【8日目 鶺鴒 (セキレイ) 】

ドナトス修道士は、大きな樹がどこまでも続くように見える広大な森の中を通る街道を歩いていました。鳥の鳴き声がそこかしこから聞こえてきます。


「この森は【セキレイの森】と呼ばれているんですよ」

修道士は胸元に下がっている袋の中の生首に話しかけました。

「セキレイ?この辺りにセキレイなんていたかな」

袋の中から森を眺めていた生首のコスドラスが些か面倒くさそうに返事をします。

「昔、各国を巡っていた一人の修道士の方がこの森をとても気に入って領主のお許しを得て小さな小屋を建てて住んでいました。その方は神秘的な力をお持ちだったようで、森の中を歩いているとたくさんの小鳥がやってきました。特にセキレイがひときわ美しく囀ったのでそれを聞いた領主が【セキレイの森】と名付けたそうです」

「ふーん。変わった力だな。鳥の丸焼きを作る時に便利そうだ」

「またそういう不敬なことを口にする。あなただって、天使をお呼びする力を持っているじゃないですか」

「天使より鳥を呼べる方が楽しいだろ。天使は別に友達でもないし」

神聖な存在に対して何を、とドナトス修道士が問い詰めようとした瞬間、後ろから大声で怒鳴られました。

「どけどけ!道の真ん中をのんびり歩いてるんじゃねえよ!!」

乱暴な言葉と共に荷馬車が土煙とともにかなりの速度で横を走り抜けます。

修道士は、慌てて横によけました。


森の中でも往来は結構あるようです。別の細い道を歩こうかと思案していたドナトス修道士は、ふと少し先の道の中央に灰色の大きな塊があるのに気が付きました。

どうも毛がふさふさした動物のようです。どこから来たのか、じっと動きません。死体かもしれないと注意しながら近寄ってみて少し驚きました。

それは大きな灰色の鳥だったのです。

「なんだこりゃ、見た事のない鳥だな」

コスドラスも驚いているようです。

鳥は灰色の羽毛に白い嘴で、背中にちらほらと白い羽根が生えています。

ドナトス修道士が近寄ると少し首を動かしてじっと見上げてきますが、うずくまったまま逃げようとはしません。

羽根か脚かどこか怪我をして動けないのだろうか?と修道士がさらに近寄った時、こちらに向かってくる馬車と馬が見えました。

彼らは人間ならばよけてくれても、こんな動物は踏みつぶして進むでしょう。ドナトス修道士はとっさに鳥を抱え上げると、横の森の中に駆け込みました。鳥はまったく抵抗せず鳴きもしませんでした。


森の中の小さな広場のような場所でとりあえず地面にそっと置いてやると、鳥にしては太い頑丈そうな足で立ちはしましたが相変わらず動こうともせずにじっとドナトス修道士を見つめています。困ったな、と思っていると胸元からコスドラスの声がしました。

「ちょっと俺にも良く見せてくれ」

袋から生首を出して顔の前に近づけて見せてやると、鳥の方もじっとコスドラスを見つめます。

「ははーん、お前は鶺鴒じゃないもんなあ。飛べないし囀れない鳥はひとりでいるしかないのか」

コスドラスがそう話しかけると、灰色鳥は少しだけ首を振りました。

ドナトス修道士には、何だか生首と大きな鳥が会話をしているように見えます。


突然コスドラスがぴょんと跳ねて鳥の背中に飛び乗ると、鳥はとことこと走り出しました。

「わはははは、これは愉快だ!首だけの俺の小さな灰色の乗り物だ!」

喜びの声をあげる生首を乗せて鳥は周囲を走り回り、コスドラスはどういう力の使い方をしているのか背中から振り落とされもせずに心の底から楽しそうに笑っています。


ドナトス修道士はその不思議な光景を眺めながら、あの灰色鳥は餌に何を食べるのかな、とぼんやり考えていました。

(つづく)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る