(5)信用と危機感

 ルルシェの言葉、そして優しく諭すような話し方に惹かれていく。だが、彼女が易々と教えてくれる人ではないと、話しぶりから察していた。

 石を机に置き、まずは疑問点を言葉に出していく。


「なぜ、私が狙われていると思うのですか。そして無償で教えてくれるのですか?」


 ルルシェはふっと口元に笑みを浮かべて、軽く腕を組んだ。


「あら、まだ警戒心があるのね、残念。この流れのまま、こっちに来てもらいたかったのに」

「その言い方、まさか私を狙っているのは、ルルシェさんたちですか?」


 言葉の応酬が面倒だったため、回り道せずに思ったことを口に出した。

 ルルシェは髪を軽く触った。


「半分正解ってところかしら。私たちもテレーズを必要としている人間たち。でも、先日事件を起こした、力ずくで捕まえようとしている人間たちの仲間ではないわ」


 テレーズから流れていた冷や汗が止まり、急激に冷えていくのがわかった。彼女の言葉から、ある一つの確信が生まれる。


「まさか、私は二つの団体から狙われているのですか!?」

「正確に言うと、私たちは狙っているのではなく、交渉して、仲間になって欲しいと願っている人間。もう一つの団体は、貴女の意志など無視して、その体が欲しい人間たちよ」

「なぜ私が……」


 ルルシェは指を一本立てて、自分の口元に近づけた。


「これ以上の話題は、さすがに仲間でもない人に話すことはできないわ。知りたいのなら、私や団長の元に来てちょうだい。悪いようにはしない」


 嘘か本当か、まったく心が読めない。共に時を過ごして何時間もたっていない人間の言葉をすべて鵜呑うのみにするほど、お人好しではなかった。


 情報をまとめると、ルルシェは先日襲ってきた人間たちに心当たりがあるようだ。そして、彼女がそいつらの仲間ではないと言い切れる、客観的な証拠もなかった。

 狙われている理由は知りたいが、それだけのために、今すぐ彼女たちの仲間になるのは軽率すぎる判断だ。


 ここに来たのは知識を広げるため、そして兄の死の真相に近づくため――。

 手持ちの情報だけでは、決断できない。今一度、冷静になれと言っている自分がいた。

 テレーズはルルシェをちらりと見てから、言葉をゆっくり紡いだ。


「……すみません、少しお時間をいただけますか? 今の話だけでは……私が資源団に行く理由が思いつきません」

「自分がなぜ狙われているのか、知りたくないの?」

「知りたいですけど、それとこれとは別です。資源団に行って――、私は自由に動けるのでしょうか?」


 ルルシェの瞳が僅かに動いた。わざと鎌をかけた言い方をしたが、当たったようだ。その反応を見て、今、返事をする必要性がまったくなくなった。


「色々と整理がついて、ルルシェさんと共に行動するべきだと思ったら、お訪ねします。しばらく都市にいるつもりですので。今日はここら辺で失礼します」


 頭の中をゆっくり整理したい。それが本音だった。

 決断をする時は勢いも大切だが、あの青年に黙ってここに来てしまった手前、慎重にならざるを得なかった。

 ルルシェは腕を組むのをやめ、表情を緩めて軽く頷いた。


「……そう、わかったわ。私も無理強いはしたくない。気が変わったらこの分署にいる人間に言付けをしてちょうだい。それを受け取ったら、また会いに行くわ」

「ご配慮、ありがとうございます……」


 断ったら強行的な態度に出てくるかと思ったが、すんなりと引いてくれて助かった。

 ちょうどその時、エリアーテがカップに飲み物を淹れて、部屋の中に入ってきた。それが二人の前に置かれる。


「お話し中に失礼します。こちら、よかったら飲んでみて。私が茶葉のお店に出向いて選んだ、ハーブティーよ。是非、感想を聞かせてちょうだい。それと――」


 エリアーテはにこにこした表情をテレーズに向けた。


「学者である貴女に、一つ意見を聞いてもいいでしょうか?」

「どのような内容でしょうか」


 お盆をルルシェに渡し、両手を軽く握りながら口を開く。


「もし、今まで当たり前のように頼ってきた物が、突然なくなったら、どうしますか?」


 これまた抽象的な問いかけだ。テレーズは右手を口元にそっと添えた。


「そうですね……。あくまでも私の考えですが、無くなってしまった物に、いつまでも執着するのではなく、他の物を代替え品として使っていくのがいいかと思います。当初は勝手が違うため、戸惑うかもしれませんが、うまく順応するよう努力すれば、きっといい結果がでてくるかと」


