【16日目 面】<番外編:1/3>

ある日の夕刻、ドナトス修道士は濃霧の中を歩いていました。


どうやら道を間違えているようですが、先の見えないこの霧ではどうにもなりません。鳥の囀りひとつ聞こえず側を歩いてる灰色鳥も何だか不安そうに見えます。

とりあえずどこかの小屋のようなところで霧が晴れるまで待とうと修道士が考えていると、どこからか鐘の音が響いてきました。しばらくすると止みましたが、この道の先に教会か修道院があるのは間違いなさそうです。ドナトス修道士は助かった思いで足を早めました。


しばらく歩くと、いきなり濃霧の景色の中に大きな黒い建物が浮かび上がりました。近づくと、それは古びた教会でした。しかし今頃の時間でしたら窓から灯りがこぼれているはずなのに全体は暗く静まり返っています。

半分ほど開いたままの境界門からそっと敷地内に入りましたが、教会の扉は閉ざされ足元は雑草に覆われています。あたりには他の建物や人家なども全く見えず、無人の荒野に長い間手入れもされず見捨てられた教会のようです…いやでも先ほど鐘が鳴らされていたので、もっと奥に人がいるのだろうとドナトス修道士は考え直しました。

敷地の奥に墓地がありますが、霧が漂う中に浮かぶ墓標はかなり不気味です。

「何だか気味の悪い場所だなあ」

いきなり胸元の袋から生首のコスドラスの声がしてドナトス修道士は一瞬飛びあがりそうになりました。かなり緊張していたようです。

「霧もひどいですし今夜はここに泊めてもらいましょう」

いつもなら建物に入る時はどこかに姿を消す灰色鳥ですが、今は空を見上げて離れようとしません。気持ちがわかるような気がします。

「上手く説明するから、お前も一緒に来るといいよ。部屋の隅で大人しくしていれば迷惑にもならないだろう」

人語がわかる不思議な灰色鳥は、大人しく修道士と一緒に静まり返った建物に近づいていきました。


重い扉は開きましたが、教会内は薄暗く物音ひとつしません。

やはり無人のようです。聖堂の祭壇に膝まづいて短い祈りを捧げてから、灰色鳥を連れて奥の部屋にそっと入ります。そこは暖炉と小さな寝台があるだけの、家具も無い暗いがらんとした空間でした。

幸い暖炉の上にロウソクがあったので手探りで火をつけて、ようやく安心して移動できるようになりました。

荷物を寝台の上に置き、コスドラスを袋から出してやってから灰色鳥と一緒にこの部屋から動かないように言い聞かせてロウソクを片手に教会内を見て回りましたが、あとは薪が積まれた物置部屋があるだけで調理場もありません。しかし床に埃などは無く、一応手入れはされているようです。

…ならば先ほどのあの鐘は誰が鳴らしたのだろう?

ドナトス修道士は、無理に「神のお導き」と考える事にしました。

実際にとても助かったのですからね。


物置部屋から薪を運び、少々苦労して暖炉に火を起こすと部屋の中は明るく暖かくなりました。ようやく気分が落ち着きます。

少しの食料と生首が飲むためのぶどう酒はありますが、水がありません。灰色鳥にパンを分けてやり、生首にぶどう酒を飲ませたドナトス修道士は熱い薬草茶が飲みたくなりました。井戸を探しに行こうとした彼をコスドラスが止めます。

「外はもう夜で真っ暗だぞ。危ないからやめておけよ。こけて怪我でもしたら洒落にならん」

「大丈夫ですよ、灯りを持っていきますから。暖炉の前で鳥と大人しくしていてください」


ドナトス修道士はロウソクを持って部屋を出ると、教会の裏口から表に出ました。少し離れた場所に井戸が見えます。足元に注意して近づいて覗き込んでみると幸い枯れ井戸ではないようです。

ロウソクをそばに置き、水を汲みあげようとした時、近くの低い木の下に白い影が立っているのに気が付いて次の瞬間にぎょっとしました。


その人物は白い面をつけていたのです。


目のあたりに開いている黒い細い穴がまるで笑っているように見えます。長いゆったりとした服も白色で、暗がりに浮かんでいるようです。


ドナトス修道士は驚いてから、慌てて声をかけました。

「この教会の方ですか?勝手に入り込んで申し訳ありません。実は霧で道に迷いまして…」

面をつけているのは、病か傷で顔を隠していたいのだろう。そうとっさに考えましたが、相手は黙って立っています。

困ったドナトス修道士が水を満たした桶をとりあえず地面に置きました。

その時、ロウソクが消えて周囲は真っ暗になり…。

驚いて顔を上げた瞬間、頭に衝撃を受けてドナトス修道士は何もわからなくなりました。


暖炉の前で、灰色鳥と並んでドナトス修道士の帰りを待っていたコスドラスはだんだん心配になってきました。あまりにも時間がかかりすぎているようです。ちょっと光りながら探しにいこうか…と考えるコスドラスの耳に妙な物音が聞こえてきました。

大勢の人間が笑いながら足を踏み鳴らしているような騒々しい音です。

コスドラスは亡霊など全く怖くはありませんが(自分が亡霊みたいな存在ですからね)、一人の時に自分の姿を不用心に見られるのは困ります。

コスドラスはいつもの不思議な能力で扉に近づき少しだけ開けて覗いてみました。


聖堂の中は先ほどと違ってたくさんの灯りで照らされています。

驚いたことにいつの間に入ってきたのか、白い面をつけ白い服を着た10人ぐらいの人間が甲高い声で叫んだり笑ったりしながら、狂ったように踊っています。中央に大きな木馬が置かれ、それをぐるりと取り囲んで騒いでいるようです。


「なんだこりゃ」とコスドラスが思わず呆れて呟くと、いきなり皆が振り向いて生首である彼の方を見つめます。やばい、と思い逃げようとしましたが手遅れでした。

コスドラスは恐ろしく素早く駆け寄ってきた一人の白い面の人間に髪の毛を掴んで持ち上げられてしまったのです。

仕方なく、せいぜい威厳のある表情を作って間近の面の細い目を睨みつけました。

白い面の人間は男の声で言いました。

「これは奇妙な。生きて喋る生首か。神秘な聖者の夜にふさわしい。ぜひお館様にお見せせんとな」


白い面の男は、生首のコスドラスを手にぶら下げて教会の外に出ます。

墓地にもあちこちに松明が灯され、同じような面をつけた白い人間たちが大声で騒ぎながら墓標の間を踊り歩いています。

「お前さんたち、一体何をしているんだ?教会の敷地内でお祭り騒ぎは禁止されているだろう?」

「そのような戯言は、我々には無縁。遠い昔より聖者の夜は大切な夜。何者にも邪魔はさせぬ」

男は低く笑いながらいきなり生首を布に包み、コスドラスは何も見えなくなりました。

(番外編1:つづく)

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