(4)資源団員の女性

 * * *



 都市で初めて仲良くなったマチアスと言い合った翌朝、テレーズは一人で食堂に行き、一人で図書館に向かった。


 廊下でばったり鉢合わせするかと危惧したが、そのような気配は感じられなかった。まだ会っても気まずい。今日は彼のことは忘れて、調べものに集中しよう。

 図書館で一席借りて、事件のことを改めて整理していく。真昼の悲劇については、なぜ起きたのか、原因などはわかっていない。


 犠牲者一覧を見ると、テレーズの兄である『ギルベール・ミュルゲ』の名もある。それを見ると、胸がきゅっと引き締められる思いになった。


 都市で大爆発があったと知った数日後、警備団の一員であり、彼の当時の上司であったヤンが、深刻な表情をして、早馬で訪ねにきた。

 両親と共にテレーズもその場に同席した。ヤンからの話を聞くうちに、母が大粒の涙を流して、崩れ落ちたのが今でも鮮明に覚えている。その後もヤンは色々と話してくれたが、はっきりしているのは、兄が死んだという事実だけだった――。



 ふと、顔をあげて時計を見ると、お昼近くになっていた。ルルシェが指定した時刻が近づいている。

 もらったメモ紙には、隣の五街に少し入ったところにある、喫茶店の名前が書いてあった。地図で確認すると、大通りが近く、人の往来がそれなりにある場所だ。ここであればマチアスがいなくても、誰かに襲われることはないだろう。

 だが、もし――。


 理性が働き、少しだけ逡巡する。そしてペンを持ち、紙に言葉を書き走った。

 それを終えると、念のために手持ちの護身用のレソルス石と武器があるのを確認して、立ち上がった。



 五、六街を分けている大通りを越え、一つ小さな通りに入ったところに、その喫茶店はあった。昼を過ぎているからか、満席ではなかった。

 指定された時間に行くと、奥にある四人掛けの席にいたルルシェと目があった。店内を見回しながら、彼女へと近づく。

 彼女は読んでいた本を脇に寄せた。


「こんにちは、ミュルゲさん。来てくれたのね。調子はどう?」

「あの後からは特に問題ありません。先日はありがとうございました」

「図書館は調べる場でもあるけれど、休憩できる場でもある。無理しないで、ゆっくりしてちょうだいね。食事は?」

「食べてきました。飲み物だけ注文させていただきます」


 店員を呼んで注文し、それが出てくると、少し飲んでから話を切り出した。


「早速ですが、真昼の悲劇について知っているという人物を紹介してください。これからいらっしゃるのですか?」


 ルルシェは机の上で両手を組みながら、顔を上げた。


「――それは私よ」

「え?」

「私、ルルシェ・オリフィスが、図書館にある以上の情報を持っているわ」


 動揺するテレーズをよそに、彼女は一枚の名刺を机の上に滑るようにして出す。その内容を目に通して、口を軽く開けた。


「オリフィスさんって――」

「ルルシェでいいわ。上の名前で呼ばれるのは好きでないの」


 テレーズは声を小さくして、名刺の肩書きを口にした。


「……ルルシェさん、資源団の職員だったんですか」

「ええ。その中でもレソルス石の研究をとりまとめている部にいるわ」

「なら、あれは石が原因というのが濃厚なのですか?」

「知りたい?」


 試すような口調で聞いてくる。テレーズは一瞬マチアスの顔が脳裏に横切ったが、すぐに返事を出した。


「知りたいです」

「わかった。なら、これから私に付いてきてちょうだい」

「ここを離れるってことですか?」


 ルルシェは笑顔で頷く。


「ここから少し歩いたところに、資源団の分署があるわ。あまり人の耳に入れたくないことだし、資料もあるから、そこで話をしたくて。ただ、強制ではない。貴女の気持ち次第よ」

「そこに行くまでは、その……人通りが少ない道は歩かないですよね?」

「この通りより人の量は少なくなるけど、そこまでではない。何か心配事でもあるの?」


 テレーズは自分の現状を言うか言わないか躊躇った。

 何かあった場合、ルルシェに危害が加えられたらと思うと、ぞっとする。だが、現状を伝えたことで、今回の話はなかったことにされるのも避けたい。せっかく掴んだ手がかりだ。


