【11日目 坂道】

灰色鳥はひとりでてくてくと歩いていました。


修道士は街道沿いの小屋の軒先でその家の主人と何やら話し込んでいます。しばらく離れた場所で待っていましたが、ふと少し先に見える小高い丘にのぼってみたくなったのです。修道士と生首の気配は離れていてもわかるので、ひとりで歩き回っても大丈夫でしょう。


灰色鳥は高い場所に登ってあたりを眺めるのが好きでした。

灰色鳥は生まれつき飛ぶことと鳴くことが出来ません。体が他の鳥よりも大きいのでそのせいかもしれませんが、灰色鳥は物心ついた時からひとりだったので本当の理由はわかりません。


灰色鳥は、ゆっくりと坂道をのぼり頂上に辿り着くと青空を見上げました。

もっと高い場所を鳥たちが飛んでいます。


灰色鳥はずっと森を出たいと思っていました。飛べない自分がどこにも行けず何も見ることが出来ないならば、鳥にしては頑丈な足でどこまでも歩いて知らない世界を見たいと思っていました。

でも森の端まで行くたびに、何か押しとどめられるような感覚になって諦めて戻るのでした。時々森の中で見かける人間たちは、鳴き声の美しい小鳥を捕まえて鳥かごに入れて帰っていきますが、自分の姿を見ても興味を示しません。きっと鳴けないからでしょう。

(灰色鳥は知りませんでしたが、大きな珍しい鳥なのでそのままにしておくようにと領主から通達が出ていたのです)


月日がたち、灰色鳥はそろそろ自分の寿命が終わるのを感じていました。別に死ぬのは怖くありませんでしたが、この森の中だけしか知らずに骸になるのは嫌でした。

だからあの日、急に何もかも嫌になって街道に座り込んだのです。馬車にひき殺されて、せめて自分の羽根だけでも外に連れていって欲しいと思ったのです。人間で言えば、灰色鳥は絶望してやけくそになっていたのでしょう。

その時に、あの修道士と生首に出会ったのです。

この人間たちなら、自分を連れ出してくれるだろうと灰色鳥は直感しました。


灰色鳥は、最初のうちはおそるおそる修道士の横を歩いて森を出ました。

でも修道士は何も言いませんし、それどころか灰色鳥のエサや足の心配をしてくれるのです。初めて見た、首しかない人間の生首も気さくに色々話しかけて自分の体にもたれて寝たりするので灰色鳥はすっかり安心しました。


灰色鳥は頭上に広がる青空や、雨上がりの虹を見ました。

修道士がとても遠い所で光っているのだと教えてくれた夜空の星々を見ました。

暗闇に無数の松明の光で浮かび上がる巨大な建物を見ました。

湖で他の水鳥たちに混ざって悪戦苦闘して初めて大きな魚を捕まえました。

河の上を何隻も行き来する大きな船に驚き、こちらに向かって手を振る船乗りたちに羽根を動かしてこたえました。

黒い犬に吠えられた時はさすがに怖く思いましたが、修道士が杖で何とか追い払ってくれました。

広い野原に何本もの鮮やかな旗が立ち、煌めく鎧を身にまとった騎士たちが剣で闘っているのを遠くから見ました。生首によると剣闘試合という行事だそうでした。

修道士と並んで焚き火の前に座り込み、無限に姿を変える炎を眺めました。

エサが無い時に修道士がわけてくれるパンという固い塊の味にも慣れました。

時々生首を背中に乗せてやって走り回るのも楽しく、修道士を乗せられないのを残念に思いました。

2人が修道院や教会で泊まったりする時は、近くの人目につかない場所に隠れて座り込み、色々な人間や馬の行列を飽きずに眺めました。


灰色鳥は心躍る毎日を過ごしていました。

でもいつか修道士と生首の旅も終わるでしょう。その時になったら自分がどうなるかはわかりませんが、修道士がいなくなって見知らぬ他人に捕まったりしても別にいいや、と思っていました。

修道士も生首も行くべき場所があるのなら、飛べない鳥の自分にもあることでしょう。


遠くに見える大きな城を眺めていると、修道士が動いて街道に戻る気配を感じました。灰色鳥は立ち上がると、てくてくと急ぎ足で坂道をくだりました。


ドナトス修道士は、街道を歩きながらやれやれとこっそり溜息をつきました。話好きの老人のお喋りを聞いていたら随分と時間がたってしまいました。生首のコスドラスは胸元の袋の中で退屈して眠っているようです。

灰色鳥の姿が見えないな、と思った時に横手の藪からとことこと姿を現しました。

「この道をしばらく進むと、小さいけど水のきれいな池があるそうだ。きっと美味しい魚を捕まえられるよ」

ドナトス修道士の言葉に灰色鳥は嬉しそうに彼を見上げました。

(つづく)

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