第56話 二回目の中間結果

 一宮市の国道22号沿いにある海老麺屋あかねは、まだ先日で一年経ったばかりの新店舗で、入り口がガラス張りのお洒落なお店だった。

 会社帰りに寄るには名駅から家の反対方向に乗らないといけないから行ってみたくてもなかなか足が向かないお店だけれども、今日は休みだからスクーターでラーメンツーリング。

 三日前から晴天が続いて、どうやら昨日梅雨明けしていたらしい。と、ピオッターで知った。

 燦々と照りつける強い日射し。

 バイクが楽しい季節がやってきた。

 これで蝉の声が聞こえるようになったらいよいよ夏本番だ。

 お店の横にある二輪スペースに赤いバイクを見つけて、ドキンッと胸を大きく弾ませながらその隣にスクーターを停めて、正午すぎの並びに接続。

「あ……」

「どうも」

 なんて、ちょっと気取った風に言いながら、胸が痛いくらいドキドキしたのは言うまでもない。

 バイクを見かけているのはわかっていたけれども、まさか泉くんのすぐ後ろに並ぶことになるとは思っていなかった。

 私を見た瞬間だけふらっと変わった表情も、今はまた相変わらずのクールフェイス、悪く言えば無表情。あんなことがあっても変わらない、泉くんは。

「珍しいですね、小麦さんがこんなところまで来るなんて」

「たまには、ね」

 フフッと、笑ってみる。泉くんを見ているだけで、話しているだけで、胸が幸せでいっぱいになっているのに、そんなことはおくびにも出さない。出してやるもんか。

 元彼がそれまで関わってきた悪巧みは、全部解決した。

 おばけ会長さんの働きかけで、元彼は東海地方のすべてのラーメン屋と関西地方の一部のラーメン屋を出入り禁止になった。そんな馬鹿なことがあるの? って思ったけれども、会長さんはやると言ってそれを見事にやってのけた。

 この界隈で会長さんの機嫌を損ねたらラーメンは食べられないらしい。あんなに素敵で優しそうで、ミカン姐さんやホッケー駒スクさん、狭間の黒猫さんのような、女性達にも慕われているのに。そんなに怖い人だったなんて。でも、なるほど確かにあのサブさんやロンリーさんも頭が上がらないのだから言われてみればそうなのかもしれない。

 スプリングさん――清水さんにされた嫌がらせもあの日以降なくなった。

 彼女は自分が犯人だとバレないよう慎重にDMだけを使って、として噂を流していたみたいだ。だからあくまで何人かのユーザーがと近づいてきたにすぎない。その辺りも会長さんがロンリーさんに命令――お願いして、徹底的にピオッターを清掃作業してくれた。

 ラー垢界隈の秩序を守るために。

 ラーメン沼にはまって知ったけれども、ラオタのみんなのルールを守る意識はとても高い。

 事実、有名店の並びでルールを守っていない人はラオタではない一般人の方が遥かに多い。希に元彼や前の清水さんのような人もいるけれども、ルールを破ると言うことはお店に多大な迷惑をかけることになるからだ。

 末長く、美味しいラーメンを食べるために、ラーメン屋を守るために、徹底してルールを守る。

 悪いことをすれば活動なんてすぐにできなくなってしまう世界なんだ。

 あと、実は清水さんは泉くんに合う前から営業中師範さんのファンだったらしい。その師範が、実はあの日の男の子で会社の同僚で。だから余計にぽっと出の私が彼と仲良くしてもらっているのが気に入らなかったんだろう。

 アカウントをスプリングに変えたのは自分の名前でもあるんだけれども、泉くんじゃないかと勘違いさせて営業中師範さんから私を遠ざけたかったんだと思う。

 でもそのDMを半ばスルーされて、そのうちに私と泉くんとのだ。

 自分の意中の人が他の女と何かあったかもしれないなんて話を聞いたら、清水さんじゃなくても心中穏やかではいられない。そこから私への嫌がらせが始まった。

 泉くんは最後までごねていたけれども、もういいからと私が言うと、しぶしぶ清水さんを不問にした。

 私は優しくなんてない。

 泉くんの気持ちが大きく私に傾いていることを知った上で、これからもっとキツくなるのは彼女の方だってわかったから水に流す形にした。つまりで相手に恩を売ったにすぎない。そんなの優しいどころかむしろ酷い女だ。

 でも、清水さんの言葉じゃないけれども、手に入れたいなら全力でやらないとみんなに失礼だってわかったから。並ばないで限定を食べようなんて考えが甘すぎる。

 それでも清水さんは絶対に泉くんを諦めないとみんなの前で言い切った。嫌がらせをしたことを私に謝ったあとでも。

 敵に塩なんて送らないどころか、傷口に塩を塗り込んでやったつもりだったのに。

 あのとき素直に泉くんの胸に飛び込んでいればよかったのに、彼に挑戦状を叩きつけてしまったから。その隙をついてやるって息巻いていた。後悔しないでよねって。

 呆れるを通り越して、この子はつよいと思った。

 今度はただのラーメン好きとして私の前に立ち塞がってくるに違いない。私だって負けてはいられない。

 そんなことを考えながら泉くんの背中を見ていたら、いつの間にか彼がドアの前――外待ち一番になっていた。

 店員さんがお店のドアを開けて次のお客さんを呼ぶ。

「小麦さん、行きますよ」

 泉くんに声をかけられ思わず一緒に入ってしまったけれども、私は彼のうしろにたまたま並んだだけで別にお連れ様ではない。

 ちょっと不服に思いながらも泉くんのあとに食券を購入して、案内されるがままカウンターの彼の隣の席につく。

「今日は限定の海老の特製濃厚つけそばを食べにきたんですか?」

 食券をカウンターに並べながら泉くんが私を振り向く。

「ううん、ラーメンGPのメニューを食べてみたくて」

 七月二十日に出た二回目の中間結果で、わかばは相変わらずTOPのままだった。そして、前回中間発表で圏外だったてんやわん屋がなんと三位にランクイン。

 みんながてんやわん屋の投票に協力してくれたおかげだ。

 何よりスプリングさん――清水さんがてんやわん屋を応援して投票してくれたのが驚いた。泉くんと同じわかばを推すんじゃなくて。

「ありがとう」って言ったら「あんたのためじゃない」ってバッサリと切られたけれども。「私はてんやわん屋のラーメンが好きなの!」って。

 ホント、素直じゃない。生意気で可愛げがないのに、ある意味可愛い後輩だ。

 師範さん――泉くんは相変わらずわかば推し。

 理由は聞いていない。もちろん文句だって愚痴だって言っていない。そういうのは何か違うなって思ったから。正々堂々投票で勝負するだけだ。

「全国のラーメンは無理だけど、できるならちゃんと食べて選びたいから」

「そうですか……」

 フッと笑ってセルフサービスの水を私の前にコツンと置いた。続いて自分の前に置いたコップにも水を注ぐとそれを飲んで……

 そのしれっとした顔、本当に変わらなさすぎて何だかだんだん腹が立ってきた。この人は本当に私のことが好きなんだろうか? 清水さんの勘違いじゃなくて?

 そっちがその気ならこっちだって……

「ねえ、泉くん?」

 水を飲みながらこっちをチラッと見て、泉くんは目を瞬かせる。

「なな屋へ行ったあの夜、私とした?」

「ブホッ!!」

 泉くんが盛大に口から水を拭き出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る