」


 ニヤリとした彼女は鞄から名刺を出し、それをマチアスに差し出した。

 受け取って肩書きを見ると、目を瞬かせた。


「警備団に派遣?」

「事情を知っている人間を警備団に送ろうという話になり、何人か派遣させてもらっているわ。逆の場合もある。これから顔を合わす機会も増えるでしょうから、よろしく」

「俺の方が年下だからって、顎で使うなよ」

「あら、頼る気満々よ。ギルベールがマチアスは叩けば伸びる子だって言っていたしね」

「おい、先輩……」


 余計なことを言った人物の顔を思い浮かべて、手を握りしめる。


「そうそう、傷が塞がったのなら、復帰して欲しいとヤン部長が言っていたわ。できれば百周年記念の催し物の警備に当たって欲しいそうよ。猫の手も借りたいでしょうから」

「そうか、もうそんな時期か……」


 ここ一か月近くはテレーズのことでほとんど時間を割いていた。

 本来ならば百周年記念行事の警備の準備をし、実際に警備に当たる時期であった。


「あと、外に出ている貴方にもう一つ報告を。魔物の数が減っているという噂よ。石が生き物たちに強い影響を与えすぎて生まれたものだから、石がなくなって、少なくなったのではないかという話。残念ね、活躍が減りそうで」


 マチアスは肩をすくめた。


「魔物が減るならいいことだろう。いなくなれば、皆がもっと自由に都市と地方の街を行き来できるようになる。護衛の仕事なんて、少ない方がいい」

「たしかに、そういう前向きな捉え方もあるわね」


 ルルシェは時間を確認すると、慌てて鞄を閉じて立ち上がった。マチアスも腰を上げる。

 ふと、廊下で老人が病院の職員に対し、文句を言っているのが目に入った。


「前はレソルス石のおかげで、早く治療が進んだだろう! どうしてこんなことに――」


 ルルシェはマチアスに別れを告げると、眼鏡を直して、その者たちに駆け寄った。

 そして老人と視線を合わせて、根気強く説明を始めた。


 既に新しい時は動き始めている。

 当たり前だと思っていたことができなくなり、不満を抱く人間もいるだろう。そういう人には説明して、理解してもらい、順応していくことを期待するしかない。

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