 あの男たちは、人の往来が少ないところで襲ってきた。人が多ければ、女性二人であっても大丈夫ではないか、という楽観的な考えもあった。

 ルルシェはふうっと息を吐く。


「……最近は物騒な事件も多いし、人通りが少ないところに行くのは心配よね。心配なら、帰りは私の同僚の男性に頼んで送ってもらうわよ?」

「そこまでしていただかなくても結構です。暗くなる前に帰れば、大丈夫でしょうから。お気遣い、ありがとうございます。……是非、お話をお願いします」

「そう? では、そうと決まれば、早速移動しましょう」


 ルルシェは荷物を持って立ち上がり、伝票をテレーズの分とまとめてとった。


「いや、ここは……」

「経費で落とすから、気にしないで」

「ありがとうございます。その、テレーズと呼んでくださって構いませんので」

「わかった、テレーズ。よろしくね」

 微笑んだルルシェの背中を見ながら、彼女の後を追った。



 ルルシェに連れて来られた場所は、人通りが多いとはいえないが、近くには書店や服飾店などがある地域だった。まったく人がいないという状況にはならなそうだ。

 石造りの建物の三階にある一室に案内される。鍵を開けて中に入ると、多数の机と椅子が並んでいたが、誰もいなかった。


「今日はお休みだから、ここの職員は出勤していないの。普段は十五人くらいいて、主に五、六街の石の問い合わせに対応しているわ」

「ルルシェさんもここに?」

「かつてはここで勤務していた時もあった。今は伝令としてたまに来るくらいね」


 奥にある応接室の扉を軽く叩いて開けると、中には物腰が柔らかそうな、四十代くらいの金髪の女性がソファーに座っていた。彼女がちょうどカップを下ろしたところで、二人と目線があった。


「あら、ルルシェさん。お帰りなさい。彼女は?」

「ただいま戻りました。エリアーテ……さん。彼女は駆け出しの学者、テレーズ・ミュルゲさんと言います。真昼の悲劇について知りたいとのことなので、お連れしました」

「そうなの。私は席を外した方がいいかしら?」

「どちらでも大丈夫です」

「じゃあ、お茶でも淹れるわね。ゆっくりお話をしていてちょうだい」


 彼女はテレーズに対してにこりと微笑むと、給湯室に行ってしまった。

 ルルシェはテレーズに手前側のソファーに座るよう勧め、自身もエリアーテが座っていた場所ではなく、その隣に腰を下ろした。


「さて、どこから話をすればいいのかしら。とりあえず真昼の悲劇について、私が知っていることを話すわ」


 眼鏡を軽く直してから、話を続けた。


「資源団に所属している私は、この事件の原因がレソルス石ではないかと言わたので、調査のために現場に行ったわ。発生後、数日経過していたけれど、片付けは進んでいなかった。さすがに遺体は引き上げられていたけれど、血痕も多数残っていた」


 聞いているだけでも気分が悪くなりそうなのに、彼女は本を読んでいるかのように淡々と話していく。


「爆発が起きた場所は、三階建ての建物の二階だったと言われている。崩壊が激しかった建物だから、そこが起点と思って間違いないでしょう」


 それは新聞記事や本でも書かれていたことだ。


「現場は歩きにくく、手がかりを探すために、壁などをひっくり返すのも一苦労だった。ある壁の一部分を返すと、黒い焦げ跡が残っていたわ。そこから微かに使われた直後のレソルス石の気配を感じた。あくまでも気配、敏感な人しかわからない微弱なもの。そのため、説得力は皆無と現場の上司に言われて、報告書にはあげられなかった」

「ルルシェさんは微弱であっても気配を感じたのですね」

「普段から石を取り扱っているからかしら、割と敏感なのよね。もやっとした雰囲気くらいしか、感じられないけれど」


 彼女は肩をすくめて、背もたれに背中をつけた。


「それとレソルス石の破片が残っていたという噂がたったけれど、それは事実で、確かにあったわ」

「では、原因は……!」

「けれども使い古されたレソルス石は、最近の建築物にはよく含まれているのよ。多少なりとも混ぜることで、耐久性が増すという実験結果がでているから。だから、むしろ破片が残っていて当然なのよ」


 ルルシェは棚から袋に入った石を取り出し、テレーズの前に出す。そっと触ると、冷たいが、ぼんやりと何かが感じられた。説明はないが、これはおそらく当時のレソルス石だ。

 彼女はテレーズの様子を見て、顔を少し近づけてきた。


「――ただ、表では言っていないけれど、私たちは、あれは事故ではなく、誰かの手によって起こされた事件だと思っている」


 ルルシェの断定に近い言い方を聞き、テレーズはすぐさま顔を上げた。そこで彼女の表情を見て、息が止まった。今までになく真剣な表情でこちらを見据えていたからだ。


「ねえ、テレーズ、貴女――誰かに狙われているわよね?」


 それは確信めいた言い方だった。

 はっきりと彼女には伝えていないのに、なぜ――。


「その理由を知りたくはない?」


 問いかけに対し、テレーズは隠しもせず、目を大きく見開いた。

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