 エリアーテは目を丸くしていた。そしてカップを押し出した。


「素敵な考え。さすが学者様はいい目をお持ちですね。――話を割り込ませて、すみません。どうぞ、お飲みください」

「ありがとうございます。お言葉に甘えて、いただきます」


 甘い香りがしてくるハーブティーを口に入れる。優しく、包まれるような香りが口の中に広がる。半分くらい飲んだところで、テレーズはカップを置いた。


「美味しかったです。では、遅くなる前に、私はこれで――」


 荷物を持ち、立ち上がった瞬間、視界が揺らいだ。体が急激に重くなる。


「え……」


 体が言うことを聞かないまま、ソファーの上に倒れ込む。瞼が容赦なく閉じていく。


「……もう少し危機感を持った方がいいわよ」


 エリアーテの呆れ混じりの声が、意識を失う前に最後に聞こえた言葉だった。



 * * *



 マチアスが、テレーズが図書館にいないと知ったのは、昼も過ぎた頃だった。


 昨晩のやりとりが尾を引いていて、翌朝は彼女と面と向かって会えていなかった。彼女が朝食をとり、図書館に向かったところまでは遠目で確認している。

 その後、職場に行き、事務処理をしているところで、ヤンに声をかけられたのだ。


「今日もテレーズちゃんの護衛につくんじゃないのか?」っと。


 彼女は図書館にいるから大丈夫だと言ったが、あまりいい顔はされなかった。

 ヤンにぼそりと、「あの兄の妹だぞ……?」と言われて、はっとした。好奇心旺盛な兄の妹、頭に血が上って、抜け出している可能性はおおいにあり得る。


 昼過ぎに慌てて図書館の受付に行くと、職員がテレーズから言付けを預かっていた。図書館を出て、人に会いに行くというものだ。

 彼女が会いに行く人物の名前と行き先を教えてもらい、マチアスは迷うことなくその場所に向かった。


(ルルシェって誰だ? どこかで聞いたことがあるような……。おそらく真昼の悲劇について、何か知っている人間だろう)


 喫茶店に到着したが、時すでに遅く、彼女らの姿はなかった。徐々に暗雲がたちこめていく。

 あまりこの手を使いたくなかったが、背に腹はかえられず、店員に団の身分証を見せつけた。そしてテレーズの外見を伝えて、誰かと一緒にいなかったか、僅かな可能性にかけて聞いてみた。

 すると驚くくらいあっさりと返ってきた。その人なら資源団に所属している女性と一緒に、外に出て行ったとのことだった。


 時間と方角を確認し、聞き込みをしながら二人が歩いていった方向に進んだ。やがて書店の店員に、ルルシェらしき人物が近くの建物に時折出入りしているという情報を得た。


 早速進もうとしたが、一度立ち止まり、ぐるりと辺りを見渡した。ここら辺は四階建ての建物の中に、多数の事務所が入っている地帯、それが何棟も並んでいた。あまりにも部屋数が多すぎる。看板を一つ一つ見ていくだけでも、骨が折れそうだ。

 どう動くか考えあぐねていると、物陰から視線を感じた。とっさに振り返ったが、すぐに気配はなくなった。


(まさかテレーズを狙っている奴らか? それなら一刻も早く連れて帰らないと)


 仕方なく地道に一部屋ずつ当たっていこうと思った矢先、ポケットに入っていたレソルス石が突然温かくなった。取り出すと熱が直に伝わってくる。

 首を傾げつつ、持ちながら東に数歩進むと、温度が上がった。あまりの熱さに手放しそうになる。少し戻って壁に寄ると、さっきよりも熱は下がっていた。


(動いたら熱を発した? まさか、そんなことはあり得ない)


 疑問に思いつつ、今度は逆方向である西に向かって歩いていく。石は同じ温度を維持したままで、持てなくなるほど熱くなることはなかった。


 マチアスは看板を見ながら歩くと、ある文字を見て、視線が止まった。この建物には資源団の分署が入っているようだ。

 一階の手前側の部屋の前に立つと、再び石が焼けるような熱を帯びる。部屋を離れると、熱は引いていった。推測が少しずつ確証に変わってくる。


(まさかこの石、テレーズがいる場所を教えてくれているのか?)


 レソルス石が勝手に熱を発したり、冷えたりするなど、聞いたことがない。だが、この石の温度の変化は、まるで彼女の元へと導いているように思えた。その可能性に賭けながら、看板がついていない部屋の前に立っては、熱の上がり下がりを確かめていった。

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