【2日目 食事】

ドナトス修道士は体の揺れでふっと気が付きました。


何やら胸のあたりをポスンポスンと叩かれています。

一瞬混乱しましたがすぐに思い出しました。急いで半身を起こすと胸の上の生首と目が合います。

「おい、また気絶するなよ」と生首がはっきり物を言いました!

ドナトス修道士は乱暴に生首を払いのけると「ああ悪魔!近寄るな!」と叫びました。しかしゴロンと転がった生首はすぐにポンとはねてまた胸に乗っかりました。

「悪魔だ?無礼な坊さんだな。俺は奇蹟でこんな生首になったんだぞ。どっちかというと神様に直接繋がっているようなもんだ」

奇蹟と言われてドナトス修道士は少し落ちついて生首を眺めました。

髪はばさばさで無精ひげも少し生えていますが、ととのった細面の顔面は普通です。仏頂面ですが。

「俺は首だけだが人間だよ。訳あって押し込められていた箱から出られたんだ。まずぶどう酒でも飲ませてくれよ」

「えーと。飲めるんですか?」

「飲める。物も食えるぞ。自分でも訳がわからんけどな」

「はあ」

「神につかえる坊さんが困っている人間を見捨てないよな?」

「ええとそれはその。あの名前とかはあるんですか?」

生首はちょっと考えるような表情を見せました。

「名前はあるような無いような。とりあえずコスドラスと呼んでくれ」

「はあ」

ドナトス修道士は困りつつも、とりあえず村を出ることにしました。

誰かに見られたら大変です。文句を言うコスドラスをもう一度聖遺物箱に収め、袋に入れて背中にしょって教会の外に出ました。

幸い通りかかった村人に尋ねるとしばらく歩けば修道院の建物が見えるだろうということで、今夜はそこを目指すことにしました。


街道を歩いていると背中の方からコスドラスの声がします。

「久しぶりなんだから外を見せてくれよ」

「少しの間我慢してください。生首を抱えて歩く訳にはいかないんですから」

「昔、そんな事をした聖人がいたじゃないか?」

「あの方は異教徒に斬首されたご自分の首を抱えて守護天使と共に歩かれたのです。今の私とは全然違いますよ」


久しぶりに外に出たせいか饒舌な生首をなだめつつ、何とか修道院に辿り着きました。そんなに大きくありませんが、門番に一晩の休息を乞うと快く迎え入れてもらえました。世話役の修道士に案内され、一部屋を与えられます。体調が悪くて食欲が無いと食堂での夕餉は断るとぶどう酒とパンの塊と果物を持ってきてくれました。感謝し、扉を閉めるとようやく一息をつけます。


質素な寝台の上で聖遺物箱を開けると、コスドラスがぴょんと飛び出してきたので、ひそかに安堵しました。もし悪魔なら修道院の中で普通ではいられないでしょうから。でも小さなロウソクの灯りに浮かぶ生首はのん気にひょこひょこと動いて室内を見まわしています。


「さっきも思いましたけど一人で動けるんですね」

「ちょっとぐらいなら跳ねて移動できる。高い場所や長い距離は無理だけどな」

ドナトス修道士が杯にぶどう酒を注ぎ、コスドラスの口元に持っていてやると生首は美味しそうに飲みます。恐る恐る見守っていましたが、首の下からぶどう酒が流れ出してくるような事はありませんでした。

「不思議ですねえ。ぶどう酒はどこにいってるんですか?」

「さあなあ。俺にもわからんよ」

彼はパンも一口食べましたが、齧るのが辛いと言ってそれ以上は口にしませんでした。でも久しぶりの食事は楽しいと機嫌がいいので、ドナトス修道士は柔らかいお粥など食べ物に気を使ってやれば良かったかなと少しだけ後悔しました。


「さて明日になったら、あなたをどうしましょうか」

ドナトス修道士が溜息まじりにコスドラスに問いかけます。

「お前さんはどこに行くつもりなんだ?」

「私は神の代理人がおられる国を目指しているのです」

「そこは遠いのか?」

「ええ。まだまだ長い月日を歩いて旅せねばなりません」

「ふーんなるほど。じゃあ俺も一緒に連れて行け」

「ええ?生首のあなたをですか!?」

「別に困らんだろう。荷物がちょっと重くなる程度だし。路銀が不安ならこの箱の宝石を外して売り飛ばせばいい。上物だぞ」

「いやその。あなたの素性も全然わからないのに。というかそもそも何で生首になったんですか?首を切られたんでしょう?」

コスドラスはすっと無表情になりました。

「昔の事は良く覚えていない。箱の中であらかた忘れたよ」

それきり何を聞いてもきちんと答えようとせず、やがて目を閉じて眠ってしまったようなのでもう明日にしようと諦めてドナトス修道士は就寝前の祈りを捧げると衣を脱ぎ灯りを消して寝具にもぐり込みました。


寝台の下に置かれた聖遺物箱の中のコスドラスはしばらくすると目を開きました。

蓋は開いているので、室内の気配を感じることが出来ます。修道士の寝息を聞きながら彼は昔見た不思議な夢を思い出していました。

(つづく)

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