【9日目 つぎはぎ】

ドナトス修道士と生首コスドラスと飛べない大きな灰色鳥の奇妙な旅が始まりました。


灰色鳥は不思議な鳥で、ドナトス修道士の横を離れずてくてく歩いてついてきます。

しかし人通りの多い街や村に入ったり、泊めてもらうために修道院や教会に立ち寄ると、いつの間にかどこかに姿を消し修道士が人がいない場所に辿り着くとまたどこからともなく現れて一緒に歩き出すのでした。

最初は灰色鳥がいなくなると心配していた修道士ですが、やがて慣れてしまいました。

コスドラスが最初から「あいつは大丈夫だよ」と全く心配しなかったのも大きかったのですが。


また灰色鳥は火を怖がらず、野宿の時などは小さな焚火の傍に座り込んで物珍しそうにじっと炎を見つめています。生首はそんな灰色鳥にもたれていつも気持ちよさそうに眠るのでした。


ある日、水のきれいな小さな湖のほとりでしばらく休憩する事にしました。


ドナトス修道士は足を洗い、ついでにコスドラスにも水浴びをさせ髪を洗ってやります。そのまま気持ちの良い草地に座り陽光を浴びながら、灰色鳥が水中に嘴を突っ込んで魚を捕まえようとしているのをのんびりと眺めます。

「お前さんの目的地にはだいぶ近づいたのか?」

生首が尋ねます。

「そうですね、昨夜修道院で詳しい方に地図を見せてもらいましたが大体今で半分ぐらいです」

修道士が答えると、生首は「ふうん」と言いながら灰色鳥を眺めています。


最近、ドナトス修道士は生首のコスドラスに関して気になる事がありました。

以前は少量でも柔らかい粥やスープを食べていたのに、近頃はぶどう酒と水以外は食べる気がしないと口にしません。首だけの存在とはいえ、食欲が無いのは心配です。

それに加えてコスドラスの健康状態も心配でした。相変わらず喋って元気ではあるのですが、髪や皮膚が乾燥して手触りがとても悪くなっているのです。特に皮膚は時々粉をふいているようになっていますし、唇の荒れもひどくなってきています。


コスドラスが何も言わないのでドナトス修道士はかえって心配です。

時々、肌が乾燥して気持ちが悪いから水浴びをさせろと要求しますが具合が悪いとは言いませんから、気が付いていない事も十分にありえます。

特異な状態で生きているのですから、健康状態に関しては自分がもっと気遣いをしてやらねばとドナトス修道士は考えます。


…目的地まではまだまだ月日がかかる。医療や薬草に詳しい修道士のいる修道院を探して、そこに立ち寄って生首を診てもらおうか。決して生首の事は喋らないと誓ってもらえばいいだろう…


修道士がうとうと眠っているような生首の隣で考え込んでいると、魚を捕まえて平らげた灰色鳥が満足そうにこちらに歩いてきます。

すると、コスドラスが目を開けてぴょんぴょんと跳ねて灰色鳥の背中に身軽に飛び乗りました。生首のお気に入りのお遊びです。

あたりをとことこと走り回る灰色鳥と背中で機嫌良く笑っている生首のコスドラスを見ていると、一瞬このまま旅がいつまでも続けばいいのに…とドナトス修道士は思ってしまいました。


いやいや自分の将来のことはきちんと考えなければ。


でもいつのまにか旅を楽しんでいる修道士である自分、不思議な生首、奇妙な飛べない灰色鳥。

旅に出る前は考えもしなかった光景を眺めながら、今の自分は「奇蹟」を前にしてちっとも神の奇蹟だと感じていない。それは良くない事ではないのか?

もっともっと敬虔な態度で神に感謝の祈りを捧げなければならいのでは?

でも青空の下の生首も灰色鳥も生き生きとしていて祈るというよりは…


つぎはぎだらけの複雑な気持ちを持て余しながら、修道士は眺め続けました。

灰色鳥の背中からコスドラスが陽気に話しかけます。

「こうやって生きものに乗って走り回るのは楽しいぞー。お前さんも馬を手に入れたらどうだー?」

「ただの修道士にそんな贅沢は許されませんよ」


ドナトス修道士は笑いながらゆっくりと立ち上がると、杖を手に取りました。

(つづく)

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