第49話 大将の決意

 そんなの納得できるはずがなかった。相手はあの師範さんだ。

 一度も会ったことがないけれども、私は勝手に師範さんがみんなと同じてんやわん屋を推す同士だと思っていた。だって、私がてんやわん屋好きになったのは師範さんのおかげでもあるから。ちょこっと――ほんのちょこっとだけ泉くんのおかげでもあるけれども。

 美味しいラーメン屋はいっぱいあるけれども、その中でもてんやわん屋のラーメンが好きだとハッキリ言った師範さんなのに、彼はラーメンGP公式ののてんやわん屋のピオをリピしていなかった。

 たまたま忘れているだけかもしれない。そう思って、次の日の朝また見に行ったけれども、やっぱり師範さんはてんやわん屋をリピしていなかった。

 次の日も、また次の日も、一週間経っても、師範さんのリピにてんやわん屋の炭火オイルの黒豚背脂スタミナ油そばが上がってくることはなかった。

 どうして? そう聞きたかった。理由を聞いて納得して、だからそのお店を推すのか、って思いたかった。

 けれども現実はどうだろう?

 私が知っている師範さんはピオ以上でもなく以下でもない。現実の彼を知らない。

 いつしか私もてんやわん屋の朝ラーに行く時間が早くなって、待っている時間から食べ終わるまでフォロワーのみんなと楽しい時間をすごせるようになっていたのに、師範さんだけには会えない。わからない。

 前に何度か朝ラーのときに会長さんやサブさんに聞いてみたけれども、その度に「今はいないね」と残念な答えが返ってくるだけだった。

 師範さんのピオを見る限りでは、毎週確実にてんやわん屋の朝ラーを食べているのに。

 泉くんにも聞こうと思った。でも彼はウェイターで順番だけ取ったらいつもバイクでどこかへ行ってしまう。

 みんなと仲が悪いというわけではないみたいだけれども、ワイワイガヤガヤ雑談するタイプではないから、その方がしっくりくると言えばくるんだけれども。

 てんやわん屋の朝ラーでは、ほんの少しだけ言葉を交わすくらいしか泉くんと話せなかった。会社では滅多に会えないんだから、こんなときくらいは少しくらい私の相手をしてくれてもいいのに。

 師範さんは何でてんやわん屋をリピしないんだろう?

 師範さんと同じくてんやわん屋を好きだと言った泉くんならきっとわかるんじゃないのかな?

 なんて考えながら、今日も私はてんやわん屋のドアをくぐる。

 ラーメンGPにエントリーしたあの炭火オイルの油そばは、朝ラーのときとは少しスタイルを変えて、コンテスト最終日までの限定で食べられる。嬉しい。

「はい、炭火オイルの黒豚背脂スタミナ油そばです。卵黄は器を分けておきますね」

 静かな店内で、どんぶりを置く音がコトッと響く。

 すぐに漂ってくるとっても香ばしいにおいで口の中が唾でいっぱいになる。

「大将、ごちそうさまでした」

「ありがとうございます」

 私のふたつ隣にいたスーツ姿の男の人が店を出て行く。

「今日は空いてますね」

「夜はこんな日もあるよ」

 大将が肩を竦めて苦笑いした。

 お店に入った夜七時半には六人いたお客さんも、席に案内されてピオッターにてんやわん屋の画像を上げていたら、いつの間にかカウンターにひとりとテーブル席にひとり――私を入れても店内は三人のお客さんしかいなかった。

「大将、ラーメンGPの手応えはどうですか?」

 どんぶりの中で麺を油と絡めながら大将を見ると、彼は口をへの字にして難しそうな顔で首を傾けた。

「各部門TOP3の中間結果が明日発表されるけど、ウチは入賞圏内には入っていないな。順位の詳細までは言えないけど」

「えー、この油そばが!? こんなに美味しいのに!」

 ミンチとニラが絡んだ京小麦の平打ち麺をスゾゾゾと啜る。うーん、好き。本当に、大好き。

 塩ダレの優しい塩味と黒豚背脂の甘味が絶妙にマッチしている。そこにアクセントになる炭火オイルだ。こんな油そばは他のお店では食べられない。

 そして、今日もやっぱり追い飯を追加する。太っちゃう……太っちゃうけど、ヤメられない。うーん、至福。

 舐め取ったように綺麗に食べきった私を見て、大将が満足そうに目を細めた。

「そう言ってもらえるとありがたいね。ただ、メニューがダメだったのかもしれない……」

「そんなに人気ないんですか? 私のフォロワーさん達みんな、レギュラー化してほしいって言っていましたよ?」

 朝ラーでこの油そばを食べたあとの満足感と言ったらなかった。サブさんとか神無月兄弟、あと小隊長さんも、土日の二日間食べに来ていたみたいだし。それが一ヶ月の限定メニューになってみんな喜んでいたのに。

「食べた人は、ね。投票者の99%は実際に食べないで投票しているから、炭火オイルがどういうものなのか、コッテリとアッサリの中間――コッサリがどういう味わいなのか、想像できないのかもしれない」

「あ……」

 身に覚えはある。確かに私もそうだった。

 実際に朝ラーで炭火オイルの油そばを食べるまで、ピオッターの告知を見てもそれがどんなものなのかまったくわからなかった。食べたら唯一無二の美味しさなのに。

 ラーメンGPってそう考えると根本的に理不尽だ。

 特設ページの投票は、三部門全部にチェックを入れないと投票できない仕組みになっている。要するに、私はこの十日間毎日特設ページの投票をしているけれども、てんやわん屋とわかばは必ずで、残りの濃厚スープ部門は地元愛知の海老麺屋あかねの濃厚海老味噌ラーメンだったりラーメンイロトリドリの特濃煮干しそばだったり。その二店に関しては、ラーメンGPにエントリーしているメニューを食べたことがないどころかお店にすら行ったことがないのに、だ。

 食べたことがないのに、特別応援しているわけでもないのに、誰でも投票できるしラーメン屋は点数を獲得できてしまうシステム。

 見た目が派手だったり、想像しやすいメニュー名だったり、海老とか蟹とか和牛とか高価な食材がメニュー名に入っていたり、投票する人の気を惹けばいい。それだけで獲得できる点数が増えてもおかしくはない。

 ピオッターのリピはのフォロワーさんが多いけれども、特設ページの方はとても公平とは言いがたい。

 そもそも、なんて。大将と話すまで気づかなかった。食べてみたいラーメンGPとかにすればいいのに。

 それでも大将は腕を組んで胸を張った。

「僕は僕を信じて二十五年やってきたんだ。それで勝てないならその程度だったってことだよ」

「……勝てます、か?」

「やり残したことがまだあるからね。少なくともわかばの若槻には勝たんと。それが叶わないなら潔く足を洗うよ」

 …………えっ!?

「ちょっ、待って、今、何て? 大将、それってどういう……」

 大将が何を言ったのか理解できない。いや、理解したくない。

 でも、大将の顔は諦めて自棄になっているような顔には見えなかった。その目は強い意志と決意で光り輝いていた。

「勝てなかったら店を閉める」

 そんな……どうしよう。私にできることなんて投票とリピしかない。

 死ぬ気で応援しないとてんやわん屋がなくなっちゃう。

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